20家族の味
二日酔いの覚めた龍さんは、水を飲みに一階のキチンへ降りた。
すると、キッチンから醤油と味醂の甘辛い何とも言えない食欲をそそるニオイが鼻腔をくすぐった。
「おお、茉奈のやつ、早く帰ったんだな。晩御飯は、煮物か、たまに無性に食べたくなるんだよな」
トントントン! と軽い足取りで階段を下りる龍さんは、なんだか気分も最高、身体も軽い。
「茉奈、今夜は煮物か、昨日、片意地の張ったアワビやら神戸牛を食わされたものだから、今、オレは庶民的な煮物が最高に食いたかったんだ」
と、龍さんが、食堂の暖簾を潜ると、キッチンに娘の茉奈と並んで、見覚えのある女性が料理していた。
「あッ! 広瀬亜紀さん!! 」
「どうもお邪魔してます茶川さん」
「龍さん、今夜の晩御飯はね。亜紀さんが、お酒の残る体には胃にやさしい筑前煮がいいだろうってことで作ってくれてるの」
「茉奈、広瀬さんがいらっしゃってるなら起こしてくれればいいだろうに、どうも、すいません」
「え~、だって……」
と、茉奈は亜紀の顔を見た。
「すみません茶川さん、突然私が押し掛けたんです。茉奈さんは、茶川さんを起こしに行くとおっしゃったんですけれど、ワタシが、お疲れでしょうからそのまま寝かせてあげてくださいとお願いしたんです」
「あ、そうなんですか、御心使い感謝いたします。」
すると、
「にゃ~」
と、茉奈と亜紀の足元で体をゴツンゴツンと擦り付けるワガハイが、なにやら話しかけている。
「どうしたのワガハイ、カリカリは、さっきあげたでしょう? 」
と、茉奈が、ワガハイを抱き上げた。
抱き上げられたワガハイは、クンカクンカ鼻をならして、醤油と味醂の甘辛い筑前煮のダシの香りを堪能している。
「あら、ワガハイ、筑前煮の美味しさがわかるのかしら? 」
「茉奈、畜生の猫に、そんな違いがわかるはずないだろう。ワガハイはバカ舌だから、アホウみたいに、毎日飽きずにカリカリばっかり食べてるのが証拠じゃないか」
「あら、龍さん。ワガハイはこう見えて、案外、グルメなのよ。龍さんが、晩酌のつまみにしているマグロのお刺身、龍さんがお手洗いへ立ったら、テーブルへぴょこんと飛び乗って、必ず、拝借しているわ」
「なに?! いつも手洗いから帰ると、刺身が減ってるような気はしてたが、犯人はワガハイだったのか」
「他にもあるのよ、お隣の、井佐坂さんのお家で、こないだ、のどぐろをお裾分けでもらったでしょう?」
「のどぐろ美味かったよな。また、お裾分けでもらえないかな」
「龍さんには、言ってなかったけど、あののどぐろ、ワガハイが井佐坂さんのお家へお邪魔してるときに、味をおぼえて、そんなにワガハイが好きならってことで、ワガハイのためにいただいたのよ」
「なに?! オレは、ワガハイのおこぼれを食べていたのか」
「だって、龍さん、こないだスシローへ行ったとき、十二皿食べたって言ってたけど、内容は、マグロ、イカ、ハマチ、の三種類しか食べてなかったじゃない」
「いや、オレはいろんな種類をたべたぞ」
「一見、そんな風に見えるけど、マグロのかわりにトロだったり漬けマグロ、イカはイカでも紋甲イカだったり甲イカやイカ塩レモン、ハマチに至っては、かわりにブリ食べてたでしょう? ブリとハマチは、ツバス→ハマチ→メジロ→ブリとつづく出世魚だから」
「えっ? マジか!! ハマチとブリは同じ魚だったのか、四二年生きてきたが初めて知ったその事実」
「龍さん、ボンボン育ちで好きなものしか食べない偏食だからそうなるのよ」
「いや、しかし、オレが偏食だからって、ワガハイの舌より人間様のオレの舌が劣るとは限らんだろう? 」
「いいえ、ワガハイを見くびっちゃいけないわ。ワガハイは、しっかり、ツバス→ハマチ→メジロ→ブリの違いがわかってるわ」
「そんなバカな! 」
「こないだ、試しにワガハイにツバスから順番に食べさせてみたの。いたずらして、ツバス→ハマチ→ハマチ→ブリって出してみたら、ワガハイ、二回目のハマチのときに、『にゃ~にゃ~』抗議して食べないのよ」
「なんだと、こいつ、味の選好みをするのか?! 」
「ワタシの研究が間違ってなければ、答えはそうね。ワガハイは龍さんよりグルメよ」
龍さんは、茉奈に、ワガハイを貸してみろと受け取ると、顔を覗き込んだ。
「うん、このバカ面がね」
と、龍さんが呟くと、
「シャ! 」
ワガハイが嫌がって龍さんのほっぺに猫パンチをお見舞いして逃げ出した。
「コラ! ワガハイ!! 」
龍さんが追っかけてキッチンから出て行った。
すると、茉奈とワガハイと龍さんのやり取りを微笑みながら聞いていた亜紀が、茉奈に耳打ちするように小声で、
「茶川さんって、ユニークな方ですね。ワタシ、一人っ子だから、にぎやかな家族に憧れてて羨ましいな」
「う~ん、ワタシも一人っ子で、母を早くに亡くしていますけど、父はああいう性格ですから、親子と言うよりも歳の離れた兄妹って感覚でいるんです。むしろ、兄って言うより弟かな?! 毎日、顔を合わせて付き合ってても案外飽きませんよ」
「ワタシには理想的な方ですね。家は、両親が忙しくて、晩御飯をこんな風にワイワイ楽しみながら、囲むことなんてなかった……」
「うふふ、ワタシの父ですけど、甲斐性無しなんでお金の事さへ目を瞑れば龍さんオススメですよ」
と、茉奈は、亜紀と作った筑前煮の味を見てもらおうと、レンコンとごぼうを皿にのせて差し出した。
亜紀は、菜箸でレンコンとごぼうを口へ入れると。
「これが、家族の味ね」
と、微笑んだ。
つづく




