第11話 危難
龍樹は玄明寺の入り口から中を伺う。
塀や塔頭もところどころ崩れ、まるで廃寺のように中はシンと静まり返っている。
(やはりもうここにはいないのか…)
「カサッ」
枯草を踏む音に龍樹は振り返る。
黒猫が目だけを光らせ歩いていた。
「脅かすなよ...」
小声で呟き、龍樹は先へ進んでいく。
やがて本堂の入り口前に辿り着いた。
板造りの廊下はところどころ抜けていて、踏みしめるとミシミシと音を立てた。
床板を踏み抜かないよう慎重に歩く場所を選び、本堂の扉をそっと押し開けた。
中に人影は見えないが、龍樹は微かに人の居た気配を感じ取っていた。
(酒の匂いがする…)
龍樹は少し逡巡したが、意を決して中に入る。
漆黒の闇だが、確かに誰かいる。
音をたてぬよう慎重に進む。
その時、足元に衝撃が走り、龍樹の視界は180度逆回転した。
足元の罠にかかり、龍樹は逆さ吊りの状態になっていた。
そこへ、背の低い年配の忍び装束男が近づいてくる。
「ん~、どんな手練れが来るかと思ったら子供か。舐められたものよ。」
「お前は誰だ?」
吊るされながらも龍樹は男を睨みつけ問い詰める。
「石川五右衛門…と答えたら満足か、小僧?」
男は何の感情も表わさず、淡々と言葉を発した。
「黙れ!父さんの名を語って陥れようとしやがって。一体何の恨みがあるんだ!」
「あの男の息子か。生憎俺は石川五右衛門じゃない。誰か来たなら今宵の邪魔だてされぬよう、しっかり殺しておけと命じられただけだ。まぁ、あの男にも積年の恨みがないでもないがな。だが、来たのがこんなガキ一匹とは拍子抜けだな。」
そう言うと男は短刀を鞘から抜き、「それでも仕事はしっかり果たさせてもらうぜ。」といいながら近づいてくる。
龍樹はなんとか足に絡まる縄から逃れようともがく。
男の刃が龍樹の体に突き刺さろうかという距離まで来た時、
「龍樹!」
と叫ぶ楓の声が響いた。
瞬間、どこにいたのか男の仲間4人が楓を囲み、あっという間に抑えつけた。
「バカ、何で来た!」
龍樹が楓に向かい叫ぶ。
「だって、何も見えなくて、心配だったから...」
「これはこれは、美しい友情だな?それとも愛情か?ガキだと思ったがなかなかやるじゃないか、小僧。」
さっきの男はそう言いながら、龍樹の前を素通りし、抑えつけられている楓の前にやってきた。
そして楓の髪の毛を掴み、顔をあげさせ、しげしげと見つめる。
「おぉ、これは相当な上玉だな。ただ殺すのは惜しいな。」
そう言うと龍樹の方を振り返り、
「お前、この娘とはもういい仲なのか?」
「そんなことお前に関係ないだろう!」
龍樹が怒気で顔を真っ赤にしている。
「ふ~ん、まだか。ということは、お前生娘だな。」
今度は楓に視線を移し、楓の体を上から下までじっとりした視線で見渡している。
「お前も男を知らずに死ぬのは心残りだろう。最後に好いた男の前で、女になって死ぬというのもいいじゃないか。あのガキも好いた女が凌辱されているところを見てから死ぬという、最高の屈辱を味わわせてから殺してやろう。」
そう言うと、男の手下が楓の衣服に手を伸ばす。
「イヤ、イヤ、ちょっと、やめて!」
楓が必死に身をよじり抵抗する。
男は野卑な笑みを浮かべながら、手下が抑えつける楓に覆いかぶさっていこうとした。
「やめろー!」
龍樹が叫ぶ。
その時、男の視界が強烈な痛みと同時に塞がった。
「ぎゃー!」
という声と共に目を抑えながらもんどりうって転げまわる。
楓が左輔から伝授された含み針で、男の目を潰した。
「このガキ!」
抑えていた男の一人が楓の頬を力任せに張る。
楓は脳震盪を起こしその場に崩れ落ちた。
「楓ー!」
龍樹は懐から苦無を取り出し、足首を締め付けていた縄を切った。
龍樹は地面に叩きつけられたが、痛みなど感じる間もなく立ちあがると、楓を張った男に掴みかかり、思いっきり頭突きをかました。
男は直ぐに意識を飛ばした。
続けて別の男が掴みかかってくるのをかわしながら一本背負いで投げ捨てる。
小さいころから平成の里でショウから柔道や体術を教え込まれてきたのが無意識に出る。
だが多勢に無勢だ。
残りの二人が飛びついて押さえつけられると、首領格の男が目に刺さった針を抜きながら近づき、龍樹の顔を思いっきり蹴り上げた。
「てめぇ、ガキだと思って優しくしてやってりゃ付け上がりやがって。」
男は刀を抜き、龍樹を切り下げようとした。
刹那、男は叫び声をあげながら、刀を取り落とした。
手元に手裏剣が突き刺さっている。
「お前ら、よくも俺の大事な娘と息子をいたぶってくれたな。」
龍樹の背後に隼人が忍び装束の上からでもわかる怒気を全身から発して仁王立ちしていた。
手下3人が一斉に隼人に向かい襲い掛かる。
だが隼人は全く動じることなく、その場にただ立っている。
相手が斬りつける瞬間、隼人の姿は消えた。
相手の刀が空をきったと同時に、相手の首が落ちていた。
同時に二人目の眉間に手裏剣が刺さり、3人目の男は首をねじ切られていた。
格が違う。
(これが本物の伊賀の忍び)
龍樹は隼人の神がかり的な動きにただ呆然と見とれるだけだった。
(これが百地忍軍頭領の力。これで今は第一線を退いてるって嘘だろ…)
首領格の男が逃げ出そうとして出口へ走る。
男が扉を開け外に出たと思った瞬間、首筋を冷たい感触が走った。
手で触るとヌルっとした血の感触があった。
蛍が指に挟んだカミソリで切りつけていた。
男はそのまま走り去ろうとしたが、数歩走ったところで足がもつれ転んだ。
「神経毒さ。あんたの体の自由は効かないよ。ガンマク。」
「なんで俺の名を...。」
「私だってとっくに忘れていたがね、この小汚い寺とあんたのツラ見て思い出しちまったんだよ...」
「お前…蛍火か?」
「フ、そんな名前で呼ばれていたこともあったね。あの頃は下っ端で、コマ使い程度だった奴が今では闇烏の首領さまかい?」
「フン、お前こそ、ここで育てられて、頭領の情婦で散々汚いことやってきたくせに、今はなんだ?綺麗な町衆のおかみ気取りか。」
「あぁ、私はもう陽の当たる場所に居場所を見つけたんだ。それを奪おうとするあんたらみたいな下衆野郎共は私がこの手で…」
そう言って蛍は、短刀を抜き、神経毒で動けないガンマクめがけて突き刺そうとする。
「殺すな」
隼人が後ろから静かに声をかけた。
「なぜ?」
蛍は振り返りもせず聞く。
「まだ聞かなきゃならんことがある。」
そう言いながら隼人はガンマクに近づいた。
「お前は石川五右衛門じゃないと言ったな。本物はどこにいる?」
「へへ、そんなこと簡単に教えるわけないだろう。」
ガンマクはにやけながら吐き捨てた。
隼人は後ろを振り返った。
龍樹が楓を介抱しているが、まだ目を覚ましていないことを確認すると、無表情でガンマクの右手人差し指をへし折った。
「ぐぎゃー!」」
「さて、何本耐えられるかな」
隼人は全く表情を変えず、続け中指をへし折った。
「や、やめてくれ!言う、言うから!」
それでも隼人は続けて薬指を折った。
「早く言わないと手の指だけで済まなくなるぞ。」
かつての冷徹で任務は貫徹する百地忍軍頭領の顔がそこにあった。
ガンマクは泣きながら口を割った。
「ふ、伏見城だ!今夜伏見の城に潜り込み、秀吉の命を奪うって!」
「なに!?」
あまりの事態の大きさにさすがの隼人も驚きの表情を浮かべた。
「奴の正体は誰だ?」
「し、知らねえんだ。1年前くらいフラりと表れて、あんたみたいに一人であっという間に俺らをシメあげて、力で従わせたんだ。」
そこまで聞き終えると、百地の忍び数人が応援に駆け付けていた。
隼人はそれらにガンマク以下生き残りの2人を捕縛し、京都の役所に引き渡すよう命じた。
だが、肝心の石川五右衛門がいないのでは、ゴエモン達を救い出すことはできない。
隼人が伏見で石川五右衛門を待ち構えることを決心したとき、楓が意識を取り戻した。
「楓、大丈夫か?」
隼人が優しく声かけると楓は隼人に抱きつき子供のように嗚咽した。
「怖かった…。でも、でもきっとお父さんが助けに来てくれると思ってた…」
「まったく無茶しやがって。好いた男のためなら向う見ずになるのは、母さんそっくりだ」
「…だって、お母さんの子だもん」
しゃくりあげながらそういう楓が愛おしくて、隼人は強く抱きしめてやった。
その光景を見ながら龍樹は一つの思いを強くしていた。
(強くなければ大切な者を守ることはできない。俺も隼人さんのように…)




