第十七話 吸収と放出
路地裏が吹き飛ぶほどの、凄まじい大爆発が巻き起こった。フガルマの強化による威力の底上げ。ステラからもたらされた、この世界の理さえもねじ曲げる『運350』という超確率の奇跡。これらが重なった、シンリの炎魔法は魔力『50』から出るものとは思えないほどの高火力であった。
「な……な、何、今の……っ!?」
あまりの爆風に、テンシは髪を振り乱しながら必死にその場に踏みとどまって貧いた。爆心地を見つめる彼女の瞳は、完全に驚愕で染まっている。
しかし――土煙がゆっくりと晴れていく中、シンリは眉をひそめた。
(……いや、手応えがおかしい。仕留めきれてない……!?)
「――クク、クハハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしい威力だ!!」
爆炎の渦の中心から、不気味な高笑いが響き渡る。路地裏の原型がなくなった場所に立っていたのは、ノーダメージのパンドラだった。
「嘘……っ!? あれだけの直撃を受けて、無傷なの……!?」
テンシが絶望に声を震わせる。それもそのはず、周囲の石壁や地面がドロドロに溶けるほどの熱量を受けながら、パンドラの肉体には焦げ跡一つついていなかった。それどころか、彼の衣服にも傷一つついていなかった。
「私の固有能力は攻撃の吸収と放出『吸放魔法』……。……ナララク大陸を滅ぼす冥王の使い魔だぞ、侮ってもらっては困るな。激しい攻撃であればあるほど、私の肉体はそれを極上の糧として取り込むのだ!」
パンドラが、ニヤリと笑い、体制を変える。路地裏だけじゃないところまで消し飛びかねない絶望的な一撃が、シンリとテンシに向けて放たれようとしていた。
「シンリ様、……っ! どいて!」
テンシが叫ぶ。その瞬間、テンシまた重力能力を使う。
「“重力操作”」
さっきよりもさらに重い重力がパンドラに放たれ掛けたその時……
パンドラが両腕から見覚えのある黒い炎を放とうとする。それは先ほど俺が使用した炎魔法だった。
「“爆炎弾”」
路地裏はもう大きな道へと変化していた。再び、空間全体が悲鳴を上げるほどの炎とテンシが放った超重圧がぶつかる。炎は重力に潰され、暴れている、テンシはもう一方の手で重力を操作しパンドラの両腕が折る。
「ぐ、ぬぅぅ……っ!? 往生際の悪い女め……!」
パンドラが顔を歪め、重力に抗うように腕を震わせる。テンシの全身の毛細血管から血が滲み出るのではないかというほどの、命を削る最大出力の術式。しかし、パンドラの『吸放魔法』に蓄えられたシンリの爆炎エネルギーはあまりにも強大すぎた。
「っ……あ、あああああっ……!!」
テンシの口から悲痛な叫びが漏れる、炎を潰していた重力の結界にバキバキと亀裂が入る。
「ハハハ、終わりだ! 塵に還れぇ!!」
パンドラが狂気に満ちた笑みを浮かべ、完全にエネルギーを解き放とうとした――その刹那。
(――動け、俺の身体……っ!!)
シンリの脳内が、極限の集中状態で加速する。『運3』という絶望的な不運が引き起こしたかもしれないこの最悪の展開。責任を感じていたシンリの身体は、すでにテンシを救うべく弾かれたように動いていた。
「テンシさん……ッ!!」
シンリは躊躇なく地面を蹴ると、重力の結界が壊れるのと同時にテンシの身体を背後へと強く突き飛ばした。
「え――っ!?」
驚愕に目を見開くテンシ、シンリは自らを犠牲にするようにして救った。
「終わりだ……ガキィィィ!!」
ズガァァァァァァァァァァァン!!!!!!!
パンドラの折れた両腕から、シンリの爆炎と紫電が融合した『超火力の熱線』が解き放たれた。それはもはや路地裏というレベルではない。ソライヤの街の区画一つを跡形もなく消し飛ばしかねない、絶望的な攻撃。
「いやあああああああああっ!!」
テンシがシンリの方向を見ながら悲鳴を上げる。凄まじい衝撃波と、背後から迫る圧倒的な熱量。シンリは奥歯を噛み締め、背中に受ける凄まじい熱風に耐えようとした。
もちろん、あの絶望的な一撃をまともに喰らって、耐えられるわけがなかった。
「ゴホッ……! ゲホッ……!」
シンリの口から大量の鮮血が吐き出され、彼はそのまま地面へと崩れ落ちた。背中は、衣服が完全に消し飛び、皮膚がただれた超絶的な大火傷を負っている。
「嘘……そんな、私のために……っ!」
シンリは意識を失い、完全に気絶していた。命を懸けて自分を完璧に守り抜いたシンリの姿に、テンシは涙を流し、激しく胸を締め付けられる。
「ふははは! 素晴らしい執念だが、そこまでのようだな!」
土煙の向こうから、煙を上げる両腕をだらりと下げたパンドラが歩み寄ってくる。だが、そのパンドラもまた、わずかに息を荒くしていた。
(チッ……透明化してる魔獣の妨害と、この女の重力魔法……。連続攻撃を畳み掛けられたせいで、最大火力を出しきれなかった……。おかげであのガキの肉体を消し飛ばし損ねた……!)
パンドラが内心で忌々しげに悪態をつく。最高火力を出せていなかったとはいえ、それでもシンリを戦闘不能に追い込んだ。パンドラが気絶したシンリにトドメを刺そうと、残った魔力を右手に集めた――その瞬間。
「――ナメるんじゃないわよ、冥王の使い魔……ッ!!」
テンシが腕を地面に突き立てる。
「“重力操作”!!」
ドンッ!! と、ソライヤの街に激震が走った。パンドラの一撃によって粉々に崩壊した周囲の建物の残骸――数トンもの巨大な瓦礫や岩塊が、テンシの重力魔法によって一斉に浮き上がる。それらはパンドラの周囲を取り囲むように猛スピードで集まり、彼を閉じ込める巨大な『瓦礫の檻』となって文字通りパンドラを押し潰した。
「 小癪な真似を……っ!」
瓦礫の奥でパンドラの気を完全に引きつけた、その一瞬。テンシはシンリを背負い、全速力でその場から離脱するために路地裏の闇へと駆け出した。
「ハァ、ハァ……! 死なせない……絶対に、あなたを死なせたりしないわ、シンリ様……!」
血を吐き、熱を帯びたシンリの身体の重みを感じながら、テンシは必死に涙を拭って走る。だが、背後の『瓦礫の檻』が激しい紫電によって爆ぜる音が響いた。パンドラが瓦礫を吹き飛ばし、すぐに追ってくる。魔力を使い果たしたテンシと戦闘不能のシンリ……戦って勝てるはずがない。




