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第十九話 冥王の力

「これで終わりです。ナララク大陸の崩壊に、あなた方の席はありません」


イシスが唐傘を静かに開き、ジンとフガルマを跡形もなく消し去るための魔力をチャージし始める。ジンの『位相』すら通じず、フガルマも負傷。武器は未完成。まさに絶体絶命――その時だった。


「――ガキ、舐めるなと言ったはずだ。ワシは、世界最強の鍛冶師フガルマ様だぞォォッ!!」


貫かれた肩から血を流しながら、フガルマが咆哮した。彼の全身の皮膚が、まるで太陽の表面のように真っ白に発光し始める。工房内の温度が、それまでの比ではないレベルで急上昇し、周囲の瓦礫が文字通り一瞬で蒸発していった。フガルマの持つ能力(スキル)――すべての物理的な工程を無視し、魔力と魂だけで鉄を瞬時に再構築する神話級スキルが発動する。


『”神溶鉄(ディオスアイゼン)“ッ!!』


「なっ……魔力をすべて、刀の強化に回したやと……!?」


イシスが初めて驚愕の声を上げる。フガルマは男の極大攻撃が放たれるよりも早く、未完成の『刀』を素手で掴み取った。彼の腕が超高温で焼け焦げていく。しかしフガルマは笑いながら、魔鉱石のすべてを一瞬で溶かし込み、ジンの刀へと強制的に定着させた。


ジィィィィィィン……ッッッ!!!


工房全体が、天をも貫くような神聖で禍々しい『白銀の剣気』に満たされる。


「持って行け、ガキィ……いや、ジン! ワシの魂を込めた、刀だァァァッ!!」


フガルマが完成した刀を、地面に倒れていたジンへと力任せに投げ渡した。


「――おおおおおおおおおッ!!」


ジンは叫びながら立ち上がり、宙を舞う刀の柄を両手でガッチリと掴み取る。その瞬間、ジンの全身の細胞が、完成した刀から流れ込んでくる神話級のパワーによって完全に覚醒した。刀身は美しく波打ち、空間そのものを『位相のズレ』ではなく『絶対的な斬る力』によって切り裂く気迫を放っている。


「邪魔をすんなァッ!!」


イシスが焦燥に駆られ、チャージしていた突風をジンめがけて解き放った。だが、覚醒したジンは、その一撃を避けることすらしない。ただ一歩、踏み出す。 迫る暴風の刃に対し、ジンは無造作に白銀の刀を横一文字に振るった。


――キィィィン……! 


鼓膜を劈くような高音が響くと同時に、イシスが放った極大の暴風が、まるで薄い紙のように綺麗に真っ二つに裂かれ、ジンの左右を通り抜けて背後の壁を消し飛ばした。ジン自身には、傷一つついていない。


「なっ……魔力を『斬った』だと……!?」 


イシスの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。間髪入れず、ジンは爆発的な踏み込みで距離を詰めた。床のコンクリートが粉砕され、次の瞬間にはイシスの目の前へと肉薄する。


「邪魔をすんなやァッ!!」 


イシスが傘を追加で召喚し、大量の魔力砲を放つ。しかし、ジンは止まらない。白銀の刀身が猛烈な速度で閃き、襲い来るすべての魔力砲を正面から強引に叩き斬り、霧散させていく。防戦一方となったイシスは、奥歯を噛み締めながら、自身に傘を展開した。


「――その安物の傘と一緒にブチ抜いてやるよ」


ジンは刀を上段に構え、真っ直ぐに振り下ろした。



『位相鏡(いそうきょう)・戮(りく)』



空間の位相ごとあらゆる事象を相殺するはずだった影が、ジンの放った絶対的な一斬によって、唐傘ごと中心から真っ二つに叩き切られた。


「馬鹿な……私の、唐傘が、両断された……やと……!?」


「ガハッ……っ!」


唐傘の絶対防御と全てを相殺する影を破られた衝撃波で、男のフードが激しく引き裂かれ、男の肉体に初めて深い一太刀が刻み込まれる。血を吐きながら後方へと吹き飛ぶ使い魔の男。


「フガルマさん、ここは任せていいか!」


「おう、行ってこいジン! このクソ野郎のトドメは、ワシが刺してやる!」


その瞬間、遠くの路地裏からソライヤの街全体を揺るがすシンリの“爆炎弾(ブレイムフレア)”の大爆発の地響きが伝わってきた。


「シンリ、今行く!!」


ジンは地面を爆ぜさせ、超スピードで工房を飛び出した。フガルマの命懸けの『神溶鉄(ディオスアイゼン)』によって完成した刀を引っ提げ、相棒のピンチへと死に物狂いで駆けつける――。


ーーーーーーーーーー


(――そして、時間は現在の路地裏へと戻る)


「ハァ、ハァ……! 死なせない……絶対に、あなたを死なせたりしないわ、シンリ様……!」


血を吐き、熱を帯びたシンリの身体の重みを感じながら、テンシは必死に走る。だが、背後で『瓦礫の檻』が激しい紫電によって爆ぜる音が響いた。パンドラが最大火力を出し切れなかったとはいえ、その執念は凄まじい。瓦礫を力ずくで吹き飛ばし、今まさに檻から這い出てこようとしていた。魔力を使い果たした今のテンシでは、シンリを背負って逃げ切ることは不可能……。


(ここまで、なの……? 冥王の使い魔相手に、私たちは……っ)


テンシが絶望に瞳を震わせ、パンドラが檻を破って凶悪な姿を現す――その、わずか一瞬前のことだった。


キィィィィィン……ッッッ!!!


ソライヤの夜空を切り裂き、耳を澄ますような、どこか神聖で不気味な高周波の音が響き渡った。同時に、どんよりとした曇り空の隙間から、まるでスポットライトのように一筋の『眩い黄金の光』が路地裏へと垂直に降り注ぐ。


「っ……!? この光は……!」


テンシが思わず足を止め、上空を見上げる。光の中心から、ゆっくりと、しかし確かな質量を持って、天から『一冊の光り輝く本』が静かに落ちてきた。それは、シンリがラズマの迷宮で拾って使用した本に類似していた。


「な、何だそれは……!? 私の邪魔をするなぁぁっ!!」


檻から片腕を突き出し、邪魔な光を吹き飛ばそうと魔力を放つパンドラ。だが、天から降臨した『光り輝く本』は、パンドラの紫電を寄せ付けることすらなく、吸い込まれるようにして、気絶したシンリのすぐ目の前の地面へと突き刺さった。ページがパラパラとひとりでに捲れ、路地裏全体が息を呑むような黄金の輝きに包まれていく。


その時、何もない空間から一つの影が飛び出した。


「キュイ……!」


姿を現したのは、透明化を解除したステラだった。ステラは空中で見事に『光り輝く本』をキャッチすると、そのままパンドラの攻撃を紙一重でかわし、テンシの背中で気絶しているシンリの元へと猛ダッシュで滑り込む。


「キュイィィィ……!!」


ステラは光り輝く本を、気絶しているシンリの右手に力任せに押し当てた。その瞬間、ジィィィィィィン……ッッッ!!!ステラの持つ『運350』の超確率のバフが触媒となり、シンリの持つフガルマに強化された小刀(ナイフ)、そして天から降ってきた『光り輝く本』の3つが、同時に激しく共鳴を始めた。


瓦礫の檻から抜け出したパンドラ。そして、工房からフガルマを振り切って現れた、もう一体の使い魔――イシス。二体の使い魔がソライヤで、動けないテンシと気絶したシンリにトドメを刺そうと一歩を踏み出した、その瞬間だった。ステラが運んだ魔法書が発動する。シンリはまだ目を閉じたままだ。しかし、彼の「測定不能」の魔力と本が完全に同調した、ソライヤ全体の『空間の概念』が、ベキベキと音を立てて書き換えられ始めた。


「な……何よ、この感覚……!? 空間が、捻じ曲がっていく……!?」


テンシが周囲の異常な魔力密度に、息を呑んでへたり込む。壁が、地面が、夜空が、まるでガラスの破片のようにひび割れ、その隙間から『底の知れない虚無の深淵』が顔を覗かせていた。シンリの右手が、無意識のまま、パンドラとイシスに向けて静かに突き出される。


(超空間冥界操作魔法『リネアエディメンショナル』)


直後、パンドラとイシスの足元の空間がぐにゃりと歪み、二人を丸ごと込み込む巨大な『ワームホール』の扉が開けた。


「なっ……空間ごと、どこかへ転移させようとしとんのか……!?」


イシスが真っ二つになった唐傘を構えようとするが、空間そのものの拒絶の前には、通用しない。二人の身体が、底なしの超空間へと強引に引きずり込まれていく。


「おのれ、人間の分際で……がっ、あぁぁぁっ!?」


強大な引力に囚われ、完全に視界が闇に染まる。


(な、馬鹿な……。信じられん、この魔法は……!)


その禍々しく、すべてを支配するような全能の魔法の気配に、パンドラの蛇の瞳がこれ以上ないほど恐怖に引き裂かれる。


(この力、この感覚は……まさか、あのお方の力と同じ……!?)


「貴様は、一体何者だァァァァァッッッ!!!」


パンドラの絶叫は、ソライヤの夜空に届くことはなかった。ズガァァァァァン!! と空間が激しく閉じる音と共に、パンドラとイシスの二体使い魔は、世界のどこかも分からない超空間の彼方へと、跡形もなく吹き飛ばされて消え去った。


世界の書き換えが解け、『ワームホール』の扉がパタンと閉じると、静寂が戻る、原型を留めていない路地裏。テンシとステラが呆然と立ち尽くしていると――。


「――シンリ、!!」


ソライヤの夜空を、底冷えするような極低温の声が切り裂いた。瓦礫を凄まじい力で蹴り崩し、フガルマの手によって完成した最強の刀を引っ提げてこちらへと猛スピードで滑り込んできたのは、ジンだった。ジンの目は、激怒に燃え、今すぐにでも敵を切り刻む気満々だったが……。


「……あ、あれ? 敵は?」


ジンが刀を構えたまま、ポカンと辺りを見回す。そこには血を吐いてスヤスヤと眠る、背中に大火傷を負ったシンリと、腰を抜かしたテンシ、そしてドヤ顔をしているステラしか残されていなかった。


「……ジン様、遅いですわよ。シンリ様が、全部一人でどこかに飛ばしちゃいましたわよ……」


テンシが脱力したようにため息をつく。こうして、ソライヤの街を揺るがした冥王の使い魔との戦いは、ジンが不発に終わるという少しコミカルな空気を含みつつ、幕を閉じるのだった――。

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