第十五話 前兆
その日、目ぼしい収穫を得られなかった俺たちは、組合総本部近くの少し古びた宿に部屋を取り、長旅の疲れを癒やすべく眠りについた。だが、安眠は長続きしなかった。
翌朝、夜明けを告げる鐘の音よりも早く、地響きのような爆音と、人々の悲鳴が宿の窓を激しく震わせた。
「おい、シンリ! 起きろ、街が騒がしいぞ!」
ジンの鋭い声で、俺は跳ね起きるように意識を覚醒させた。窓の外を見下ろすと、大通りはパニックに陥った群衆でごった返していた。その群衆を文字通り跳ね飛ばしながら、凄まじい勢いで突進してくる巨大な金属の影が見える。
「キュイッ!」
ステラが窓枠に飛び乗り、大通りの先を指差して警戒の鳴き声を上げる。
「……またかよ」
そこに蠢いていたのは、昨日フガルマがハンマーで粉砕したはずの、あの原因不明の暴走を引き起こした『運搬用魔導具』だった。しかも一台ではない。七台もの巨大な鉄塊が、荷台の防魔鉱石を撒き散らしながら、狂ったような速度で大通りを破壊し尽くしている。
「機能停止させたはずの個体まで動いてやがる……。誰かが意図的にプログラムを書き換えて、街を襲わせてんのか!?」
俺の脳裏に、昨日フガルマが漏らしていた『彼女バカの組合長がろくな予算を組まねえから』という言葉、そして裏路地で蠢いていた不気味な黒幕たちの影が鮮明に蘇る。昨日の今日で、これほど都合よく同じ魔導具が、しかも複数台同時に暴走するなど絶対にあり得ない。これは明確な『テロ』か、あるいは俺たちを炙り出すための罠だ。
「シンリ、どうする? 警備隊が来るのを待つか、それとも――」
ジンが腰の刀の柄に手をかけ、窓の外の鉄塊を凝視する。俺たちのサイフには、昨日都合よく見つからなかった『魔力50の制限を覆す魔道具』も、『異常値の魔力に耐える魔法書』もない。手元にあるのは、未だまともに扱えない騎士団長の『折れた大剣』と、鉄製の小刀、自分の意志では50しか制御できない、いつ暴発するか分からない異常な魔力だけだ。だが、目の前で蹂躙されていく街を、ただ見過ごすわけにはいかなかった。
「ジン、行くぞ――」
俺が窓枠に足をかけ、大通りへ飛び降りようとした、その瞬間だった。
「――喧しいぞ、鉄クズどもがッ!!」
朝の爽やかな空気を切り裂くように、鼓膜を震わせる怒号が響き渡った。地響きと共に中央広場の向こうから現れたのは、見覚えのある巨体。フガルマだ。その手には、昨日あの暴走魔導具を一台で粉砕した巨大な鍛冶用ハンマーが、朝光を浴びて鈍く輝いている。
「はぁ。朝の貴重な珈琲の時間を邪魔されるとは。ろくな予算も組まないマスターのせいで、私の仕事が増えるのは不愉快極まりないですね」
フガルマの隣で、冷徹な声を響かせたのは一人の女性だった。組合長の秘書だった。彼女が静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、その細い指先を青空へ掲げたかと思うと、次の瞬間、大通りを埋め尽くすほどの圧倒的な魔力の奔流が吹き荒れた。
「ガ、ガアアアアアッ!?」
先頭を爆走していた運搬魔導具が、見えない重圧に押し潰されるようにその巨体を軋ませ、急停止する。
「オラァッ! まとめて鉄塊に戻りやがれッ!!」
身動きの取れなくなった七台の鉄塊目がけ、朝の中央広場を割るような大質量の一撃。昨日の一台どころではない。フガルマのハンマーが巻き起こした衝撃波は、秘書が魔法で一箇所に集めた七台の暴走魔導具を、ドミノ倒しのように巻き込みながら――一撃で、跡形もなく粉砕せしめた。 すさまじい轟音。そして、火花と防魔鉱石の破片が朝日にキラキラと舞い散る。 わずか数秒。俺たちが息を呑む暇すらなく、ソライヤの朝を恐怖に陥れた七台のテロは、完全に『鎮圧』されていた。 窓枠を掴んだまま、俺とジンは硬直する。
「……おい、シンリ。俺たちの出番、なさそうだな……」
ジンの引きつった声に、俺はただ無言で頷くことしかできなかった。これが、この国の『本物』の規格外。だが、白日の下に晒された破壊の跡を見つめながら、俺の目は、飛び散る鉄クズの影から逃げ去ろうとする『二つの不穏な影』をはっきりと捉えていた。
「ジン、行くぞ。あの二人に会いに行く」
「あ、ああ。そうだな!」
俺たちは急いで宿を飛び出し、まだ火花と硝煙が立ち込める大通りへと向かった。 近くで見ると、七台の魔導具だったものは文字通り原型を留めない鉄クズに変躯している。それを前に、フガルマさんはハンマーを肩に担ぎ、秘書さんは何事もなかったかのように手帳に何かを書き留めていた。
「おいおい、朝飯前にしては派手にやったな、フガルマ」
ジンが声をかけると、フガルマさんはあからさまに嫌そうな顔で振り返った。
「あァ? なんだ、お前らか。見ろ、せっかくの朝の特等席が鉄クズまみれだ。全くなんで俺がこんな――」
「フガルマ、愚痴は後です。それよりも」
秘書さんが鋭い視線をフガルマさんから俺たちへと移した。 眼鏡の奥の瞳が、俺の懐――いや透明化しているステラを見透かすように、じっと細められる。
「あなた方は昨日の……ラズマの王女から国章を託されたというシンリ様ですね? ……なるほど。話には聞いていましたが、『おかしな』ものを連れているようだ」
秘書の言葉に、俺の背筋に冷たいものが走る。彼女の眼には、ステラが見えてるのかもしれない。
「……いい加減、その貧弱な隠蔽魔法で私から隠れ通せると思わないことです、魔獣さん」
「キュ、キュ~……」
空間がかすかに歪み、観念したようにステラが姿を現す。完全に気配を消していたはずのステラが、俺の背中に隠れた。
「それはともかく、昨日はご挨拶もできず失礼いたしました、シンリ様。ジン様、組合長秘書のヒナネ・テンシです。」
彼女は慇懃無礼に頭を下げながら、これ見よがしに溜息を吐く。
「しかし、マスターは出かけた途端、何故このようなことが起きたのでしょうか……」
破壊し尽くされた鉄クズの山を見つめながら、秘書のヒナネ・テンシがぽつりと呟いた。眼鏡の奥の瞳には、鋭い警戒の色が浮かんでいる。その疑問に、真っ先に声を上げたのはジンだった。
「そんなの決まってるだろ!組合長がいなくなった隙を狙って、街をめちゃくちゃにしようとした奴らがいるってことだ。要するに、お留守番を舐められてんだよ」
ジンは刀の柄に手をかけたまま、不敵に鼻で笑う。
「ハッ、あの『彼女バカ』の予算ケチりが招いた結果だろ。まともな防魔術式もアップデートしてねえ型落ちの魔導具なんか、外部から術式をちょっといじれば、いくらでも暴走兵器に早変わりする。防衛線の脆さを、見事に突かれたわけだ」
フガルマは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ギロリと俺たちに視線を向けた。
「おい、テンシ。この運なし共と、裏路地でコソコソやってたネズミども……今回の件、全部繋がってんじゃねえのか?」
フガルマの鋭い指摘に、ヒナネは一瞬だけ表情を険しくした。だが、すぐにいつもの冷静な秘書の顔に戻り、眼鏡のブリッジをそっと押し上げる。
「……フガルマ様の言う通りですね。私も、今回の暴走が、あなた方と無関係だとは思えません」
ヒナネは手帳をパチンと閉じ、まっすぐにシンリを見据えた。
「シンリ様。あなたがこの街に来てから、妙なトラブルが起きている。それはあなたのせいかもしれませんが……結果として、あなたは事件の核心に一番近い場所にいる可能性が高い」
「おいおい、テンシ様。俺たちを疑ってんのか?」
ジンがすかさず一歩前に出て、シンリをかばうように身構える。
「いえ、逆です」
ヒナネは首を横に振った。
「マスターが不在の今、街の防衛と臨時の事後処理で手一杯です。そこで、あなたたちに提案があります。ラズマの王女から国章を託されたその実力、このソライヤの危機の調査のために貸していただけないでしょうか?」
ヒナネの言葉に、シンリは内心で自嘲気味な笑みを浮かべた。
(貸すも何も、すでに巻き込まれてるんだよ。俺の不運のせいでな)
だが、ここで引き下がる理由もない。首謀者の二人の影をこの目で見た以上、遅かれ早かれ向こうから牙を剥いてくるのは確実だ。
「……いいですよ。どうせ放っておいても、俺の『運のなさ』じゃ次のトラブルが向こうから歩いてくる。それなら、こっちから仕掛けた方がマシだ」
シンリが静かに応じると、ヒナネは満足そうに深く頷いた。
「ありがとうございます。では、方針を決めましょう。今回の運搬魔導具の暴走、これは『黒幕』が糸を引いていると見て間違いありません。私はギルドの全情報網を使い、この黒幕の正体と、彼らが潜伏しているアジトの調査を進めます。あなた方はその間、万全の準備を整えておいてください」
ヒナネが調査へ動くことを宣言すると、それまで黙って話を聞いていたフガルマが、巨大なハンマーを肩に担ぎ直して不敵に笑った。
「準備、か。おい運なし、お前が持ってるその鉄の小刀じゃあ、次の戦いで確実に死ぬぞ」
「……けど、今の俺にはこれしかないんでね」
シンリの言葉に、フガルマはフンと鼻を鳴らす。
「なら、俺の工房へ来い。お前らから預かってるラズマの国章を返すついでだ。……そのボロ武器ども、俺の手で一時的にアップデートしてやるよ。今のまともな魔力制限じゃ扱いきれねえお前のために、少しばかり細工をしてやる」
最強鍛冶師の心強い提案に、ジンの目がパッと輝いた。
「マジかよ、フガルマ! ありがとう!」
「勘違いするな、街をこれ以上荒らされたくないだけだ。ほら、行くぞ!」
朝日に照らされたソライヤの街。破壊された鉄クズの山を背に、ヒナネは黒幕の調査へ、そしてシンリたちはフガルマの工房へと、それぞれの目的のために歩き出した。




