第13話 風の忍び再び
ゴエモン、久作、健太は六角獄舎から釈放された。
だが、綾香と虎太郎は、万が一石川五右衛門を捕り漏らした場合、ゴエモン達の逃走を防ぐための人質として囚われ続けることになった。
釈放の際、ゴエモンは綾香と虎太郎の囚われている獄舎に面会に行くことを許された。
「綾香、もう少し辛抱していてくれ。石川五右衛門捕まえて、必ずここから救い出すから。」
「大丈夫。心配していないわ。あなた達なら必ずやり遂げてくれると信じているから。」
綾香は明るく笑って言った。
虎太郎は少し寂しそうに「早く迎えにきてね。」と言って綾香にしがみついていた。
「必ず来るから、待ってろよ」
ゴエモンはそう言って、牢屋越しに綾香の手をきつく握りしめた。
獄舎を出ると左輔と龍樹、そして蛍と子供たちが迎えに来ていた。
蛍たちは久作に抱きつき涙していた。
「父さん!母さんと虎太郎は?」
龍樹が心配そう駆け寄る。
「人質だ。俺たちが石川五右衛門を捕まえられなかったとき、代わりに釜茹でにする者が要る。その時に俺が戻るようにするため…」
ゴエモンは不安の中、精一杯笑顔を作る綾香と不安を隠せない虎太郎の顔を思い出し唇を嚙み締めた。
「ゴエモン、時間がない。早速伏見へ急行だ。」
左輔が真顔でゴエモンを促す。
ゴエモンは頷きながらも、
「ちょっと風結庵に寄って支度してくる」
そう言って風結庵に立ち寄った。
箪笥の奥にしまっていた忍び道具と信長拝領の村正の脇差を持ち出す。
「父さん、俺も行く!行って力になりたい。」
ゴエモンは龍樹を見つめた。
闇鴉との一戦の事も聞いていた。
行くなと言っても無理だろう。
自分だったらいても立ってもいられないはずだ。
「来るのはいい。だが、お前は未熟だ。本当の忍びの戦いになったら足手まといだ。自分だけ死ぬならまだいいが、自分の未熟は味方の足を引っ張り、多くの仲間が犠牲になる。」
龍樹は父からこんな真剣な言葉をかけられたことはなかった。それだけに、一言一句が深く心の奥に刺さった。
「だから戦場では俺や左輔の言うことは絶対だ。待てと言われれば待て。引けと言われれば引け。それが約束できるなら付いてこい。」
龍樹は生唾を飲み込みながら大きく頷いた。
その様子を見て、ゴエモンは“ふっ”と息を抜き、箪笥の奥から何やら取り出した。
「俺たちは左輔達のような本当の忍びではないが、平成の里の者は別の任務を持っている。いつかお前もそうした役割を担う日が来ると思い、母さんが作っておいてくれたものだ。」
それは綾香の手による忍び装束一式だった。
「これは護身用に持ってろ」
ゴエモンは無銘だが、昔から愛用していた短刀一振りを龍樹に渡した。
龍樹は父と共に数多の修羅場をくぐり抜けてきたであろう短刀を手にして、身が引き締まる思いがした。
そうしてゴエモン達は一路伏見城に向かった。
六角獄舎の中、虎太郎は綾香に問いかけていた。
「母さんはどうしてそんなに落ち着いてるの?処刑されちゃうかもしれないのに…」
「そんなことにはならないわ。父さんは昔から母さんや里のみんなを守ってきてくれたの。父さんが守ると言って、約束を違えたことは一度もないわ。だから母さんは安心して待っていられるのよ。」
「そっか。父さん凄いんだね。」
「そうよ。かっこいいんだから。」
「だから母さんは父さんのこと好きになったの?」
「そうねぇ。でも、それだけじゃないけどね。強いだけじゃなくて、優しいの。人として大きいのよ。あなたも龍樹も父さんの良さをしっかり受け継いでいるわ。だから父さんのような大きな男になりなさい。」
虎太郎はまだその言葉の真の意味までわかっていなかったが、父が凄い男だということを母の口から聞き安心したようだった。
「がんばれ、ゴエモン...」
綾香は小さく呟いていた。
伏見はかつてゴエモンが信長と密会した頃とは様変わりしていた。
伏見稲荷があるだけの門前町だったのが、武家屋敷や足軽長屋などが立ち並び、それに伴い城下町が形成され、大いに賑わいを見せていた。
町はまだまだ建設ラッシュの様相を呈していて、あちこちで大工の槌音が響き渡っている。
そんな城下の建設途中の長屋の一角に百地忍軍は終結していた。
何もない部屋の真ん中に城の絵図面が広げられている。
「見せられる範囲でと言ったが、これじゃ見てないのと一緒だな。」
左輔が自嘲気味に笑っている。
「仕方あるまい。あちらからすれば、我らは真に信用できるかどうかわからない相手だからな。そんな者に中の詳細なからくりなんぞ披見するわけあるまい。」
隼人もほくそ笑む。
「これでは建物の配置くらいしかわからんし、秀吉の寝所のある天守には立ち入ることを許されてもいない。敵がどこから来るかわからんが、外で捕まえるしかないということか。」
「本当に今宵来るのか?」
「わからんが、来てくれないと明日の処刑に間に合わん。」
「しかし、黙って義賊を気取って泥棒だけやっていればいいものを、何故に天下人の首などを狙うんだ?」
その問いに対する答えはここの誰も持ち合わせてはいなかった。
「自己顕示欲か、名誉欲か、忍びの技量のひけらかしか、いずれにしてもそんなところだろう。」
隼人が言うと一同頷いた。
「隼人、お前ならどこから入る?」
左輔が問うと、隼人はじっと絵図面を見入る。
そして一点を指さした。
「侵入経路はいくつかあるが、より確実にいくなら、ここの堀から水路をさかのぼるのが一番安全だろう。」
左輔も同じ考えだった。
「だが…」
隼人は続けて絵図面の何も書かれていない一か所を指さした。
「伏見は未完成の城だ。ここに建設中の建物と資材がある。俺なら人夫として昼間のうちに侵入し、ここに野積みになっている資材などに身を隠して夜を待つな。」
「さすがだな。俺も昨日侵入した時同じことを思ったぞ。」
左輔が同意する。
「問題は敵の数だな。石川一人ということはまずあるまい。」
一同頷いている。
「暗くなる前に俺たちも城内に入ろう。石田様に指示された番所にて夜を待ち、暗くなったらこれから言い渡す持ち場に着け。連絡の符号は虫の音。緊急の場合は予備笛だ。」
そういうと、左輔は百地党12名とゴエモン、龍樹、久作、健太に持ち場を指示した。
間もなく日が暮れる。




