第七話 旅立ち
その後、俺たちはナナラク大陸を目指して、進んでいた。
「そーいやシンリ、『五大神獣』について言ってなかったな…」
ジンの言葉に、俺は記憶を巡らせる。俺のいた世界で神獣といえば、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武だろうか。だが、確かあの四体は「守護神」だったはずだ。そんな疑問を抱きつつ、ジンの話に耳を傾ける。
果てしなく続く乾いた荒野を、ジンの和服の裾をはためかせながら歩く。肩の上では、透明化したステラが心地よさそうに微かに重みを与えていた。昨日までは生きるために必死だったが、こうしてジンの話を聞くうちに、自分が今どんなに途方もないスケールの世界に立たされているのかが、少しずつ実感として湧いてくる。
「この世界は三大陸に分かれていて、イレルダ大陸、ナララク大陸、ヴァンラズ大陸の各大陸に一体の破壊神と創造神がいるんだ」
「なら、合わせて六体じゃ?」
「いや、イレルダ大陸の神獣は一体で両方の力を使えるんだよ」
どんなチート性能だよ――。と心の中で呆れつつ、俺はジンの話に聞き入った。
「ひとまず、俺たちが今いるこのヴァンラズ大陸の神獣二体を紹介するね。まずは破壊神、”重圧のサーラン・アスラ”。そして創造神、”盲妄のシーカー・ヴァンラズ”」
俺はジンの言葉を頭の中で反芻する。重圧――強い力で押さえつけるとか、そういう意味の言葉だよな。破壊神としてはイメージ通りだ。
「けど、もう一体の『モウモウ』って……目が見えないとか、そういう意味か?」
「そう、文字通り『盲目』の盲。それと、ありもしないことを事実と思い込む『妄想』の妄さ」
ジンの口から返ってきたのは、創造の神にふさわしいとは到底思えない、歪んだ言葉だった。
(シーカー・ヴァンラズ。この大陸の名前も、ヴァンラズ大陸だよな。神獣の名がそのまま大陸の名前になってるのって、何か特別な意味でもあるのか?)
「なぁジン、『ヴァンラズ』って……」
俺の問いに、ジンは一瞬だけ表情を曇らせた。それから、何かを躊躇うようにポツリと言った。ジンのその声と重なるように、傍らにいたステラも、怯えたように小さく身体を震わせる。
「『ヴァンラズ』は古い神話の言葉で、『創造のための生け贄』という意味があるらしい、俺も詳しいことはわからない」
――ところ変わって、別の大陸。
とある冒険者組合の最奥で、ある魔法で遥か遠方にいる俺たちの姿を眺めている者がいた。
「ふむ、順調に進んでいるようだ。僕が手を貸すのはもう少し先になりそうだね。今は彼らよりも……うん、やっぱり彼女を見ている方がずっと有意義だ」
男は愛おしそうに呟くと、俺たちの映る画面を端へと追いやり、別の光の画面に映る彼女の姿をうっとりと眺め始める。その男は、ただ一人の女性の動向にその至高の魔力を費やす、極度の変わり者だった。
「My girlfriend is the best!!あぁ、彼女こそ至高だ…!」
静かな部屋に、男の限界突破した親バカならぬ“彼女バカ”な愛の賛歌だけが、響き渡っていた。
神聖なはずの教会の中心、ステンドグラスから差し込む七色の光を浴びながら、男は片手に掲げた純銀の十字架にそっと誓いのキスを捧げる。その大真面目でどこか狂気じみた祈りの姿は、完全に一人の信徒のそれだったが、捧げている対象は神ではなく、ただ一人の『彼女』だった。
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ジンから聞いた『ヴァンラズ――創造のための生け贄』という言葉。 その不穏な響きが頭から離れないまま、俺たちはひたすら歩き続け、気がつけば最初の国境が目の前に迫っていた。
その時、背後から駆けてきた一台の白銀の装飾が施された豪奢な馬車が、砂煙を上げながら私たちを追い抜いて行った。窓から一瞬だけ見えたのは、自分と同い年くらいに見える、息をのむほど美しい少女の横顔。
「あれはラズマの王女、アテナ様の馬車だ」
隣を歩くジンが、遠ざかる砂煙を見つめながら教えてくれた。ジン曰く、先王の葬送、そして新たな王を支える妃を選ぶ、国を挙げた超ビックイベントがイレルダ大陸で、幕を開けようとしているのだ。四十三の国々から、それぞれ一人のみが集うという、大陸の命運を賭けたものが一年後にあるらしく全員今のうちに集合するらしい。
「……へぇ。やっぱ、どこの世界にも政治的な問題ってあるんだなぁ…」
そんな場違いな感想を心の中で呟きながら、私たちは最初の国境の門をくぐった。そびえ立つ無骨な石造りの大門。重厚な鉄格子の下を通る時、これから自分が本当に未知の領域へと踏み出していくのだと、心臓が小さく跳ね上がった。俺たちが目指すナララク大陸までは、砂漠を越えなければならない。目的地まではあと少しだ。
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その後、少しその街でお金を稼いだりして、すぐに街を出た。
だが、俺たちはすぐに後悔した。
頭上から降り注ぐ太陽の光は容赦なく体力を奪っていく。見渡す限りの砂の世界は黄金色にきらめいているものの、じっと立っているだけで足元から熱気が這い上がってきた。
(……クソ、夜に行くべきだった)
燃えるような空気のせいで、呼吸をするだけで喉がひび割れそうだ。
「おい、水分は細かく取れよ。砂漠を甘く見ると、ナララク大陸にたどり着く前に干からびるぞ」
ジンが、水筒を差し出しながら呆れたように言った。
「わかってるって。……でも、さっきの街がもう恋しいよ」
生ぬるくなった水を喉に流し込みながら、俺は一歩一歩、崩れる砂に足を埋めさせて進む。どれだけ過酷でも、立ち止まるわけにはいかない。突如として植物状態になった、ジンの妹。彼女を救うための魔法書――そして、愛する彼女にもう一度会うために「現実」へ戻る手がかりは、この世界のどこかにある。その情報を掴むためなら、この燃えるような砂の海だって越えてみせる。
「なあジン、ラズマのアテナ様の馬車は、まさかこの砂漠を突き進んでいったのか?」
肩の上で、同じように暑さに耐えている透明なステラが、励ますようにきゅっと俺の首筋に冷たい体を寄せてくれた。
「さあな。王族の馬車なら、砂漠を避ける迂回路か、あるいは魔力で動く特殊なもんでも使ってるんだろう。俺たちみたいに徒歩で突っ込む無茶はしないだろうよ」
ジンは苦笑しながら、遮るもののない地平線を見つめた。
しかしその時、俺の足元の砂が、まるで生き物のように突如として崩落を始めた。
「「――うわぁっ!?」」
ジンの叫び声が重なる。その時ステラが俺の胸元に飛び込んでくる。まるで心配しないでっといってるようだった。
そして砂の中から、突如として砂の下から巨大な砂竜が強襲してくる。地響きと共に現れたその巨体は、俺たちの退路を完全に塞ぐように砂の濁流を巻き上げた。
「シンリ、掴まってろ!」
激しい風圧の中、ジンの鋭い声が響いた。落下の最中、彼は和服の袖を翻して腰の日本刀を抜き放つ。閃く白刃。ジンは重力を置き去りにするような跳躍で空中へ身を躍らせ、迫り来る砂竜の巨体を一瞬の内に幾重にも斬り刻んだ。肉を裂く激しい剣劇の音が奈落に反響する。しかし、砂漠の主の生命力は凄まじかった。致命傷を避けた砂竜は苦悶にのたうち回り、体勢を崩したままその巨大な胴体で俺たちを巻き込み、さらに奥底へと叩き落としたのだ。
「「がはっ……!」」
激しい衝撃と共に、俺たちは土砂の上に転がり落ちた。痛む身体を必死に起こし、恐る恐る周囲を見回す。そこは、ラズマで見たあの陰鬱な迷宮ではなかった。ひたすらに広い、見たこともない巨大な地下空間が広がっていた。
「ここは……」
呆然と呟いた俺の耳に、遠くから激しい金属音と、さっき俺たちを襲ったものと同じワームの不気味な咆哮が響いてきた。




