第8話 月の裏
捕らえられたゴエモン達は、通称六角獄舎と呼ばれる獄舎に繋がれたが、取り調べは一切なかった。
「ゴエモンさん、このまま何もせず処刑してしまおうって魂胆ですかね。」
久作がゴエモンに向かって問う。
「そうだろうな。調べれば奴らに不利な証拠しかでてこないからな。秀吉のご機嫌伺いのために、罪もない人を殺す。末期的だな。」
ゴエモンは腕組みしながら壁に背をもたれかけている。
「我らどうなるんですか?」
健太が不安げに聞いてくる。
「大丈夫だ。隼人達が動いているはずだ...」
夜になり伊勢屋には十数人の忍びが終結していた。
「よいか。どんな些細な情報でもよい。石川五右衛門なる賊に関する情報を集めよ。それと朱音は前田家方面からゴエモン達の処刑がいつか突きとめよ。五平はここにいて、集まる情報をまとめよ。以上だ、行け!」
左輔が指示すると忍び達は風のように部屋を後にした。
「さて、俺も行って来る。五平あとは頼む。」
そう言って出ていこうとする左輔に向かい龍樹が言った。
「左輔兄!俺も連れて行ってくれ!黙って待ってるなんて俺にはできない!」
左輔はじっと龍樹の目を見た。
揺るぎない覚悟の色を湛えた目だった。
左輔はフッと息を抜くと
「いいよ。付いてこい。」
と言って龍樹を手招きした。
左輔は龍樹を連れ東山の山麓にある墓地に来た。
龍樹は深夜の墓地の薄気味悪さもさることながら、何のためにこんな所へ来たのかさっぱりわからなかった。
奥へ進んでいくと、無縁仏の集まる一角があった。
そこに数人の人の気配がする。
「お、左輔か。今日は供を連れているのか?」
暗くて良く見えないが、年配の小男が話しかけてきていた。
「影蔵か。俺の弟みたいなもんだ。見知っておいてくれ。」
「お前が右近に連れられて初めてここに来たのも、このボンくらいの時だったな。右近は亡くなったんだったか?」
「あぁ。もう3年になるかな。流行り病であっけないもんだったよ。」
左輔は本能寺の変後右近と一緒に京、伊賀のみならず、あちこちを歩き、忍びとしての術だけではなく、各地で使える隠し宿や忍び同士の人脈など、ありとあらゆるものを引き継いだ。
右近は流行り病にかかり亡くなったが、自分の持てる忍びの術を全て左輔に授けた後だったため、何も思い残すことは無いと言って逝った。
「あら、左輔~。相変わらずいい男だけど、そっちの坊やもなかなかの色男じゃないか。お姉さんが遊んであげようか?」
「隠岐姉、からかわないでくれよ。こいつは今そういう冗談に対応できる心理状況じゃないんだから。」
「あら、つれないね。まぁ、あんたが来るってこと自体が珍しいけど、ただ事じゃなさそうだね。」
「左輔兄、ここは?」
「ああ、ここはな、流派、仕える家関係なく忍びが集まる情報市だ。俺たちは『月の裏』と呼んでいる。忍びは任務以外でもいろんな情報をもっているからな。大抵の情報はここで手に入る。」
そうしているうちに、左輔の周りに7~8人の忍び達が寄ってきた。
顔見知り、初顔、老若男女様々だ。
「みんな、巷で噂の石川五右衛門について知ってることがあったら教えてくれ」
「おぉ、あの義賊もどきか。やつら伊賀者だって言ってんだから、左輔の方が詳しいんじゃないのか?」
最初に話しかけてきた影蔵という老忍が手にした湯呑のどぶろくをあおりながら周りの忍びを見回す。
「伊賀者もいろいろだからな。百地の名前を出しているようだが、俺の知る限り百地に該当するような奴はいない。」
「義賊義賊って言われているが、実態はけっこう悪どいことやっているぜ。石川一派が盗みに入る家や商家は庶民から悪者だと思われるから、盗みに入られても訴え出ない所も多数あるって話だ。」
「最近は本体より模倣犯の方がひどい。石川の名を語りながら家人を殺す、家に火を放つなどやりたい放題だ。秀吉が怒るのも当然だぜ。」
「だけど、下手人が捕まったって聞いたぜ?」
それを聞いた瞬間、「違う!」と龍樹が叫んだ。
居合わせた忍び達は驚きの眼差しで龍樹を見つめている。
「すまんな。その捕まったのがこいつの親なんだ。もちろん濡れ衣だ。今前田玄以や石田三成は秀吉の逆鱗に触れるのを恐れ、一刻も早く下手人を挙げ、秀吉にその首を差し出したいのよ。もちろん証拠などない。だから処刑を急ぐ。早く本物の下手人を挙げないと、こいつの家族が...」
そういって左輔が龍樹を見やると、龍樹は俯き涙をこらえていた。
「そうか。坊やの家族を助けたいんだね。あたいはあいにくいい情報持ち合わせていないんだけどね。」
隠岐というくのいちが優しく龍樹に声かけると、周りを見渡し
「ねぇ、誰かいないのかい?こんな子供が頑張って親救い出そうって頑張ってるんだ。ここで何の情報もないなら『月の裏』の名折れだよ。」
一同黙った。
鈴虫の鳴く音だけが響き渡る。
「…闇烏」
誰かが言った。
「闇烏が復活したって噂は私も聞いたことがある。」
隠岐が思い出したように呟いた。
「昔の闇烏なら確かに伊賀の抜け忍が中心だったな。」
影蔵も同意した。
「今闇烏と言ったのは誰だ?」
左輔が皆を見渡したが、誰も答えるものはいない。
出どころが知れるとまずい情報もある。
ここでは匿名の情報は深く詮索しないのが暗黙のルールだった。
「まず闇烏の名前がわかっただけでも収穫だ。皆ありがとう。」
そう言って左輔が立ち上がると、龍樹も立ち上がり集まった忍び達に「ありがとうございました。」と深々と頭を下げた。
「がんばれよ、坊主!」
「また何かわかったら情報届けてあげるね。」
この世の酸いも甘いも知り尽くした忍び達にとって、龍樹の純粋無垢な姿がまぶしく、汚してはならないものに思えていた。
子の刻過ぎ、伊勢屋に戻った左輔と龍樹が部屋に入ると、何人かの忍びが戻っていた。
その中に隼人と蛍もいた。
左輔は五平に聞いた。
「何かわかったか?」
「ええ。朱音や京都所司代あたりを探索していた者の情報によると、ゴエモン殿達の処刑は明後日、三条河原にて釜茹での刑だと」
ガタッ!
龍樹が膝をつく。
「大丈夫だ龍樹。俺が必ず何とかする。」
左輔が力強く言うと、龍樹も「ハイ」と言って座りなおした。
「他には?」
「今のところは。左輔様は何か?」
「闇烏だ」
「!!」
蛍が目を見開き左輔を見上げていた。
「なんと。その名前久しいですな。」
五平がそっと蛍に視線を移した。
「そんな、あいつらまだ生き残っていたなんて...。」
左輔も隼人も、もちろん龍樹も蛍の闇烏との因縁を知らない。
ショックで口を開けない蛍に代わり、五平が簡単に闇烏とゴエモン達の因縁を説明した。
「なるほど、それならゴエモンを陥れようとするのも辻褄が合うな。」
隼人がうなずきながら言う。
「時間がない。今度は闇烏に関する情報を集めろ。特に今のアジトに関する情報をな。」
左輔がそう言うと皆立ち上がり部屋を出て行った。
一人蛍を除いて。




