第十三話 凄腕の鍛冶職人
泥臭い稼ぎを終え、次に俺たちが足を踏み入れたのは、第二の国『テーム』だった。サダールとは打って変わって、街並みは美しく整備され、通りには世界中から集まった魔法書や魔道具が並ぶ、活気にあふれた国だ。
「すげえ……。見たこともないものばかりだ」
俺は露店に並ぶ不思議な輝きを放つ指輪や、怪しげな術式が刻まれた巻物を興味深く眺めた。潤ったサイフを使い、俺たちはここで本格的な買い出しを行った。過酷な旅に耐えうる新しい防具、魔力を一時的に活性化させる上質なポーション、そして旅用の携帯食糧。
だが、どれだけ店を回っても、俺の「50」稀に「異常値」という魔力量に耐えられる魔道具は、見つからなかった。やはり、求める答えはソライヤ共和国にしかないのだと、改めて思い知らされる。買い出しの途中、俺は自分の背中に背負った、アテナ王女から託された騎士団長の『折れた大剣』に触れた。この『テーム』の街にある一級の鍛冶屋に一度見せたのだが、偏屈な頑固親父の店主は、その剣を見るなり目を見開いてこう言った。
「こいつは……ただの鉄屑じゃねえ。持ち主の凄まじい魂の残滓と、王国の最高級の『聖鉄』が使われてやがる。だが、今の俺の技術じゃあ、こいつを打ち直すことはできねえな。禁断の魔法書でもなきゃあ、この魂の宿った大剣は蘇らねえよ」
店主の言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。団長の遺志は、まだ死んでいない。この折れた大剣をいつか蘇らせるためにも、俺はソライヤ共和国へ行かなければならない。
『テーム』での買い出しを終え、長旅の疲れを新しい装備でカバーしながら、俺たちはついに、最後の国境へと近づいていた。二つの国を越える旅は、数ヶ月に及ぶ過酷なものだった。何度も魔獣に襲われ、時には治安の悪い街で悪党に絡まれ、その度にジンが剣を振るい、ステラが幸運を呼び寄せ、俺が魔力50の頭脳戦で切り抜けてきた。確実に、俺たちの絆は砂漠の時よりも深く、強くなっている。そして、目の前に現れた最後の巨大な関門。そこに掲げられているのは、ナララク大陸で最も栄華を誇るという、『ソライヤ共和国』の国旗だった。
「やっと着いたな、シンリ」
ジンが隣で不敵に笑う。俺の頭の上で、ステラも嬉しそうに羽をパタパタと動かした。懐にある、王家の紋章が入ったアテナからの紹介状。魔法書と、俺の力を制御するための魔道具。そして、国一の組合長。
「ああ。ここからが、俺たちの本当の新章だ」
俺は騎士団長の『折れた大剣』の柄を強く握りしめると、ついにソライヤ共和国の大地へと、力強く最初の一歩を踏み出した。
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ソライヤ共和国の関門を抜け、俺たちが最初に目にしたのは、これまでのどの国とも異なる異様な光景だった。石造りの強固な街道の脇には、見たこともない複雑な魔導回路が刻まれた金属製の支柱が等間隔に並び、遠くに見える中央都市のシルエットからは、魔力の余剰エネルギーとおぼしき淡い光が空へと立ち上っている。
「さすがはナララク大陸一の魔導大国だな。街の格が違いすぎる」
俺が感心したように呟くと、隣を歩くジンが腰の刀の柄に手を置いたまま、周囲を鋭い目で見回した。
「ああ。だが、漂っている空気のピリつき方も、これまでの国とは比べ物にならねえな」
大街道を行き交う旅人や商人の一団は、誰もが重武装している。俺たちはアテナ王女の紹介状に書かれた、この国の中央ある冒険者組合総本部を目指し、補装された大街道を歩み進めていた。
首都へと続く平原の真ん中、周囲に遮るもののない見通しの良い一本道に差し掛かった時だった。
――キィィィィィィン!!!
突如、鼓膜を刺すような高周波の機械音が、前方の街道から響いてきた。巻き上がる凄まじい土煙の向こうから姿を現したのは、生物の形をしていない、悍ましい「機械のバケモノ」だった。六本の頑強な金属製の脚。全身に施された漆黒の装甲版。そして、荷台には大量の鉱石を積んでいる。ソライヤ共和国が誇る、自律型の巨大な『運搬用魔導具』だ。だが、何らかの理由で魔導制御が完全に暴走しており、前方の旅人や馬車を蹴散らしながら、凄まじい質量と速度でこちらへ猛スピードで突進してくる。
「おいおい、なんだあいつは!? 直進してくるぞ!」
「チッ、砂漠のワーム以上の質量だ。シンリ、下がってろ!」
ジンが即座に抜刀の構えをし、俺の前に立ちはだかる。だが、通常の剣撃であの超重量の金属の塊を受け止めるのは自殺行為だ。
(魔力50……! 今の俺が使える魔法で、あの突進の軌道を逸らすか、一瞬でも足止めする方法を考えろ!)
俺は脳細胞をフル回転させ、右手の小刀を掲げ、魔法を放とうとした、まさにその瞬間だった。
「――そこをどけ、若造どもッ!!」
俺たちの背後から、鼓膜が震えるほどの野太い咆哮が響いた。次の瞬間、俺とジンの間をすり抜けて、前方に躍り出た一人の人影があった。それは、人間の半分ほどしか身の丈がない、しかし横幅は人間の倍以上はあるかという屈強なドワーフの男だった。上半身は分厚い革の前掛け一枚のみ。顔には無精髭を蓄え、その手には、およそ戦闘用とは思えない、鉄床を叩くための巨大な鍛冶用ハンマーが握られていた。
暴走する運搬用魔導具が、目の前の男を圧殺せんと、その巨体を跳ね上げて突進してくる。避ける仕草すら見せないその男は、ただ一歩、深く足を踏み込み、愛用のハンマーを大きく振りかぶった。
「ボロ機械が……ワシの目の前で暴走してんじゃねえぞォッ!!」
男が叫ぶ。その瞬間、ハンマーの頭から、息を呑むほどに純粋で濃密な魔力の奔流が立ち上った。魔法書の術式に頼らない、純粋な技と魔力の融合。
――ズガァァァァァァンッ!!!!!
近くの家の窓が激しく揺れ動くほどの、凄まじい衝撃音が炸裂した。大男が放ったハンマーの一振りが、正面から突き進んできた運搬用魔導具の、最も頑強な前面装甲へと真っ直ぐに叩きつけられたのだ
一瞬、世界の動きが止まったかのように見えた。次の瞬間、バキバキバキッ! という凄まじい破砕音と共に、巨大な魔導具の金属製の脚がすべてへし折れ、その巨体が男の目の前で完全に停止した。ただのハンマー一振りで、数トンはある魔導具の質量と突進エネルギーを、完全に相殺して粉砕してみせたのだ。
「わお……」
俺の口から、驚愕の声が漏れた。隣にいるジンも、刀を構えたまま目を見開いて完全に硬直している。頭の上のステラにいたっては、恐怖と興奮で「キュ、キュイ……!」と小さく震えていた。
「ふん。制御回路の調整が甘ぇんだよ。あの彼女バカがろくな予算を組まねえから、こういう欠陥品が出回る」
ドワーフの男は、煙を上げて沈黙した魔導具の残骸を一瞥すると、肩に巨大なハンマーをひょいと担ぎ直した。その額からは汗一つ流れていない。
「あんた……一体何者なんだ?」
俺が尋ねると、ドワーフの男はぎろりとこちらを睨みつけてきた。その瞳には、並大抵の冒険者では気圧されるほどの圧倒的な風格が宿っていた。
「何者、だぁ? 見て分からねえか、ただの鍛冶師だ。……と言いたいところだが、このソライヤ共和国で俺の顔を知らねえ奴はいねえよ」
男は不敵に笑うと、親指で自分の頑強な胸を叩いた。
「ワシの名前はフガルマ・ゼン・ワーナス。このナナラク大陸……いや、世界一の腕を誇るドワーフの鍛冶師だ」
「フガルマ……聞いたことがある。彼の打った武器は、竜に踏まれても炎に焼かれても無傷という話を……」
「ヒャッハッハ、否定はしないぜ。というか、若造。お前が背負ってるその剣……どこで手に入れた」
フガルマの声のトーンが、一瞬で変わる。職人としての、極限まで研ぎ澄まされた真剣な瞳が、俺たちを射すくめた。
「こいつは……ただの鉄屑じゃねえ。持ち主の凄まじい魂の残滓と、王国の最高級『聖鉄』が使われてやがる。折れてなお、これほどの格を失わねえ剣は、世界に数振りもねえぞ」
(このオッサンこの大剣を見ただけで……)
「これは、俺たちを命懸けで守ってくれた、ある騎士団長さんの形見です。俺は、この剣を蘇らせ、俺たちの目標達成のため、ここソライヤに禁断の魔法書を求めて目指してきました」
俺の言葉をじっと聞いていたフガルマは、しばらく沈黙した後、ふっと鼻で笑った。
「あーてぃ?なんだ、そりゃ。その折れた剣を打ち直せるのは、世界でワシ一人だけだ。そのあーてぃなんちゃらがなくてもワシが直せる!……だが、ワシは気に入らねえ奴の武器は絶対に叩かねえ」
フガルマはそう言うと、俺たちの懐から覗いていたアテナ王女の『王家の紋章』の紹介状をチラリと見た。
「ふん、あの彼女バカ宛ての紹介状を持ってるってことは、これから総本部へ行くんだろ? ちょうどいい、ワシもこれからあのバカに文句を言いに行くところだ。ついてきな、若造ども。お前らがその剣にふさわしい器かどうか、ワシがじっくり見極めてやるよ」
こうして、俺たちは組合長に会う前に、世界一の腕を誇るドワーフの鍛冶師フガルマという、これ以上ない最高の、かつ破天荒な男と出会うことになった。俺は背中の大剣の柄を強く握りしめると、フガルマの背中を追って、ついに中央のギルド総本部へと向けて、また歩みだすのだった。




