第六話 決意
その日の夜、俺はジンとフュード(仮)と共に夜空を見上げていた。考えてみれば、この世界に放り出されてからというもの、迷宮に叩き落とされ、命からがら何日も彷徨う羽目になり、まともに「夜」を味わう余裕なんてなかったのだ。異世界の夜ってどんなのだろうと思っていたけれど、肌感覚は現代の夜とほぼ同じだ。しかし、見上げた空はまるで違っていた。視界を埋め尽くすほどの星々が、息をのむほど鮮明に輝いていた。
ふと横を見ると、フュード(仮)が身を乗り出し、目を爛々と輝かせて夜空を見上げていた。まるで、今にも降ってきそうな星々を捕まえようとでもしているみたいに、小さく短い手を伸ばしている。その、星に興味津々な姿があまりにも愛らしくて、俺の口元が自然と緩んだ。
「星が好きなのか、、、なら、お前の名前『ステラ』にしようぜ」
意味が伝わったのか?っと思っていたが、気に入ったのか、大満足といった様子で俺の胸に飛び込んできた。
俺の胸に顔をすり寄せてくるステラの体から、ふわりと温かい光の粒子が立ち上る。その光が俺の左手へと吸い込まれた瞬間、脳内のステータス画面の『名前:フュード』だった部分が、鮮やかな黄金色の文字で『ステラ』へと書き換わった。異世界の星空の下、新しい仲間が、本当の名前を手に入れた瞬間だった。
焚き火の爆ぜる音に混じって、ジンの静かな声が響いた。
「なぁシンリくんこれからどうするんだ?冒険者や旅人ってのは、パーティーを作って、何かしら目的を持って冒険するんだが、シンリくんはあるのかい?」
ジンに言われてハッとする。確かに、俺はこの世界に来てからというもの、ただ目の前の危機から逃れ、彷徨っていただけだったのだ。自分の中に、未来へ向けた明確な「目標」が何一つないという事実に、今さらながら愕然とした。
「ジンはあるのか?」
「俺は、、、妹の原因不明の病気を治す特別な魔法を探して旅してるんだ」
炎に照らされたジンの横顔は、ひどく真剣で、揺るぎない覚悟に満ちていた。
俺はそっと目を閉じ、自分が現代世界に置いてきてしまったものについて、静かに考えを巡らせる。
親の顔、、、
そして、記憶の中で今も眩しく輝く、彼女の姿。向日葵のように真っ直ぐで、明るい笑顔を、いつも俺に向けてくれていた。「真黎!」と俺の名を呼ぶ愛おしい声が、静かな夜の闇に溶けていくような気がした。異世界のどんなに綺麗な星空よりも、俺にとっては、彼女の笑顔の方がずっと眩しかった。
あっちの世界には、俺を待っている大切な人がいるんだ。
胸の奥に灯った決意を、俺はそのまま言葉にした。
「俺、自分の世界に帰るよ」
「、、、自分の世界? シンリくん、それってどういう意味だい?」
ジンが不思議そうに首を傾げる。そりゃそうだ。普通に考えたら頭がおかしくなったと思われるか、ただの比喩表現にしか聞こえない。だけど、妹のために必死なジンを見ていたら、俺も自分の覚悟に嘘は吐きたくなかった。
焚き火の爆ぜる音が、妙に大きく聞こえた。
「ジン、突拍子もない話に聞こえるかもしれないけど、、、俺は、この世界とは違う『異世界』から来た人間なんだ。」
心臓が嫌な高鳴りをあげる。学校の教室なら、こんなことを言った瞬間に「何言ってんだあいつ、やべえ奴だな」と一瞬で引かれ、あの「お、おおう」という困惑のリアクションでそそくさと人が離れていくだろう。他人に嫌われないために生きてきた俺にとって、この告白は自分の全てを賭けた最大の博打だった。
言い終えた瞬間、ジンはポカンと口を開けた。数秒の沈黙の後、彼は大袈裟に天を仰いだ。
「おいおいシンリくん、妹の病気を治す魔法を探してる俺が言うのもアレだけどさ、、、そいつはまた、ずいぶんとスケールのデカいお伽話だな?」
「嘘じゃない、本当なんだ!」
俺はジンの目をまっすぐに見つめ返した。胸に抱いたステラをぎゅっと 握りしめる。嘘をついて笑っていた俺は、もうあの放課後の教室に置いてきたんだ。
「はは、分かってるよ。君がそんなつまんねえ嘘をつく奴じゃないことくらい、この短い旅でもよく分かってるさ。古い伝承や、魔法の起源を調べる研究書に時々出てくるんだ。大昔、この世界ではない場所から現れ、強大な力を振るった『異邦人』の神話がな。、、、神話だと思っていたが、自分の目の前に本物がいると、信じるしかないね」
その瞳には、シンリを馬鹿にする色は一ミリもなかった。
ジンの妹を治す、未知の魔法。俺が元の世界へ帰るための、異邦人の神話。二つの目的は、“未知の魔法書を探す”という一つの答えで完璧に重なり合った。
「目標一致、だな」
「なら、これからはパーティとして一緒に冒険しないか?」
ジンが和服の袖から右手を差し出してくる。現実世界では、誰かと繋がるために自分を偽り続けていた。だけど今、目の前にある手は、俺の本当の姿と、本当のワガママを受け入れた上で差し出されている。
「あぁ、いい案だな。──よろしく。あとジン、もう敬語で猫かぶって話さなくていいぞ」
俺はその手を、力強く握り返した。俺がニヤリと笑って指摘すると、ジンは一瞬きょとんとした後、観念したように頭を掻いた。
「はは、バレてたか。そいつは助かる。こちらこそよろしく、シンリ。これからは素の俺で行かせてもらうよ」
互いに笑い合う俺たちの真ん中で、ステラも祝福するようにひと鳴きした。
ーーーーーーーーーー
翌朝、差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。パーティを組んだ初日だ、気合を入れようと、自分の体に宿る魔力を意識してみた。能力測定魔法はその人の最大魔力量を示すものらしく自分なら意識すればわかるらしいが、異世界転移・転生といえばチート魔力がお約束。期待に胸を膨らませて確認した結果──。
「約、50 」という非情な数値だった。
(、、、いや、低すぎだろ!!!)
昨日の話から、億単位のバグ魔力を想像していた俺のテンションは一瞬で垂直落下した。ステラの魔力だって『75』あったのに、主人の俺が『50』ってどういうことだ。これじゃチートどころか、ちょっと元気な一般人レベルじゃないか。頭を抱えてガックリとうなだれる俺の頭上で、ステラが心配そうに鳴きながらフワフワと揺れていた。
「おいおい、そんな世の終わりみたいな顔すんなって。まだ魔力の使い方や、意識の仕方がわからないんだろう? しょうがないさ、これからまた増えるって」
「……これから、増えるか?」
「おうよ。魔力が低くたって戦う方法はいくらでもある。まずは魔道具と魔法書の国『ナララク大陸のソライヤ共和国』を目指そうぜ」
ジンの言葉に、俺は顔を上げた。
「魔道具と、魔法書の国、、、」
「あぁ。そこなら君を元の世界へ還す魔法のヒントも、俺の妹の病を治す手がかりも、きっと見つかるはずだ。ここ『ヴァンラズ大陸』のラズマは、その旅路のスタートラインに過ぎないのさ」
ジンは腰の日本刀をパチンと軽く叩き、不敵な笑みを浮かべた。魔力50の俺を、彼は最初から足手まといだなんて思っていない。その信頼が、俺の折れかけた心に再び強固な芯を一本通してくれた。
魔力50(?)の俺が元の世界へ帰るため、そしてジンが妹を救うため、俺たちの旅はここから本格的に動き出した。朝日に照らされた見果てぬ大地、少しの恐怖はあるが、胸の奥には消えない灯火が宿っていた。彷徨うだけの旅は、もう終わりだ。俺たちは同じ空を見上げながら、明日への一歩を確信していた。
測定不能、だけど今はまだ『50』しか引き出せない未知の魔力。
「行こう、ジン、ステラ!」
俺の声に、ジンが「あぁ!」と短く応じ、透明化したステラが俺の肩へそっと寄り添う。頼れる相棒たちと共に、俺は新しい世界の乾いた大地を、今度こそ自分の足で力強く踏み締めて歩き出した。




