第15話 闇中の刺客
子の刻を過ぎ、城内は静まり返っている。
相変わらず雲が多く、月あかりはほとんどない。
雨が降るのか、少し湿った風が出てきたのをゴエモンは感じていた。
龍樹は疲れ、ゴエモンにもたれかかりうつらうつらしている。
時折場内を警戒する守兵が歩いているが、誰もゴエモン達に気づかない。
「これならいくら守兵を増やしたところで物の役には立たねぇな。」
左輔が呆れたように呟く。
おそらく城内に潜んだ4人もそう思いながら、じっと事を起こす機会を待ち構えているのだろう。
「お~いお~い」
秀吉の寝所天井裏に潜み、寝ず番をしていた足立新助は、下からの呼びかけにそっと天井の羽目板をずらし、下を伺う。
見ると秀吉が笑顔で手招きしていた。
「殿下、どうされましたか?」
新助が小声で聞くと、秀吉は嬉しそうに手に持った饅頭を投げ寄越し、言葉をかけた。
「夜中に誰か来るかもと思うと、ワクワクして眠れんのだわ。起きてると腹も減るしの~。
というわけで、夜食替わりじゃ。お前も食え!」
そう言うと秀吉は自分も1個饅頭を食って見せた。
新助も暗闇の天井裏で眠気と戦っていたところだったので、「ありがとうございます」と言って秀吉に食べて見せた。
「よしよし。これから後も頼むぞ」
そう言葉を掛けられると、新助は「ハハッ」と一礼し、羽目板を元に戻した。
子の下刻、ゴエモンらが見張っていた建設中の建物の資材置き場から眩い光が発せられる。と、同時にあたりに煙が充満し始め、火の手が上がった。
外回りの番所から、島左近と守備兵5~6人が駆け寄ってくる。
「火事だ!」
「早う火を消せ!」
あちこちで人の叫ぶ声が聞こえる。
それに合わせて、方々からから人が集まってくる。
ゴエモンと左輔と龍樹はじっとその様子を遠巻きに見ていた。
ゴエモンと左輔は火の手の上がった瞬間、逃げ散る人影を見逃してはいなかった。
慌てふためいて集まってくる人込みに紛れている。
やがて、消火活動が始まると、敵の忍びは豪胆にも寝ず番の小屋の方へ悠然と歩き出してた。
その後ろを左輔が音もなく尾行し、ゴエモンは火事場の中、大声で消火の指揮を執っていた島左近にそっと耳打ちする。
「島様、これは陽動です。この混乱を巻き起こした連中は、騒ぎに乗じて城内に入り込もうとしております。」
「なに?どっちへ行った?」
「こちらへ。」
ゴエモンは左近を伴い、番小屋の方へ向かった。
賊を尾行しながら、左輔は違和感を感じていた。
「確か居残った忍びは4人のはずだ。だが、目の前には2人しかいない...」
他に潜入している仲間がいるなら、こちらに時間をかけていられない。
そう思うと左輔は前の2人の賊に話しかけた。
「おい、火事場はあっちだぞ。どこへ行くんだ?」
そう言われると、右側の男が振り向き、
「今、仲間を呼びに行くところ...」
と言った瞬間、左側の男が何かを投げつけてきた。
それを読んでいた左輔は左に跳躍してかわす。
「ほう、お前忍びか?」
初めに口を開いた右側の男が暗闇ながらニヤリと笑うのがわかる。
「信長の伊賀征伐の後は、世に忍びが活躍する機会は減り、まともな忍びも見なくなったからな。」
もう一人の男も懐に手を入れながらこちらに向き直っている。
「お前、秀吉に飼われているのか?こんなご時世、忍びの行く末など暗いぞ。それなら我らと共に天下人の首を上げて、世に忍びの凄さを喧伝してみないか?」
男らは左輔に仲間になれと持ち掛けてきていた。
左輔はその言葉を聞き笑い出した。
「何がおかしい!」
男らが気色ばむ。
「お前達、忍びかと思っていたが、ただのコソ泥だったんだな。」
「小僧、なぶるか?」
男らに怒気が浮き上がる。
「忍びたるもの“正心”の教えこそ守るべき最たるもの。人に優れた技能故、邪なことに使用しないという基本中の基本を持っておらぬお前たちは、忍びではなくコソ泥で充分だ。」
「ひゅ~、左輔も言うようになったね~。」
追いついてきたゴエモンが左輔の肩を叩きながら囃す。
「うるせ~、俺だって言うときは言うんだよ」
「こ奴らが賊か?」
左近が槍を構える。
「おっと、豪傑のおっさん、殺さないでくれよ。殺しちまったら処刑場に引き出す奴がいなくなっちまうからな。」
左輔がそう言うと、左近は
「わかっておるわい」
そういって槍を一閃する。
敵は飛びのき槍をかわしたつもりだったが、左近の槍はまるで鞭のようにしなり、飛びのいた敵の側頭部を叩きつける。
もちろん柄の部分であるが、あまりに強烈な一撃をくらい、忍びはその場で気を失った。
残る一人は、駆け出そうとしたが、ゴエモンが先回りし、切りつけてくる来る敵の動きをかわしながら、背後に回ると、その首に腕を絡めた。途端、相手はカクンと力が抜け、意識を無くした。
「相変わらず、お主の徒手空拳の体術は凄いな。」
左近が感心しているが、
「島様こそ、槍の技は一向に衰えておりませぬな。この槍と一騎打ちしたかと思うと肌が粟立ちます。」
ゴエモンは心底左近の槍働きの凄まじさを感じ入っていた。
「ここであの時の決着といくか?」
左近が楽し気に水を向けてくるところ、左輔が真顔で
「あと二人いるはずだ。火付けはこいつら二人のみだった。どこに行った…」
左近は気を失っている敵の忍び二人を番小屋の守兵に引き渡し、
「辺りをくまなく捜索だな。」
と言って、歩き出した。
隼人と久作、健太は火事騒ぎの騒動を聞きながら、変わらず水路の出口を見張っている。
「あちらで動きがあったな。それならこっちもそろそろ顔を出すころだな。」
隼人がそう言った途端、水路をふさぐ格子状の鉄扉が少しずつ持ち上がってくる。
久作と健太が飛び出そうとするのを隼人は低く制した。
「まだだ。敵を全て中に入れてから一網打尽にする。」
二人は頷き、隼人の横に控えた。
やがて辺りを警戒しながら、一人、また一人と黒装束の男達が水路から這い出てくる。
3人出てきたところで、敵は動き出した。
退路を確保するため、鉄の蓋は開け放たれたままだ。
そのまま調理場の勝手口の方へ進んでいく。
中に入られては面倒だ。
隼人は一列で進む敵忍びの最後尾に忍び寄り、首元に刃を突きつけながら
「声を出すな。動くと殺す。」
と脅す。敵はウンウンと無言で頷きながら両手を上げる。
その口を素早く猿轡で塞ぎ、両手首を後ろでで縛ると、後方の久作へ引き渡した。
隼人はそのまま前の二人に付いていく。
二人は最後尾の忍びが隼人にすり替わっていることに気づいていない。
やがて勝手口の扉の前にたどり着いた先頭の忍びは、錠前を外しにかかっている。
その間、隼人は2人目の忍びを縄にして、後ろに引き渡している。
「ダメだな…、この鍵は複雑で開けられん」
先頭の忍びがお手上げになったところ、
「よし、俺が代わろう」
といって隼人が前に進み出、数十秒で鍵を開けてしまった。
「お前凄いな。いつの間にそんな技覚えたんだ?」
そういう忍びに、隼人はくるりと振り返り、口元を覆っていた布をずらしてニヤリと笑う。
「お、お前は...だ」
そこまで言う間に隼人の手刀が男の頸動脈を強く叩き、男はその場に崩れ落ちた。
「これで水路から来た奴は皆片付いたな。」
隼人が言うと
「さすがは隼人様ですね。汗一つかいていない。」
久作が感嘆の声を上げると、
「この程度の相手ならお主らでも可能だ。」
そう言うと隼人は指笛をヒュッと鳴らした。
すると直ぐに百地の忍びが3名目の前に現れる。
「さっき工事場の方でも左輔らが敵を捕らえてるだろう。こいつらもひとまとめにしておけ。」
そう言われると、隼人以外の忍びはみな番所の方へ向かって行った。
「さて、これで全部片付いたなら、あっけないものだがな…」
隼人は思案しながら空を見上げた。
相変わらず月はなく、漆黒の闇夜だった。
「ン!?」
隼人は墨汁の底のような闇夜の中に何かの気配を感じた気がした。
「何かがおかしい...」
隼人は何とも言えない胸騒ぎを感じていた。




