第10話 母と娘
「五平さん、私玄明寺に行ってみる。」
伊勢屋に残っていた蛍が五平に告げた。
「お待ちなさい。ゴエモンさんたちと玄明寺で闇烏を壊滅させてからもう14年も経つのですぞ。一度壊滅した奴らがずっと同じ所を住処にしているはずがありません。」
五平は優しく諭す。
「…でも」
「蛍さんのお気持ちはわかります。でもあなたの立場はあの頃と違うのです。3人のお子がいて、久作さんも捕らわれている。今はお子達のことを一番に考えてあげなければいけないのではないですか。」
「…」
そう言われると蛍は何も言えなかった。
その様子を後ろで見ていた龍樹が
「蛍姉さん、俺が行ってみて来るよ、その玄明寺。」と言った。
「危ないわ!奴らがまだいたらあなたでは対処できないわよ。」
蛍が強い口調で制止するが、龍樹は真剣な眼差しで懇願する。
「それは蛍姉さん一人でも同じでしょ。昔は凄腕のくのいちでも、今は母なんだから。俺、父さん、母さん、虎太郎が捕らわれてるのに、何もしないでじっとしてられないんだ。遠くから様子を見て、誰かいるようなら左輔兄たちに急を告げるから、行かせて。」
「龍樹...」
蛍は成長した龍樹を頼もしく思う反面、実戦の厳しさを知らない子供を、悪行を生業とする抜け忍との対決に駆り出す不安があった。
その様子を見ていた五平が口を挟んだ。
「行ってこい龍樹。だが、誰かいたら必ず戻って応援を頼め。一人で処理しようと思うな。こっちも誰か戻ってきたら応援に向かわせる。」
そう言うと五平は玄明寺の場所を説明した。
「五平さん、龍樹はまだ...」
蛍が言いかけたが、龍樹は
「蛍姉さん、大丈夫。無理はしないから!」
と言って、飛ぶような勢いで部屋を出て行った。
伊勢屋の裏口を勢いよく飛び出した龍樹は、三条通りを一目散に東へ駆け出そうとしたが、その前に立ちふさがる人影があった。
「楓!?」
龍樹は驚き足を止めた。
「私も行く。」
「だめだ!遊びじゃないんだ。」
「遊びじゃないから行くの。龍樹が危ない目に遭ったら誰かが助けを呼びに行かなきゃいけないじゃない。」
そういう楓の目には決意がこもっていた。
「嫁入り前の女の子を傷物にするわけにはいかないんだぞ!」
龍樹が少し怒ったように言う。
「傷物になったら龍樹が責任取って」
そう言って笑う楓の笑顔は眩しかった。
「そんなことより、お前の両親が...」
「母さんには言ってきた。」
「え、朧さん許してくれたのか?」
「うん。行っておいでって。」
楓の表情に曇りはなかった。
―半刻前、大和屋
「お母さん、今お父さん達がゴエモンさん達を助けようとして動いているんでしょ。龍樹も家族を助けようと頑張ってる。風結庵は家族みたいなものでしょ。だから私も行って力になりたいの。」
そう言われると朧は楓の顔をじっと見つめた。
子供だと思っていたけど、縁談が来るようになり、しっかり自我が芽生え、こうして危険な状況でも大切な人の為に行動しようとしている。
(大人になったな。私が13くらいの時はどうだったかな...?)
朧は成長した娘に自分の少女時代を重ねた。
朧の少女時代は、隼人一色だった。
隼人を想い、隼人以外の男に奪われるくらいなら死を選んだ。
きっと同じ状況に隼人が陥っていたなら、間違いなく自分も隼人を助けに行っただろう。
朧はクスっと笑った。
(隼人さんの言った通り、この子は私の生き写しだ)
「わかったわ。行って来なさい。」
あっさりそう言われると、楓の方が戸惑った。
「いいの?また嫁入り前の娘がどうのって言わないの?」
「ふふふ。言って欲しいの?」
楓は激しく首を振った。
「一つだけ教えて。楓は龍樹に添い遂げる覚悟はあるの?」
「うん!」
楓は強い口調で即答した。
「わかったわ。それじゃあ龍樹の側を離れちゃダメよ。龍樹が死ぬことがあったならあなたも死を選ぶ。そのくらいの覚悟はある?」
「もちろん!」
(やっぱり私の子...)
「あなたたちは生まれもほとんど同じ日なんだから、死ぬときも一緒じゃなきゃダメよ。私もお父様とそう誓い合って生きて来たわ。」
「そうなんだ。やっぱり素敵、私のお父さんとお母さん。」
楓が満面の笑みで朧に抱きついてくる
「行っておいで。龍樹を助けて、ゴエモンさん達を助けて、そして無事に帰っておいで。」
朧は溢れ出る涙をこらえながら愛しい娘を抱きしめた。
「必ず無事でね...」
龍樹と楓は玄明寺が見下ろせる山の中腹に着いた。
間もなく夜が明ける頃だが、寺はまだ眠りについている。
遠目では人影は見えない。
「やっぱりここじゃないのかな?」
楓が呟く。
「その可能性は高いな。父さんたちがここを拠点にしていた「闇烏」を壊滅させたのは俺たちが生まれる前の話らしいからな。」
「そうなると手がかりがなくなるね。誰か有力な情報持ち帰っているといいけど...」
時間はなかった。
明日の昼には処刑が執行される。
残されているのは1日半というところだ。
その間に真犯人にたどり着き、役所突き出さなければ、捕らわれた皆は無実の罪で処刑されてしまう。
迷っている時間はなかった。
「俺、中に入って様子見て来るから、ここから見ていて様子がおかしいと思ったら、左輔兄の所へ走ってくれ。」
龍樹がそう言うと、楓は小さく頷いた。
「じゃあ行って来る」
そう言って立ち上がりかけた龍樹の袖を引き、振り返った龍樹の唇に楓は自らのそれを重ねた。
驚き呆然としている龍樹に
「武運のおまじない。楓の初物、ご利益間違いなし。」
と楓も真っ赤になりながら微笑み手を振った。
「ありがとう。行って来る!」
そう言って龍樹は闇の中へ消えた。
「死ぬときは一緒だぞ...龍樹」
楓は不安で押しつぶされそうな胸を必死で抑えていた。




