第4話 比叡山
夏の日差しが照り付ける中、ショウは左輔を供に連れ比叡山の山道を登っていた。
かつて信長として焼き討ちした比叡山は再建が進み、根本中堂はじめ既に焼失の跡は目に付かない。
ショウは天台宗座主覚真と面会した。
信長焼き討ち後、天台宗の長たる座主は時の権力者が任命するようになった。
宗教勢力が不当に政治や経済に介入して来ないようにするためである。
覚真はショウを見るやその目に驚きの色を見せたが、直ぐに柔和な顔に戻り挨拶した。
「前田様から是非お会いして欲しいお方がいると言われておりましたが、まさか極楽浄土から舞い戻られたわけではありませんでしょうな。」
そう言って微かに微笑む覚真に対し、
「私があちらの世界に行くとしたら、極楽ではなく地獄でしょうな。」
そう言ってショウは笑った。
「よもや生きておいでとは...」
「いえいえ、死人でございます。故に私は織田信長ではなく、名もなき一個の男として罷りこしております。」
「そうですか。その名もなきお方が本日は何用があって、こちらに参られたのですか?」
覚真はサラリと本題に入った。
「正に本日はそれ。私に名を与えていただきたいのです。」
「ほほう。名を...それはまたどうして。」
「私はかつて天下静謐のため身を粉にし、心を鬼にして戦い続けました。その渦中、堕落した仏教勢力も、本来の信仰に専念するよう邪念を焼き尽くす所業を行いました。」
「その件については、こちらも耳の痛いところ。理由はどうあれ、人命を奪う事を肯定するわけには参りませんが、当時の叡山には信仰の道を外れ、邪道に堕ちている者も少なくありませんでした。焼き討ちを善い行いとは言いませんが、当山が本来の姿に戻るきっかけを与えていただいたと思い、ことさらに恨みなど持ってはおりません。」
覚真が整然と臆することなく発する言葉に、ショウは満足気に頷き、
「そのように我らの真意を汲んでくださっているのであれば、私のやったことも報われるというものです。」
そういうとショウと覚真は互いに視線を合わせ頷き合っていた。
庭から爽やかな風が注ぎ込んでくる。
清閑な山の中、どこか遠くから経を唱える声が聞こえてくる。
ショウは一時、時間を忘れ、その清廉な空気感に没入していた。
「それで、先ほどの名を与えて欲しいとは?」
覚真が静かに話を戻すと、ショウは現実に引き戻され答えた。
「私は織田信長として世を静謐にする役目を終え、静かに隠棲しようと考えておりました。しかし、その後の天下を担った男の様子がおかしい。あれほど人を殺めることを嫌っていた男が、今や些細なことで粛清をする。無駄に他国へ出兵し、現地の民も出征する兵たちも苦しめている。」
覚真はジッとショウの言う事に聞き入っている。
「だからといって今さら私が再度表舞台に立ち、取って代わろうなどとは思わないのです。しかし、こうした世にした根本は私に責がある。あの男は私のやり方を模倣しているところが多い。世の中を間違った方向に導くのであれば、それを修正する一助になりたいと思い、再び名を得ようと思った次第です。」
「名を、得てどうするのですか?」
「今はまだわかりません。しかし、叡山の僧として、為政者を導くことができればと思うております。」
「なるほど。お気持ちはわかりました。さりとて、当山の僧を名乗るからには、修行をしていただきますぞ。かつては天台座主を任命するお立場にあられたお方であろうと、しっかり僧としての道を極めておらぬ方に、名を与えることはできませぬからな。」
そう言い切る覚真に対し
「望むところです。私とてただで名をいただこうなどと思うておりませんからな。天台宗の教えしっかり得度させていただきます。」
そう言ってショウは頭を下げた。




