2 ヒーロー
目が覚めた。鳥のさえずりが聞こえる。開け放たれたままのカーテンから覗く窓の外は、もう明るくなっていた。
(まずい…寝過ごした…)
そんな焦りを他所に、頭の片隅で、さっきまで見ていた夢を思い出す。あの声は、まだ鼓膜の中で反響している。
(そうだ…仕事……)
自分にとっての不都合を思い出した瞬間、心の中に暗雲がかかった。
(バイト…探さないと……)
だが、ポケットからスマホを取り出そうとした手を、何かが引っ込める。
……僕の、腹の虫だ。ぐーぐーと騒いでいる。昨夜は、何も食べずに寝てしまった。
昨日、優香が言っていたことを思い出す。昨日の夕食はリビングにあるようだ。もう冷蔵庫にしまっただろうか。
彼女のことを思い出すと、心にかかった暗雲は、さらに黒く、そして重くなった。
彼女のためにも、早く仕事を探さなくては。
朝食を食べ、僕はまた部屋に閉じこもり、求人サイトを漁った。優香はもう出社していたようだ。昨日は全く口を利いていなかったから、帰ってきたら、ちゃんと話をしなくては。そんなことを考えながら、僕は画面の上で指を下から上へと滑らせる。…だが、1時間も経たないうちに、段々と居心地悪さを感じてきた。また、失敗してしまうのではないか。こんなことで、優香の役に立つことはできないのではないのだろうか。そんな考えが、僕の画面を覗く目を塞いでくる。
我慢出来ず、僕は外に出た。その瞬間こそ目的はなかったものの、外を歩いていれば何か見つかるかもしれないと、自分で理由を後付けした。
(収穫無し……だな……)
やはり、何も見つからなかった。誰かのスーツ姿や、働く様子を見る度に、昨日のように足に鉛がつき、それはどんどん重さを増した。
そうこうしている内に、また腹の虫が騒ぎ出す。
(金…あんま使うわけにはいかないか……)
僕は、近くのコンビニに寄った。できるだけ安いカップラーメンを選び、レジに並ぶ。数人の列ができていて、僕はその最後尾に並んだ。
その時、やたらがっしりした中年の男が、列の2番目に割り込んで並んだ。僕の前にいた女性は少したじろぐ様子を見せるが、何も言わない。レジ担当の青年も、少しこちらの様子を気にしているようでもあるが、会計の手を止めることはなかった。
僕も、何も言うことができなかった。皆、困っているはずなのに、怖さに押され、出かかった言葉は喉の奥に引っ込む。何も気にしていない割り込み男と、何もすることのできない自分に、どうにもならない苛立ちを感じる。
もっと強ければ……もっと勇気があれば……。
『ヒーローみたいに強くて、とても優しい人になって、たくさんの人を助けていると思います』
刹那、鼓膜の中で子供の声が響く。これは、あの“夢の声”だ。
その時、僕は気付いた。あの声は、僕が頭の片隅で想像する“僕自身が望む姿”を、まだ気付くことの出来ていない僕に、教えてくれているのかもしれない。
それでも、まだ分からないことはある。なぜ子供の声なのか。どうして『知っている』と感じたのか。
それでも今、僕は、この声が言う人間に近づけるチャンスに直面している。
本当の強さ… 本当の優しさ…
「他の人の迷惑になっています。規律を守ってください。配慮をお願いします」
気付けば僕は、男に向かって、声を発していた。
男の表情からは、驚きと怒り、そして反省と、感心が見えた。
男はゆっくりと、列から抜けていった…。
夜。新たな一歩を踏み出すことができたような達成感を胸に、僕は眠りにつく。その瞬間、目の前が真っ暗になり、全ての感情と、さっきの達成感すらも消え去る。
その暗闇の中に、何かが見える。僅かな、赤い光。うねっている。
お父さんやお母さんも、いつも元気で、とてもやさしいです。
また、子供の声が聞こえてくる。そして、段々と、赤い光の像を捉える。あれは…炎?
ぼくは今、ここにいるよ。
得体の知れない不安が、僕を襲った。
第1話・第3話も公開されていますので、ぜひお読みください。
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