新学期の事情 その20
健に話を聞く前に、高宮が何事もなかったかのように休み時間に俺達の所にやって来た。
……いや、こいつにとっては別に何事もなかった事なのか?
俺が疑心暗鬼にとらわれすぎなのか?
疑問が胸を駆け巡り、どうしても口数が少なくなってしまう。
健も同じく言葉少なだし歯切れも悪い。
むぅ、どうしたものか。
「……林先輩と田中先輩何かありました?」
ここままじゃらちが明かないし、ならばもう直接聞いてみるかと思ったところで先に高宮から心配そうに声をかけられる。
「いや、お前が明美先輩と出かけるって話を聞いたからな。
それが気になってたんだ」
動揺を表に出す健に内心で謝りつつも、かと言って有耶無耶にしていても仕方ないからなと思う。
その言葉を受けた高宮は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後苦笑いへと変化する。
「あらら、明美先輩喋ってしまったんですね。
いえ、林先輩へのサプライズをって話だったんですよ。
一緒に買い物に行く約束をしています」
しれっと言い切る高宮にとりあえずそうかとだけ返しておく。
健は……神妙そうな顔つきで黙っていた。
いや、お前何か言えよ。
気持ちは分からんでもないけど、黙ってて事態が好転するなんて殆どないぞ?
「えー、何それおかしくない?」
と、俺と高宮のやり取りを聞いて不満そうな声色で告げる間宮。
意外な人物が口を開いた事で皆の視線が間宮に集まる。
そして、そのまま間宮はなおも言葉を紡ぐ。
「だってさ。……だって、なんでその相談を高宮君に明美ちゃんがするの?
親友のお姉ちゃんやたけるんと特に仲の良いお兄ちゃんなら分かるけど、高宮君を選ぶ理由が分かんない。
何より一番分かんないのが、どうしてそして2人で出かける事になっているの?
絶対おかしいよ」
真剣な表情を言い切る間宮に、困ったような表情を浮かべて頬をかく高宮。
「いや、それを僕に言われましても困りますよ」
「なんで?」
うぉ、めっちゃ不機嫌な声。
と言うか、いつの間にか間宮が高宮を睨んでいた。
尋常じゃないその様子に思わず黙り込む俺達。
ほんの少し間が空き、その間もずっと高宮を睨んでいた間宮が言い切る。
「要は明美ちゃんがたけるんを好きだって言う相談って事でしょ。
じゃぁ、なんでそんな相手と同性でも付き合いが長い訳でもないのに、2人で出掛けるなんて無神経な真似が出来るの?」
ふぅっと表情が完全に消え失せる高宮。
本当に無表情で――でもいつものような偽りの仮面かも? なんて気はしなくて素の表情のような……そんな気が――。
「それに、たけるんもなんで怒んないの?」
「えっ、いや……それは……」
突然怒りの矛先を向けられて動揺する健。
いや、待て、問題はそこじゃない。
と言うか、なんで気づけなかった俺。
口ごもる健から視線を外し、予想通り今度は俺と視線が合って間宮がその口を開く。
「お兄ちゃんだってそうだよ。
いつもならそんな風に気になっているならすぐに聞くじゃない。
皆なんかおかしいよ」
「そうだな、確かにお前の言う通りだ。
俺は多分健と明美先輩に気を使い過ぎたんだと思うが。
さーて、どう思う高宮?」
もう1度視線を向けると、再び取り繕われたような気のする、だがいつもの困ったような笑みを浮かべる高宮が1歩俺の方へと近づいて――。
「はいはいー。険悪なのは終わりよー。
皆仲良くしましょうねー」
ぱんぱんと手を叩きながら俺と高宮の間に入った桐生。
っておい。ここは流石にそんな場合じゃねーだろ?
いったいどうしたんだと桐生を見つめてしまう。
「あら、まー坊ったらお熱い視線だこと。
ともかくちょっとこの件は私に預けといて頂戴な」
ふふふっと怪しく微笑む桐生を見て、文句を言おうと口を開いていたのだが、何も音を発する事無く閉じる。
……言いたい事も聞きたい事も山のように出来た訳だが……、タイミング的にも収めるしかない……か。
響き渡る授業開始のチャイムが、この日はことさら憎らしく聞こえるのだった。
消化不良が過ぎてイライラを溜め込んだまま帰宅する羽目になる俺。
結局あの後桐生は高宮を連れてどこかへと移動して、何故かそれっきり戻っては来なかった。
間宮はその事には不思議そうにしながらも、健にとにかく明美先輩と話そうと言いだし何故か宮原もくっ付いて3人で明美先輩の家に押しかける事になったらしい。
俺も間宮に誘われたのだが……愛ちゃんと話したいと本音を告げると、少しだけ考えて頑張ってと何故か言われた。
もしかして何か見えているのか? と思ってドキドキしながら問い返したのだけど、聞き返してすぐにあれ? なんで私頑張ってなんて言ったんだろうって口にしやがった。
だが、寧ろそのせいで更に嫌な予感が増して、なおさら帰路を急ぐ。
今日の間宮は異常に鋭かったように思えるし……、なんだろう、そう言えば桐生の様子もだいぶおかしかったな。
悪い方向にばかり考えは流れ、背中に嫌な汗を流しつつも足を速める。
家まで結局赤信号以外ノンストップで走った俺は、焦りのせいか扉を開けるのに無駄な時間をかけてしまう。
しっかりしろ俺。
扉を開けて果たしてそこには無事な姿な愛ちゃんを確認できて、安堵の息がこぼれ同時に激しい疲労を自覚する。
「雄君。どうしよう、明美がなんかおかしいの」
ところが、俺を見た愛ちゃんが泣きそうになりながら俺の方へと駆け寄って来るのが見え、俺からも走って抱きしめる。
ただ、なんと声を掛けて良いのかもわからない為、愛ちゃんの次の言葉を待つ。
「ねぇ、明美から電話が掛かって来て、なんか高宮君と出掛ける事ばかり話すからおかしいと思って色々聞いたんだけど。
どうしよう、明美怒らせちゃった。
ねぇ、雄君どうしよう?」
ついに涙が零れるのを確認し、抱きしめる腕の力を少しだけ強める。
「……行きましょう、明美先輩の所に」
意識して笑顔を浮かべ、愛ちゃんへとそう言葉を落とす。
俺の言葉を受けてすぐに涙を袖で拭き取った愛ちゃんは、真剣な眼差しで力強く頷く。
「うん! 行こう。明美の所に」
手と手を取り合って駆け出す。
あ、俺土足で上がってしまっていた……けど、この場合は仕方ないだろう。
だけど、流石に愛ちゃんを靴下のまま外を走らせる訳にはいかない。
お姫様抱っこなんて一瞬頭を過るが、流石に現状だと不謹慎すぎる。
靴も履かずに飛び出そうとした愛ちゃんを止めると、今度は慌てすぎて上手く靴が履けない姿に、大丈夫です、先に健達が向ってますからと事実を伝えておく。
結果論だけど、間宮の判断は正しかったって事だな……。
本当に今日のあいつはどうしたんだか、いつもポヤポヤのおとぼけ娘の癖にキレっキレじゃないか。
「いやー、ただの痴話げんかの拗れってだけなら良いんですけどねー」
ほっとした様子の愛ちゃんを見て、間宮だけに全部手柄を奪われた気がしてついそう口走ってしまう。
ってか、気がしても何も全部間宮の手柄だからただの嫉妬だな。
ったく、どれだけ独占欲が凄いんだか。
と、俺の言葉に満面の笑みを浮かべて乗ってくれる愛ちゃん。
「それだとなおさら大変じゃない。
私雄君と拗れちゃうだなんて絶対嫌だよ」
俺の上手くなかった軽口に対して乗ってくれた事もさる事ながら、その返してくれた内容に感動し過ぎて気付いたら唇を奪ってしまっていた。
くそっ、愛ちゃんが可愛すぎる!
ごめんなさい明美先輩。
先輩の事も勿論大切に思ってますし何かあるのなら助けたいと言う気持ちは偽りではないですけど、俺の1番の行動の原因は愛ちゃんの笑顔を曇らせたくないって言う思いです。
でも、だからこそ何が何でもいつもの明美先輩に元に戻って貰いますからね。
内心でそう決意しつつ、口付けしたせいで驚いた表情を浮かべている愛ちゃんに口を開く。
「さぁ、急ぎましょう!」
「う、うん!」
どもりながらも笑顔で頷いてくれる愛ちゃん。
ああ、やっぱり愛おしいなぁ。
さっ、それじゃぁ俺は愛ちゃんの為にさっさと問題を解決しますかね。
不純だとかどうとでも言われようと、もうこれがもっとも強い思いだから仕方ない。
自分の気持ちには嘘は付けないしな。
内心で開き直りながら明美先輩の家へと向かうのだった。




