第十六話 ソライヤ襲撃
その後、少し歩いた先に年季の入った工房だった。工房に入るなり俺の小刀を取り、すぐに強化をしてくれた。
「ほう……こいつは驚いた。刀か…… 荒削りだが、芯が通ってやがる。お前、こいつを相当大事に扱ってきたな」
ジンの番になり、すぐ終わると思っていたがもしや……
「分かりますか」
「舐めるな、俺を誰だと思っていやがる。……いいぜ、こいつは叩き甲斐がある。俺の最高級の魔鉱石をいくつか溶かし込んで、一時的だが国宝級の代物に化けさせてやるよ」
フガルマは満足げに鼻を鳴らすと、ジンの刀を抱えてジンと一緒に自身の工房へと引っ込んでいった。
(……長引きそうだ)
「さて……ジン、お前の刀が仕上がるまで、俺は先にテンシさんの手伝いに行ってくるよ」
「ああ、頼んだ。」
ジンの言葉に頷き、シンリは一足先にソライヤの街へと繰り出した。
――数時間後。夕闇が街を包み始める頃。シンリは組合長の秘書、ヒナネ・テンシと共に、魔道具が暴走した現場周辺の路地裏を調査していた。ジンやフガルマとは離れ、今はシンリとテンシの二人きりだ。
「……それにしても、本当にあなた、犯人を見えたの?」
ランタンの光に照らされながら、テンシが隣を歩くシンリを盗み見てくる。
「はい。路地裏へ走っていく怪しい者を見ました」
「まさか、暴走するように組み替えられた術式で上書きされたのかな……」
その時だった。ゾクッ、と。シンリの背筋に、凍り付くような強烈な悪寒が走った。不自然なほど静まり返った路地裏。正面の闇の奥から、カツン、カツンと乾いた足音が響いてきた。
「おやおや。ネズミが嗅ぎ回っていると思えば、組合の秘書官と……見たことのない奇妙なガキか」
闇を裂いて現れたのは、不敵な笑みを浮かべた外套の男。その手には、暴走した魔道具から感じたものと全く同じ、禍々しい魔力の残滓が渦巻いていた。
「っ……! あなたが、一連の事件の犯人ね!?」
テンシが即座に腰の魔法書を持ち、鋭い声を上げる。しかし、犯人の男は怯えるどころか、シンリへとねっとりとした視線を向けた。
「ほう……お前、素晴らしい。ただの人間ではないな? 王のコレクションにふさわしい、極上の『禁断』の匂いだ。……大人しくこちらにこれば、命だけは助けてやろう?」
犯人の圧倒的なプレッシャーが、狭い路地裏を満たしていく。ジンはまだいない。最強の鍛冶師の強化を受けたシンリと、秘書のテンシの二人だけで、この強敵を迎え撃つことになった。
「断る……」
シンリは不敵に微笑むと、犯人はバチバチという音を鳴らす腕を構えた。
ーーーーーーーーーー
「ならば、力ずくで連れて行くまで」
男がそう呟いた瞬間、その両腕からバチバチと激しい音が鳴り響いた。闇夜を照らすのは、禍々しい紫色の電撃。それはただの雷魔法ではなく、体内部から出る『呪いの魔力』そのものが電気を帯びた、異常なものだった。
「――死ね、羽虫が!」
犯人が腕を突き出す。バチバチと空間を爆ぜさせながら、極太の紫電がシンリの心臓めがけて一直線に放たれた。直撃すれば肉体ごと消し飛ぶような凶悪な一撃。だが、その電撃がシンリに届くよりも早く、隣にいたテンシが動いた。腕を上げ、振り下ろし鋭い声を上げる。
「“重力操作”」
ドォォォン!!!
路地裏の空気が一瞬で何十倍にも重くなったかのような錯覚。犯人の放った紫の電撃が、シンリの手前で目に見えない超重力の塊に押し潰され、地面に向かってベキベキとねじ曲がっていく。電撃はそのままアスファルトの床へと叩きつけられ、激しい火花を散らしながら完全に霧散した。
「ほう魔法書の魔法じゃなく、能力の魔法か……」
犯人の男が、驚愕に目を見開く。
「なめるんじゃないわ。私はただの秘書じゃない。ソライヤの組合長を支える者よ。……街の平穏を乱す不届き者、ここで捕らえさせてもらう!」
テンシの凛とした声が響く。これにはシンリも内心でおお、すげえな……と舌を巻いた。「測定不能」の魔力を持つシンリだが、この世界の高位魔術師の戦いを間近で見るのは新鮮だった。押し潰された電撃の余波のなかで、犯人の男は腕をさすりながら、しかしすぐにクックックッと不気味な笑い声を漏らし始めた。
「素晴らしい……素晴らしいな。さすがはソライヤの秘書。だが、この私をただのコソ泥だと思ってもらっては困る」
男はゆっくりと頭のフードを外す。現れたのは、青白い肌に蛇のような瞳を持った男だった。
「自分の名はパンドラ。冥王の使い魔であり、ナララク大陸の崩壊を望む者……」
パンドラと名乗った男は、テンシを無視し、完全にシンリへとそのねっとりとした視線を固定した。
「やはりお前、王のコレクションにふさわしい。大人しくこちらにこれば、命だけは助けてやろう?」
犯人――パンドラの圧倒的なプレッシャーが、狭い路地裏を再び満たしていく。ジンはまだいない。しかし、最強の鍛冶師の強化を受けたシンリと、頼れる秘書テンシの二人。パンドラの次なる攻撃を前に、シンリはフガルマの手によって黒く輝きを増した小刀を、静かに構え直した。
「……っ、め、冥王……!?」
その名を聞いた瞬間、テンシの顔からサーッと血の気が引いていった。構えていた手が、小刻みに震え始める。
(嘘……嘘でしょ……!? 伝説に聞く、あのナララク大陸の破壊神が、この大陸を滅ぼそうとしてるの……!?)
最悪の存在。その使い魔が今、目の前にいる。世界がひっくり返るほどの絶望的な事実に、百戦錬磨のテンシでさえ恐怖に身をすくませていた。だが――そんな絶望の重圧を、隣にいる少年があっさりと切り裂いた。
「冥王の使い魔、ね。ずいぶんと大物がこんな裏路地にいたもんだ」
シンリは小さく息を吐き、不敵に口元を釣り上げる。テンシの絶望などどこ吹く風。その目は、破壊神の威圧に怯えるどころか、むしろ相手の出方を冷静に見極めていた。
「悪いが、そっちに行く気はないですよ。俺には、何が何でも帰らなきゃ行かない場所があるんでね。お前みたいな不審者に、捕まってる暇はないんだよ〜」
「交渉決裂、か。……ならば死ね!」
パンドラが地を蹴った。両腕は爆ぜる紫の雷光ではなく炎が鋭い爪のように変形させ、シンリの喉元へ向かって肉薄する。
「っ、シンリ様、危ない……っ!」
テンシが恐怖を振り払い、必死に腕を突き出してパンドラの足元の重力を急上昇させた。
ズゥゥン! と地面がひび割れ、パンドラの身体が一瞬だけ前のめりに沈む。
「チッ、鬱陶しい女め……!」
「今だ、シンリ様!」
テンシの鋭い声と同時に、シンリの身体が弾かれた。狙うのは、重力魔法によって一瞬だけ動きが止まったパンドラの死角。シンリが手にする小刀――それはフガルマの最高級魔鉱石の触媒と、シンリの魔力が同調したことで、刃の周囲の空間そのものが歪むほどの黒い熱量を帯びていた。
(いける……! イメージ通りに魔力が刃に馴染んでやがる!)
「ハァッ!!」
シンリは一閃、パンドラの胸元めがけて小刀を真横に振り抜いた。その時、透明化していたステラの『運350』が、俺の右手に持っていた魔法書へと完全に上乗せされる。
「“爆炎弾”……!!」
ドッカァァァァァン…!!!




