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第十四話 魔道具と魔法書の街

「おい、彼女バカ! 予算の件で話があ――あぁん?」


フガルマが組合長(ギルドマスター)の執務室の扉を豪快に蹴り開けたが、そこにいたのは困り顔の若い秘書官だけだった。


「あぁ、フガルマ様! 申し訳ありません、マスターは急な魔導兵器の不具合の調査と魔獣の討伐任務で、数日は戻られない予定でして……」


「チッ、あのバカめ、肝心な時に逃げ回りおって!」


フガルマは忌々しそうに頭を掻くと、フンと鼻を鳴らして俺たちを振り返った。


「おい若造ども、お目当てのバカは不在じゃ。王女の紹介状とやらは、あのバカが戻るまでワシが預かっておいてやる」


「あ、ありがとうございます、フガルマさん」


俺が礼を言うと、フガルマの鋭い眼光が、俺の隣で静かに佇んでいたジンの腰元へと移動した。ジンの愛刀――これまで数々の死線を共にくぐり抜けてきた、その刀身をフガルマは凝視している。


「……おい、そこの剣士」


「……なんだ?」


ジンが怪訝そうに眉をひそめる。


「お前、良い腕をしておるな。だが……その刀は今の段階のお前には全く合っておらん。せっかくの鋭い踏み込みと、空間を歪めるほどの能力のキレを、その鈍いなまくらが完全に殺しておるわ」


「なまくら、だと……?」


ジンの瞳に、一瞬だけ鋭い剣気が宿る。だが、フガルマは世界一の鍛冶師としての圧倒的な格の高さで、ジンの剣気を鼻で笑い飛ばした。


「事実を言ったまでじゃ。お前の器はそんなものではない。……いいか、いつかワシのところへ『最高の素材』を持ってこい。そーすりゃあ、お前のその能力に完全に同調する、世界で唯一無二の『最強の刀』を打ってやる」


「最強の、刀……」


ジンの目が、驚きと、それ以上の期待に微かに見開かれた。ジンの切り札をも耐えうる、真の最強の武器。フガルマの言葉は、ジンにとってこれ以上ない未来への道標となった。


「さて、形見の大剣も、その刀も、すべては素材とバカの予算次第じゃ。お前ら、バカが戻るまで、そこらの街でも回って時間を潰してこい」


フガルマはそう言い残すと、巨大なハンマーを肩に担ぎ、豪快な足取りで自らの鍛冶場へと戻っていった。


「……最強の刀、か。フッ、言うじゃないか、あの頑固親父」


ジンが腰の刀に手を置き、不敵に笑う。どうやらあのフガルマの見立てに、ジンの剣士としての本能も火がついたようだ。


「そうだな。じゃあ、組合長(ギルドマスター)が戻るまで、まずはこのソライヤの街を見て回ることにしようか。何か街の市場で見つかるかもしれないしな」


「キュイッ!」


透明化中のステラも賛成するように元気よく鳴いた。こうして俺たちは、最先端の文明が息づく大都市の喧騒の中へと、期待に胸を膨らませながら歩み出すのだった。


ーーーーーーーーーー


世界一のドワーフの鍛冶師フガルマと別れ、俺たちは組合長(ギルドマスター)が戻るまでの数日間、ソライヤ共和国の街を回ることにした。


――だが、活気あふれる中央大通りの喧騒から、あえて視線を外した先の薄暗い裏路地。日の光が届かないその場所で、いくつかの不気味な『影』が、じっと俺たちの背中を凝視していた。


「……間違いない。あの小僧が背負っているのは、王国の近衛騎士団長が持っていた『聖鉄の大剣』や」


「フガルマの親父が連れているということは、アテナ王女を砂漠で逃がしたという奴 らか。……『蚯蚓の王』を返り討ちにしたその力、泳がせておくには危険すぎる」


「案ずるな。『蚯蚓の王』など虫ケラだったじゃろう、すでに組合長(ギルドマスター)はあのお方の力で足止めしてある。あのガキどもがソライヤの深部へ至る前に……ここで芽を摘み取ってやるわ」


衣服の隙間から、先ほどの運搬用魔導具の暴走を引き起こしたような、禍々しい紫色の魔導回路を覗かせた男たちが、音もなく闇の中へと消えていく。砂漠の暗殺者を倒してもなお、この世界の覇権を巡る不穏な陰謀の影は、確実にシンリたちの足元へと伸びていた。


――そんな不穏な尾行がついていることなど、今の俺たちが知る由もない。


ーーーーーーーーーー


「すっげえな、ジン! 見ろよこれ、魔力で自動でパンを焼く機械だってよ!」


「おいおいシンリ、はしゃぎすぎだ。……だが、確かにこの街のメシの匂いは、荒野のとこの国とは比べ物にならねえな」


裏路地の不気味な気配とは裏腹に、大通りに一歩出れば、そこは俺たちにとって見たこともない感動に満ちた平和なパラダイスだった。立ち並ぶ露店からは、バターとハーブの芳醇な香りが漂い、魔導回路で常に最適な温度に保たれた冷たい果実水が、旅の乾いた喉を潤してくれる。


「キュイッ! キュイィ!」


ステラが俺の頭の上で、見たこともない色鮮やかな魔力の実を見つけて大興奮している。最初の街の泥臭い討伐でサイフは大分潤っているため、俺は奮発してステラにその実を買い与えた。嬉しそうに実を突っつくステラの姿に、砂漠での張り詰めた戦いの記憶が、少しずつ癒やされていくのを感じる。


「さて、ジン。観光もいいけど、本題の『魔道具』と『魔法書』を探そう。組合長(ギルドマスター)が戻る前に、少しでも俺の魔力50の戦力を底上げしておきたい」


「ああ、そうだな。あの親父に『なまくら』呼ばわりされたままでいるのも癪だしな。刀の素材の情報も集めたいところだ」


俺たちは最先端の魔導具が並ぶ、中央の露店街へと足を向けた。そこには、魔力50でも扱えるような初級の魔法書はもちろん、着用するだけで微かに身体能力を向上させる指輪や、魔力を効率よく術式へと変換する不思議なブレスレットなどが所狭しと並んでいる。


「これなら、十分に知略で戦える戦闘スタイルが作れるかもしれないな……」


俺は並ぶ魔道具を一つひとつ手に取りながら、現代の知識とどう組み合わせるか、楽しそうに思考を巡らせる。ジンの容態もすっかり良くなり、ステラも満足げ。これからの大冒険を前にした、束の間の、しかし確かに温かい、俺たちの平和な街巡りの時間が流れていった。


「……はぁ。やっぱり、そう簡単にはいかないか」


俺はいくつかの魔導露店を回り終え、重い溜息とともに天を仰いだ。ソライヤ共和国、その最大規模の市場であれば、俺の魔力50という極端な制限を補うような魔道具や、あの今際の際に発現する異常値の暴走に耐えられるような代物が、一つくらいは見つかるのではないかと淡い期待を抱いていた。


だが、現実は甘くなかった。並んでいるのはどれも、一般の冒険者が使うような、ありきたりな規格の魔道具ばかり。俺の歪な魔力回路に都合よく適合するような尖った性能のジャンク品など、どこを探しても見当たらない。そして――俺が魔道具の探索と並行して必死に探していた、もう一つの『目的』。


「……そっちも駄目だったか、シンリ」


横を歩くジンが、俺の落胆した様子を見て静かに声をかけてくる。


「ああ。『植物状態の病気の人間を治す魔法書、あるいは魔道具』。……店主たちに片っ端から聞いて回ったけど、そんなもの聞いたこともないって一蹴されたよ。この国最先端の魔導医療をもってしても、魂や意識が眠ったままの人間を呼び覚ますなんて芸芸は、神話の領域の話なんだってさ」


俺は奥歯を噛み締めた。魔力50でも戦える手段。そして、植物状態のジンの妹を救うための奇跡の術式。そのどちらも、この大通りの市場には影も形も存在しなかった。やはり、これほどの常識外れの希望を叶えるには、の組合長(ギルドマスター)が戻るのを待ち、世界一のドワーフであるフガルマを動かし、真の技術へ見つけるしかないのだ。


「キュイ……」


俺の落ち込みを察したのか、ステラが頭の上から顔を覗かせ、心配そうに頬を寄せてきた。


「ありがとな、ステラ。……でも、落ち込んでる暇はないよな。都合よく見つからないなら、力ずくでその領域まで手を伸ばすだけだ」


「フッ、それでこそ俺のパーティーメンバーだ。組合長(ギルドマスター)が戻るまで、もう少しこの街の情報を精査してみようぜ」


ジンが俺の背中をポンと叩く。世界一の文明の街をもってしても届かない、高すぎる理想。だが、だからこそ俺たちがこのナララク大陸を旅する意味がある。俺は背中の騎士団長の『折れた大剣』をもう一度強く固定し直し、見つからぬ希望を今度こそ掴み取るため、不屈の闘志を瞳に宿して、ソライヤの街をさらに奥へと歩み進めるのだった。

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