第十二話 魔力の使い方
ヴァンラズ大陸を越え、ナララク大陸へと足を踏み入れた瞬間、ステラの魔力が完全に底を突き、俺たちの『透明化』がふっと解けた。
「――抜けた、ぞ……っ!」
安全圏へ脱出したことを確信した瞬間、限界を大きく超えていた俺の足から一気に力が抜けた。俺は背中のジンをそっと地面へ下ろすと、そのまま岩場の上へと膝から崩れ落ちた。
「シンリくん! ジンくん! ……あ、あれは……っ!」
へたり込む俺の横で、前方を指差したアテナ王女が声を上げた。視線の先――補装された道の向こうから、砂煙を上げてこちらへ猛スピードで接近してくる一団があった。
「王女殿下ッ!! ご無事ですかッ!!」
現れたのは、きらびやかな甲冑に身を包んだ、アテナ王女の本国からの大規模な「迎えの騎士団」だった。彼らはアテナ王女の無事な姿を確認すると、一斉に馬から下り、跪いた。どうやら、国境付近で王女の帰還を待ち受けていた有力な協力者たちの一行らしい。
「ああ……皆、よく来てくれました……!」
安誕の表情を浮かべるアテナ王女。これで、彼女の安全は完全に保障された。俺たちの役目は、ここで終わりだ。騎士団の医療班が駆け寄り、気絶したジンと、俺の負傷した左腕に手際よく回復魔法と処置を施していく。心地よい魔力の暖かさに包まれながら、俺は一息つき、立ち上がった。
アテナ王女が、騎士たちの静止を振り切って俺の前に歩み寄ってくる。
「シンリくん。私はこのまま、先王の葬送と新たな王を支える妃に誰が選ばれるのかを確かめに行きます。……そして、今回の暗殺を企てた黒幕を必ず突き止めます。国を正し、団長の魂を正式に弔うために」
「ええ。アテナさんなら、きっと立派な女王になれますよ」
俺がそう言って微笑むと、彼女の瞳に再び薄く涙が浮かんだ。しかし、それは先ほどまでの絶望の涙ではなく、未来を見据えた強い決意の涙だった。
「私は、あなたに命を救われました。この恩は、一生忘れません。……あなた方がソライヤ共和国についた際、その国一の組合長を紹介するよう手配しましょう」
アテナ王女はそう言うと、俺の手を両手で強く握りしめた。
「新大陸で、あなたがその力を制御する手段を見つけられるよう、心から祈っています。……いつかまた、必ずお会いしましょう」
「ええ、またいつか」
こうして、俺たちは砂漠の出口で、一時的な別れを告げた。立派な馬車に揺られ、多くの騎士たちに護衛されながら去っていくアテナ王女の背中を、俺と、俺の頭の上で満足げに眠るステラは静かに見送った。手元に残されたのは、彼女から託された、騎士団長の『折れた大剣』。ジンの容態も医療班のおかげで安定し、静かな寝息を立てている。
「よし……俺たちも行くか、ソライヤ共和国へ」
悲しみと死闘を越えた、俺たちは、魔法書と魔道具を求めて、いよいよソライヤ共和国へ向けて、また歩きだしたのであった。
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あの過酷極まりない灰色の大砂漠。あれこそが、人々の往来を阻むヴァンラズ大陸とナララク大陸の『境界線』だったのだ。命を懸けてあの死地を突破した俺たちは、今、間違いなく目指すべき新大陸――ナララク大陸の大地を踏み締めている。
「……よし、行くか、ステラ」
「キュイ」
俺は眠るジンを台車(迎えの騎士団が親切にも譲ってくれたものだ)に乗せて引きながら、ゴツゴツとした岩肌の補装された道を歩いた。
「ナララク大陸のソライヤ共和国に行くには……おいおい、ここからさらに二つの国を越えなきゃならないのかよ」
地図を指差しながら俺が溜息をつくと、頭の上のステラが「キュイ」と慰めるように鳴いた。俺たちのサイフの中身は砂漠の死闘と事前の準備でほぼ底を突いていた。左腕の負傷はアテナの騎士団の医療班によって塞がったものの、失った体力と、何より「お金」がない。
「まずは、最初の街で足止めだな……」
俺は台車に乗せたままのジンを引きながら、補装された岩肌の道を、重い足取りでまた進み始めた。
一日目――最初の街『サーダル』は、切り立った岩山と赤茶けた荒野が続く治安が悪い国だった。ここは中央政府の力が弱く、砂漠から近いこともあってか荒れていた。
俺たちは、お世辞にも綺麗とは言えない安宿に滑り込み、ジンが気絶してから二日が経った。いつも通り俺はステラと一緒に、今日の資金稼ぎの計画をギルドの依頼書を見ながら練っていた、その時だった。
「……おい。ここ、は……どこだ」
掠れた、聞き慣れた低音が部屋に響いた。ハッと振り返ると、ベッドの上のジンがゆっくりと上体を起こし、鋭い瞳で周囲を鋭く油断なく見回していた。
「ジン! 気がついたか!」
「シンリ……。それにステラか。……チッ、全身の骨がきしむようだな。あのワームどもはどうした」
「全滅させたよ。お前が気絶した後、なんとか砂漠を抜けたんだ。ここは『サーダル』、ソライヤ共和国へ続く道の途中にある街だ」
ジンは自分の右手を握ったり開いたりしながら、フッと自嘲気味に笑った。
「限界を超えて能力を放った反動か。随分と長く眠っていたらしいな」
「本当に無茶しやがって。……でも、ありがとな。お前のおかげで、俺も王女もステラも生きてる」
俺がそう言うと、ジンは鋭い目を俺に向けた。
「いや、俺が気絶する直前、空間が完全に凍りつく感覚があった。あれはお前の魔法だろう。魔力制御の上限が『50』のお前が、あの規模の術式をどうやって放った?また、ラズマの迷宮の時みたいなことが起こったのか?」
「……うん、なんでまた力が発現したのかはわからないが……」
「もしかして……自分が死の状態に近づけば近づくほど力が発現しやすくなる…とか?」
ジンの言葉に、心臓がドクンと嫌な音を立てた。確かによく考えれば、俺の膨大な魔力の力が発現したのは、いつだって今際の際だった。ラズマの迷宮の時も、そして今回のワームに包囲された絶体絶命の時も。死の淵に立たされて初めて、体内のバケモノが目を覚ますかのように力が引きずり出されるのだ。
「でも魔力50じゃやっぱり魔道具が必須だな…」
「あぁ。そのことなんだがアテナ王女が、ソライヤの国一の組合長の紹介状をくれたんだ。そこに行けば必ず、俺の魔力50でも扱える魔道具の手がかりがある」
ジンはベッドから力強く立ち上がり、近くに置いてあった愛用の刀の感触を確かめた。
「最高の後ろ盾だな。よし、身体が鈍ってしょうがねえ。ソライヤまでの資金稼ぎ、俺も付き合うぜ」
気絶から目覚めた最高の相棒。俺たちの、ソライヤ共和国への本当の強行軍がここから始まった。
二日目――『サーダル』での日々は、ひたすら泥臭いモンスター討伐の連続だった。何をするにもお金が必要だ。ソライヤ共和国までの通行税、日々の食糧、消耗品の買い出し。俺たちは街の冒険者組合に通い詰め、手当たり次第に依頼をこなした。
「ジン、右から『デールウルフ』が三匹来るぞ!」
「問題ねえ。一瞬で終わらせる!」
ジンの剣技は、日が経つごとに砂漠でのキレを取り戻していった。切り札の『位相』は本当に危ない時まで温存させているが、通常の剣撃だけでも荒野に蠢く魔獣どもを圧倒していく。一方の俺は、魔力の上限50という厳しい制限の中でいかに立ち回るかを徹底的に考えた。初級の炎魔法を効率よく放ち、ジンの足元をすり抜ける小型の魔獣を確実に仕留めていく。そして何より、ステラの『運350』がここでも遺憾なく発揮されていた。
「キュイッ!」
ステラが鳴いて指し示した荒野の窪みを探れば、他の冒険者が見落としたようなレアな魔獣の素材や、少し古びた、だがまだ使える魔導具の部品が次々と見つかるのだ。討伐報酬だけでなく、これらの素材の売却益によって、俺たちのサイフは驚くべきスピードで潤っていった。




