第12話 左輔対三成
「何?石川五右衛門一味が捕らえられてきただと!?」
朝餉を終え、伏見への登城支度をしていた三成へ、島左近が注進してきた。
「それで、石川五右衛門本人は?」
「あいにく手下のみのようですが、驚くべき情報があるとのことで、今回手下を捕縛してきた風結庵のゴエモンの仲間が殿に直接お話したいとのことです。」
石田三成は忍びの類を毛嫌いしていた。
陰で暗躍する卑怯者という印象があり、政をつかさどる者は、公明正大であるべきという信念を持つ三成が忌み嫌う存在であった。
こうした三成の清濁併せ飲むということができない潔癖な性癖が、後の豊臣家臣団武断派との確執、関ヶ原の戦いでの敗戦の要因となっていく。
「俺が自ら下郎と話さずとも、誰か代わりに聞けばよかろう。」
三成が面倒臭そうに話すのを聞き、左近は
「太閤殿下の御身に関わる話だそうですぞ!」
と少し語気を強めて言った。
「殿下の?」
三成は怪訝そうな顔つきになり、少し思案したが、
「仕方ない。庭先に通せ。」
と言って、屋敷の中庭に向かった。
縁側には2人の男が膝をつき頭を垂れている。
「三成だ。殿下に関する情報だと?」
そそくさと要点だけを話す三成に対し、隼人が口を開く。
「こたび石川五右衛門を名乗る男の手下を捕縛し、石川の行方を尋問したところ、奴目はこともあろうに太閤殿下のおわします伏見城に潜入し、殿下暗殺を目論んでいるとのことにございます。」
「なんだと!」
さすがの三成も声が大きくなった。
「それは誠のことであろうな。牢獄のゴエモン助けたさに虚言を用いるならば承知せぬぞ!」
居丈高に怒鳴り散らす三成に対し、隼人の横にいた左輔が呆れたように言い放つ。
「人が親切に教えてやってるってのに、この殿様は偉そうに吠えるばかりで何のありがたみも感じていないようだな。天下の豊臣家の番頭がこの程度じゃ、世も末だな。」
「おのれ、下郎の分際でそのような口を利くか!まとめて成敗してくれてもいいのだぞ!」
三成は顔を紅潮させ、刀を抜かんばかりの勢いで吐き捨てた。
「あんたには無理だよ。俺らが本気になれば首が飛ぶのはあんたの方だぜ。まぁ、横にいる旦那は手ごわそうだがな。」
左輔は全く動じることなく飄々としていた。
「おのれなぶるか!左近こやつらひっ捕らえて...」
癇癪を起こしたように喚き散らす三成に対し左近は一喝した。
「落ち着かれよ!我らはこの者らから情報を得ようとしているのですぞ。ご自分の思い通りにいかない時に取り乱し、前後不覚になるのは殿の悪い癖でございます!」
そう言われると三成は我に返った。
「…すまん、少し取り乱したな。」
左近にそう言うと、三成は再び左輔達に向きなおり言を継いだ。
「ご苦労だった。だが、いくら石川五右衛門が伊賀者であろうが、伏見の城は厳重な警備体制が敷かれている。心配には及ぶまい。」
三成がそう言うと左輔が苦笑いしながら首を振る。
「殿様よ。あんた何もわかってないな。あんたが俺たちのような忍びの者を毛嫌いしているってのは良くわかるんだけどさ、そのせいか忍びってものもまるでわかっていないよ。」
「どういう意味だ?」
三成が怒気を抑えながら聞く。
「あんたの言っている厳重な警備ってのは、外からまともに攻めてこられる事を想定している場合にのみ有効な警備だ。」
三成の目が鋭さを増す。
「確かにあの城は最新の仕掛けを施した厳重な城だが、俺たち忍びの目から見たら、あの城でも抜け穴はある。手練れであれば太閤の寝所付近までは行けるだろうな。」
三成も左近も衝撃を受けた。
「その方ら、入ったこともない城のことをそのように言うは却って自身の言葉の信ぴょう性を貶めることになるのだぞ。」
さすがに左近も口を挟んだ。
「仕方ないなぁ。じゃあ、怒るなよ。」
そう言うと左輔は懐をもぞもぞとまさぐり、「ホラ」と言って鍵束を一つを差し出した。
「これは!?」
「伏見の二の丸の夜番の部屋にあった鍵だ。あんまり奥に入るのも失礼だと思ったから、その辺でやめておいたけど、まぁ、そこそこの所までは行けるってことは、これでわかってもらえたかな?」
三成も左近も驚愕した。
忍びとはこんなことも簡単にできるのか。
同時に恐怖にも似た感覚が芽生えた。
あまりの忍びの技量を見て、召し抱えて裏切られた時のことを思うと、殺してしまおうと考えるのは、人の防御本能ともいえる。
上杉謙信と武田信玄の基に現れ、その技量を売り込み、逆に殺されかけた伝説の忍び『飛び加当』の逸話などはその最たる例だ。
「これ、今頃お城で騒動になってるだろうから返しておいてくれな。」
左輔は笑って言った。
三成は腕を組み考え込んでいた。
こうも簡単に城内への侵入を許した痕跡を見せられると、手練れの忍びの技量を認めざるを得なかった。
「石川五右衛門が殿下の御座所を襲うのはいつだ?」
「今宵と聞いております。」
隼人が答える。
警備を厳重にするのはもちろんだが、餅は餅屋だ。
三成はそう考え、左輔に聞いた。
「その方らなら、石川らの動きを予見し抑えられるか?」
「そうだな。少なくともあんたらがやるよりは、敵の行動を予測できると思うぜ。」
「さすがに殿下の寝所付近までお主らを配置することはできんが、一定のところまでは立ち入りを許可するゆえ、殿下の警護に手を貸してもらえるか?」
さすがは三成。信条はさておき、秀吉のために最善となるならば、先ほどまで斬り捨てようとしていた者にでも頭を下げることができた。
「一つ条件を飲んでくれるなら、やってやってもいいぜ。」
左輔が言うと三成は苦笑いしながら答えた。
「大方捕らえられているゴエモンを釈放せよとでも言うのだろう」
「さすがキレ者。わかってるな。とにかくこれだけ広い城だ。俺たちの手の者総動員しても人数が足りない。使える者は1人でも多い方がいい。」
「あいつが下手人でないことはわかっている。本物の手下も捕まえてあることだし、よかろう。その代わり、何事があっても殿下に傷一つ負わせてはならぬぞ。殿下にもしものことがあった時は、お主ら全員火あぶりだからな。」
三成がそう言うと、左輔は苦笑いしながら
「お~怖え~、怖え~。それじゃあ、さっそく準備に取り掛かるか。見せられる範囲の城の図面見せてくれよ」
そういう左輔の顔は、既に百地の頭領の顔になっていた。




