10デート、わたしじゃだめかしら?
波飛沫をあげて、真白なコンチェルト船が、ピカピカと灯りの入った明石大橋を潜ってゆく。
ライトノベル作家の茶川龍太郎と、お見合い相手で、学校の国語教師の綾波はるかが甲板へ立ち、爽やかな波風を浴びている。
「うわぁ、あちらへ見えるのが淡路島、こちらが明石の舞子あたりですね」
と、龍太郎が初めて船にでも乗ったように、喜びの声を上げる。
「ええ、そのようですね」
はるかは、海風で髪があおられて顔にまとわりつくのを嫌ってしきりに、直しては乱れ、直しては乱れ、直しては乱れをあきらめもせず繰り返している。
(神経質な人だな……)
「気になりますか、中へ入りましょうか?」
恐る恐る龍太郎が尋ねた。
「いいえ、髪が気になるだけで楽しんでいます」
「いやいや、ボクに気を使って遠慮などしないでくださいよ」
「遠慮などしていません2900円も払ったんです。きっちり元をとって楽しみます」
「すいませんボクが無理やり船に乗りませんかなんて誘ったりしたから、お詫びに、船賃ボクがお支払いします」
「いいえ、結構です。わたしと茶川さんは、まだ、お見合い相手というだけで、結婚も、交際もしていません。だから、わたしの船賃を支払う道理がありません」
(はっきりケジメをつける女性だななんだか怖いや)
龍太郎は尚、恐る恐る。
「ホントに、イヤならイヤと言ってくださいよ。ボクは鈍感で女心ってやつに疎くて」
はるかは、メガネをクイッと、
「なんども言いますが、わたしはこのコンチェルト船で明石大橋の下を見上げるのも、海風に髪を乱されるのも楽しんでいます。これ以上、ワタシの感情的側面を推察して干渉しないでください」
「でも……」
「はっきり言います。茶川さん、作家さんだからか、わたしの感情を推察するのは悪いクセですよ」
「すいません……」
5分ほど沈黙が流れた。
「茶川さん突然、黙り込みましたが、わたしに興味がなくなりましたか?」
(なにを言ってんだいこの女性は、『感情面を推察しないでください』って、ズバッと言われたら黙るよりないじゃないか)
「あははは、お腹すきましたね」
「あ! いいものがあります」
ポン! と手を叩いて、はるかはリュックをゴソゴソしだした。
「あった!」
取り出したのは、リュックの奥底でぺシャリとつぶれたオニギリだ。
「食べますか?」
そう言うとはるかは、「はい!」と差し出した。
龍太郎は決して潔癖症でも神経質でもないけれど、もう少し、見場や気遣いがあってもいいだろうと思ったが、
「ありがとう。いただきます」
と、お人よしに、黙って、口へ放り込んだ。
プチッ!
「アッ! これは?」
「どうですか、イクラのオニギリは、今日のために朝、早く起きて、学校へ行く前に作ったんです」
「(見た目はアレだけど……)このいくら美味しいですね」
「やっぱり、わかりますか。昨日、獲れたてのイクラをクール宅急便で取り寄せたんです」
「ああ、だからか、ほんのりと冷たいのは」
「いいえ、茶川さんの推察は間違っています。それは、わたしが朝、凍らせて一緒に入れていたペットボトルの下敷きになっていたからです」
(やっぱりか!)
「いや、でも、偶然とはいえ、そのおかげで新鮮なままのイクラのプチっとした触感が味わえました」
はるかは、クイッとメガネをあげて、
「茶川さんお腹だいじょうぶですか?」
「はい、これでお腹はみたされました」
「いいえ、そうではなくて、吐き気など体への不調はありませんか?」
「不調?」
「はい、今、茶川さんが食べたイクラのオニギリは、市販のオニギリだととっくに消費期限がきれています。品質保証を謳うコンビニならば、その状態で販売して、体調を崩せば保障問題です。生憎、茶川さんは、わたしが注意事項を解説する前に食べてしまい間に合いませんでしたが、仕方ない、もし、体調を崩したらわたしが責任を取ろうと判断したのです」
「ええっ!そういうことは早く行ってくださいよ」
「茶川さんが、慌てて、忠告も聞かずに食べるから、責任問題に発展したんです。非は茶川さんにあります」
「うっ!」
「やっぱり、来ましたか。リュックに入れたまま冷蔵庫に入れずに放置していましたからね、そうなると思ったんです」
龍太郎は、口とお腹を押さえて甲板を後に、船室のトイレへ駆け込んだ。
モザイクの見えるハーバーランドのベンチで、顔を真っ青にした龍太郎と、背中をさすってやるはるかが、並んで座っている。
「茶川さん、そろそろ落ち着きましたか?」
「はい、(グフっと、また、吐きそうになる)」
バチンとハーバーランドの灯りが落ちる。
「困りましたね。もう、そろそろ終電の時間ですね。責任があるから、このまま、茶川さんを置いては帰れないし」
龍太郎、シッシと手で言葉に出来ない声をアクションで応えた。
(この女性と関わると碌なことはなさそうだ、調子は悪いが、遅い時間だけど、茉奈に電話して迎えに来てもらって、タクシーで帰ろう)
「うん? 茶川さん、わたしは帰っていいと? はい、それでは、と行きたいところですが、わたしも責任ある公職に勤めている身、ここで、わたしが見捨てて、もし、明日の朝、茶川さんが野垂れ死にして、ニュースにでもなろうものなら、わたしは教職を首になります。そうですね(正面のモザイクを指差して)あそこに、ホテルがあります。今夜は一緒にあちらに泊まりましょう」
つづく




