11夜は乱れて
蒼い海、空に浮かぶ白い雲、波風と汽笛の音が響く、昼間だったら最高の神戸メリケンパークオリエンタルホテルの玄関ロビーへタクシーが止まった。
「うっ! 早くお手洗いへ」
タクシーを飛び降りた龍太郎が、吐き気をもよおし口を押えてロビーへ駆け込む。
「支払いは電子マネーで」
と、はるかが冷静にスマホを取り出す。
タクシーの運転手が、渋い顔して、
「お客さん、わたしは機械に疎くてね、携帯もまだガラケーを使ってる始末で、電子マネーの使い方が良くわからないんだ」
はるかは、メガネをくいっと上げて、
「それはおかしな話です。わたしは始めから電子マネーが使える交通系アプリでタクシーを呼びました。それが、支払いになったら、現金しか使えないというのは一種の詐欺行為です!」
運転手は困った顔して、
「お客さん、詐欺行為は言いすぎですよ」
「それに、突然、現金といわれはしても、わたしは持っていません」
「お客さん、クレジットカードなら使えますよ」
はるかは、メガネをクイクイッと、
「クレジットカードは借金っと同じですわたしは断固拒否します」
「困ったね~」
はるかの降車を待つ龍太郎が青い顔して、
「わたしが払います。釣りはいりません」
と、財布から1万円を運転手に渡した。
はるかは、冷静に、
「茶川さん、タクシーの料金は1000円です。深夜料金で2割5分増しても1250円です。1万円は払いすぎです。お釣りは確実にもらわないといけませんよ」
龍太郎は今にも吐き出しそうで、「わかったから、早く、早く!」とジェスチャーしている。
はるかは、それを見て、
「茶川さんフザケているんですか、突然、ドジョウすくいを始めて、わたしはこれから2人が結婚という運びになったら、金銭感覚の違いで揉めないように、現実的な計画の話をしているんです。まじめに聞いてください」
(それどころじゃないだろーーーーーーーー!)
と、龍太郎は叫びたかったが、食中毒でそれどころではないので、絞り出すような小さな声で、
「おまかせします」
と、呟いた。
吐くだけ吐いて少しすっきりした龍太郎がトイレから出て来た。
「すみませんご迷惑をおかけして」
と龍太郎が詫びをいれると、
「かまいません」
と、はるかは、それよりも時計を気にしている。
「明日の授業は1限目からありますから遅れるわけにはいかない家へ帰っていたのでは寝る時間が十分にとれない困ったわ」
龍太郎は恐る恐るはるかに尋ねる。
「よかったら、ここに一緒に泊まりませんか?」
「お断りします。出会って早々、男女の仲なんて、不純異性交遊を指導する立場の教員にはあってはならない行為です」
(いや、なにもそんな大袈裟な……)
「それなら部屋を別々に取りますよ」
はるかは、呆れた顔して、
「茶川さん、あなたは湯水の如くお金を使う話をしますが、今回は見合いの席です。先ほども金銭感覚の重要性を説きましたが、あなたはワタシとの将来を本当に考える気があるんですか!」
(困る。困るよこの女性の言動は、なにもそこまでって所まで突き詰めちゃうんだから)
「考えていますよ。わたしもなにも冗談で、今回の見合いをしている訳じゃありませんよ」
「しかし、あなたは先ほど、タクシーでの降車の支払いの際、ふざけてドジョウすくいを踊ったではありませんか」
(ひぇ~~~! まったくの誤解もいいところだよ。あの時は細かい支払いより、緊急事態をどうするかでしょうに)
龍太郎は、額の汗をハンケチで拭いて、冷静に、
「踊っていません。トイレへ駆け込みたく焦っていたのですよ」
「ああ!」はるかは謎が解けたように感嘆の声をあげて、
「ならばその時、はっきりとそうおっしゃって下さればよいものです」
(いやいやいや、そうしたいのはヤマヤマだけどできなかったの!)
「すみません。以後、気をつけます」
はるかは話の切れ間で、また、時計を見た。
「いけない、後、30分で熟睡しなければ、すみません茶川さん初対面ですが、お世話になります」
「え?! さっきまで反対されていたのに一緒に泊まるんですか?」
「はい、わたしは教職のプロですどんな緊急事態にも冷静に対処して臨機応変に判断しなくてはなりません。十分な睡眠はその判断力を決める要です。よろしくお願いします」
天井を向いて、ダブルベットに川の字に横になる龍太郎とはるか。川の真ん中は枕を仕切りにして区切っている。
「茶川さん、土壇場になって、一部屋しか借りるお金がないなんてがっかりです」
「いや、あなたが、クレジットカードは借金だから絶対に使うなというからこうなったんじゃないですか」
「性格の不一致ですね。しかし、わたしはプロの教職として、様々な個性や思想のある生徒たちと日々、指導、育成しております。いずれ妥協点を見つけて解決できるものと思っております」
(この女性とはスグに議論になるバカバカしいから早く寝よう)
と、龍太郎ははるかに背中を見せた。
「茶川さん、寝るのですか?」
「はい」
「茶川さん、絶対に、この真ん中の仕切りからこっちには絶対に入らないでくださいよ約束してください」
「はい、わかりました。約束します」
「茶川さん、ちゃんとこちらを向いて約束してください」
と、龍太郎がめんどくさそうに寝がえりゴロンとうった。
そこには、メガネを外した美しいはるかがほんのり頬を染めてこちらを見て、小指を差し出していた。
(かわいい……)
「なにをしているんです茶川さん、早く小指を出してください」
「はい」
そういうと、はるかは龍太郎に小指を絡めて、
「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボンの~ます。指切った。おやすみなさい」
と、背を向けた。
(なんだ、この女性は、堅物ぶきっちょなのか、可愛らしいのか良くわからない。なんだかドキドキする・・・・・)
ポ――――!
ポ――――!
ポ――――!
汽笛が鳴った。
窓のカーテンの隙間からは爽やかな日差しが射し込んでいる。ベットの二人はというと……。
隅っこで布団を取られた龍太郎が小さく縮こまっている。
ベットの中央を堂々と踏み越えたはるかの足が、まるで、龍太郎を蹴り上げるように体に乗せられている。
(どんだけ、寝相悪いねんおかげでこっちは一睡もできなかったよトホホ・・・・・)
こうして、二人のお見合いは終わったのである。
つづく




