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18亜紀さんとの価値観の違い

 阪神尼崎駅のスグ側を流れる庄下川(しょうげかわ)を渡って、国道2号線まで出ると、大きな総合文化センター、アルカイックホールと、並んで、都ホテル尼崎がある。


 龍さんは、ねじり鉢巻きに、祭りの法被を着て、顔を真っ赤にしながら、「わっしょい、わっしょい」駅を抜け、川を渡り、都ホテルへ向かってひた走る。


 アルコールの回った体に、駆け足は、自殺行為だ。酔いが一層、回ってアルコールが全身を駆け巡る。


 龍さんは、都ホテルのロビーに、着いた時には、フロントさんに向かって、


「水、水、水、水ちょうだい! 」


 と、散々のていだ。


「お客様、だいじょうぶですか」


 プンと酒臭いお祭り男の来場に、フロントマンも困り顔。


 水を一気に飲み干した龍さんは、息も絶え絶えに、フロントマンの袖を取って、


「鉄板焼 貴布袮(きふね)は何階ですか?」


「貴布袮でしたら、最上階二二階のフロアになります」


 龍さんは挨拶もそこそこに、エレベーターへ飛び乗った。



 ――鉄板焼 貴布袮


 地上一〇〇メートル、尼崎の最高点から広がる大阪湾と、山間の神戸六甲山脈の稜線を望む眺望に、下弦の月を模して配置された六人掛けの広い鉄板カウンターが人目を引く。


 這う這うの体(ほうほうのてい)で、エレベーターから這い出したお祭り男の龍さんを、


「お客様、その格好では、当店は困ります」


 と、案内の店員が静止した。


「オレの格好?!」


 お人好しの龍さんは、幼馴染みとのノリと付き合いで、酔った勢いで、ねじり鉢巻きに、法被をまとってお祭り男になっただけで、本来の、龍さんの性格は、控えめでおとなしい。


 店員の静止で、ハッと我に返った龍さんは、やってしまったと、気づいた時には遅かった。


 入り口に、騒々しい客がやって来たなと、下弦の鉄板に座った見覚えのある淑女の母娘が振り返った。


「アッ! 茶川さん」


「わっしょいわっしょい」お祭り男の龍さんを、東京の品川阪急以来の広瀬亜紀さんと、その、御母堂様が見定めた。


「あら、あの法被を着た方が、作家の茶川龍太郎さんかしら、あ~たのおっしゃった印象と違ってずいぶん活発な方のようだけれど……」


 御母堂の冷たい視線に見守られながらも、そそそと、龍さんに近づいた亜紀さんは、ポケットから、さっと、ハンケチを取り出して、場違いなお祭り男の額の汗を拭ってやった。


「すいません亜紀さん……」


 龍さんは、頭を掻くよりなかった。




 ホテルのレンタル衣装を借りた龍さんは、法被に鉢巻から、スーツにネクタイに着替えた。


「おやおや、このだらしない男も孫にも衣装ね、装いを変えれば歳を食ってるけれど、中々の好青年だね」


 と、御母堂様は、ホテルの待ち合わせに、無作法にもねじり鉢巻きで現れた龍さんの無作法に、思わず、心の声が漏れだした。


「お母さま、茶川さんに失礼よ」


 と、娘の亜紀に窘められる始末だ。


 下弦の横並びの鉄板を囲んだ龍さんと、広瀬亜紀さん母娘。第一印象最悪の龍さんを気に入らない御母堂様を向こうに回して、取り持つように、


「茶川さんは、食べ物はどんなものがお好きですか?」


 シェフが、アワビの鉄板焼きを、ステンレスターナーで整えて、ワインで炎を立ち上げた時に、亜紀さんが龍さんに尋ねた。


 龍さんは、軽く酔って居るから、頭がまだボンヤリしてハッキリしない。


「う~ん、そうですな。好きな食べ物は、尼崎の寺町にある六個一〇〇円”岡”のたこ焼きが好きですなあ。なにより、あそこのたこ焼きは、昔ながらのカツオ節と、オタフクソースだけで作る庶民的な安っぽい味がたまらんですな」


 亜紀さんは、眉を顰める御母堂様の表情をうかがい見て、


「洋食は? 」


「おおっ、洋食なら任せといてください。同じく、尼崎の”グリル一平”が最高ですぞ。あそこのトンカツの自家製デミグラスソースがこれまた、たまらんのですわ。なにを、隠そうワタシもあそこへ通って、味のレシピを盗もうとしておるのですが、元来、バカ舌で、これっぽっちもわからんのですわ、ワッハッハー」


 龍さんは、お酒が回っているから、T・P・O が、いつにも増して利いていない。酔いで頭が回らないから、只々、亜紀さんの問いかけに、反射的に思いつくまま返事しているのだ。


「トンカツ?! そんなの洋食じゃございませんことよ」


 酔った龍さんの庶民的味わいに、ピシャリと御母堂様がクギを差した。


 そう言われて、龍さんは、一口、水を飲み、鉄板で焼きあがったアワビを差し出された。


(そうか、この母娘は生活レベルがうんと違うのかも知れないな……)


 龍さんは、そう思うと、自分の知りうるうんと高級な洋食を閃いた。


「そうだ、洋食なら、グリルオリエントのオムライスだ。あそこのオムライスには付け合わせに、ハンバーグと、コロッケ、それに、エビフリャ~がついておるんですぞ。あの、名古屋の名物エビフリャ~ですぞ。最高です! 」


 目を輝かせ、やはり、庶民的な和製洋食を絶賛する龍さんに、呆れ顔の御母堂様が、また、ポツリと、


「それも、同じ」


 と、クギを差した時、すかさず、亜紀さんが、


「茶川さんは、ホントに面白い方、ワタシもず~っと、トンカツやオムライス、エビフリャ~の方が好感が持てますわ。是非、味わってみたいです」


 すると、龍さんは、酔っぱらっているから調子に乗って、


「亜紀さん、是非、一緒に行きましょう。こんな、肩の凝る高級店と違って、ずーっと、リラックスできて、美味しい。なにより、安いですからな……」


 こんな、調子で、龍さんは、ホテルに失礼を働きながら、御母堂様には、白い目で見られながら、どう言う訳か、亜紀さんには好意的に見守られ、その日はお開きになった。


 翌日、緑子叔母さんに電話で大目玉を食らったのは、龍さんは、青い顔してやっぱり頭が痛かった。



 つづく



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