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12話 任務同行①


 こうして灰音は数日ぶりに、鳳凰寺家の車に揺られていた。

 隣に座る斎が説明をする。


「今から行くのは古い社で、そこに最近、社の神とは別の妖怪が住み着いているという話だ。森の中だし、無闇に炎を使いたくない。それに、神に当たっては元も子もない。だから周囲を焼き払うのではなく、ピンポイントに当てたい」

「なるほど、それでわたしがお役に立てそうなんですね」

「そうだ」


 彼の刀からは、確かに炎がでていた。あれは妖怪以外にも影響するとしたら、確かに狭い場所ではやりづらいだろう。

 灰音は思ってから、「そういえば」と話し出した。


「上級位の祓い屋は、妖怪祓いの依頼はあまり受けないと聞いていました。そういったことは、下級位にまわってくるものだと……」

「ああ。まぁ、父は受けないし、他の御三家もあまり受けない」

「では、どうして……?」


 斎はチラと灰音を見ると、また前を向いた。


「……別に。神が絡むものは受けたがらない家も多い。俺は……行けるときは、受ける。それだけだ」

「……。お手伝いします」


(みんながやりたがらない仕事をやってる、っていうことかしら……?)


 まだ、彼のことはよくわからない。だけど、こうしてわざわざ遠くまで出向いているのだ。鳳凰寺家の責務以外のことまで対応しているのかもしれない。

 車に一時間ほど揺られていくと、周囲の景色は郊外へと変わっていった。三月になり緑が増えて、あちらこちらで春の兆しが見える。


 やがて車は山の麓で停まった。

 斎が先に降りて言う。


「車ではここまでしか進めない。この後は歩きになる。だが民家からほど近い社だと聞いている。山登りというほどではないだろう」

「はい」


幸い、今日は草履ではなくブーツを履いてきている。問題ないだろう。

 灰音は後ろを振り返った。狭い道の向こうは斜面になっており、その向こうには建物が並んでいる。民家だけではなく、大きな商業施設も見えた。田舎と言うほどでもない。

 今いる道の脇には、山へ入るための道がある。そこから見上げると、上へと続く石段が連なっていた。なるほど、この辺の人がお参りに行く道なのだろう。

 斎に続いて、灰音は山に入った。


「その、斎さまは、ここへ来られたことはあるのですか?」

「いいや。だが、これを上れば着くだろう」

「そうですね。……あれ?」


 二十段ほど上がったところで、石段は終わっていた。その後は土を踏み固めた道が続いている。しかし、道は二本あった。真っ直ぐ進む道と、それから右上に進む道だ。


(分かれ道……?)


 灰音は一瞬足を止めたが、斎は何事もないようにそのまま真っ直ぐ進んで行く。


(斎さまについていけば、大丈夫に決まってるわ)


 灰音は頷いて、彼の後についていった。



 ――それから、三十分が経った。


「どこだ、ここ?」

「…………」

「まぁ、そのうち着くか。もっと上かもしれない」

「えぇと、斎さま……。もしかして、迷ってしまわれたんじゃ……」

「…………」


 ふたりはまだ、山の中にいた。あれから三十分、上っても上っても目的地の社には着かなかった。かといって山頂に近づいている感じもない。そんなに遠くないとの情報が正しければ、道を間違えたのかもしれない。


(あんなに堂々と進んでいくものだから、てっきり道がわかっているものかと……)


周りの景気は、三十分前からあまり変わらない。というか、もしかしたら同じ所をぐるぐる歩いているかもしれない。

 斎はこめかみを押さえながら、息をはいた。


「……すまない」

「いえ……! そういうこともありますよ」


 灰音は笑みを作って、気にしていないと表した。


「わたしは大丈夫です。それに、もう一方の道を試せばいいだけではないですか」

「……?」


 斎は目を丸くした。


「一本道だったろう」

「え……」


今度は、灰音は目をぱちくりさせる番だった。


(……一本道? じゃなかった、はずだけど……)


「途中、あの、石段の後分かれ道でしたよね……? あそこまで戻ってみるのはいかがでしょうか……?」

「分かれ道……? そんなものあったか……?」

「はい。見間違いでなければ……」


 ふたりは顔を見合わせ、来た道を下っていった。



 

 石段の切れ目まで戻るのには、十分もかからなかった。

 そして、やはり来た時と同様に分かれ道になっていた。


「見てください、斎さま。ほら、あちらへ続く道があります」

「……どこだ?」

「え?」


 彼の顔を見上げると、しかめ面で灰音が指さす方の――少し違う方向を睨んでいた。


(……見えていないのかしら?)


 確かに草に覆われている箇所もあって、さっきまでの道よりは見えにくいかもしれないが、それでも道と呼べる程度には地面が見えている。


「……あの、こっちです」

「どっちだ?」


 斎が背をかがめて灰音の目の高さに合わせ――その整った顔を寄せた。灰音の顔のすぐ隣に、斎の顔がくる。触れ合ってしまいそうな距離で、彼の香りが鼻腔をくすぐった。


(……っ!)


 灰音は思わず呼吸を止め、目を逸らす。顔が熱い気がする。


(道を探されてるだけだから……!)


 彼の目線はまっすぐ前方に向いており、灰音の方を見ていない。だから、気にするのはおかしい……と思う。


「ん? もしかしてあれか?」

「み、見えましたか……?」

「ああ。なぜ今まで見えなかったのだろう。あんなにはっきりとあるのに」


 斎が離れ、元の姿勢に戻ったことで、灰音はようやく「ふぅ」と息をついた。

 彼は右上の道を見ながら言った。


「……もしかしたら、妖怪が住み着いたことと関係あるのかもしれない」

「道がですか?」

「幻覚のようなものを見せられたのかもしれないな。だから俺にはすぐに見えなかった」


 そう言って斎は灰音を見た。


「お前がいたから、見えたのかもしれない」

「わたしが……」

「行くぞ」


 斎は再び歩き出した。

 実のところ今まで、他人に妖怪を見せることが出来る異能だなんて言われても、半信半疑だった。


(でも、もしかしたら本当に……)


 灰音は長めに息をはくと、斎の後を追った。





 上り直して五分程度歩いただけで、目的地は見えた。

 崩れかけた鳥居があり、その奥には問題の社があった。古い木造の社で、大人が四人ほど入れそうな大きさだ。扉にはかんぬきがかかっており、中の様子はわからない。お供え物用の皿は外に出ていたが、なにも乗っていなかった。


(掃除は、あまりされてないみたい……?)


 近所の人がお参りしていると聞いていた割には、野ざらしで数年といった風に見えた。


 ふたりの他に、人は誰もいなかった。そして、いるといわれている神の姿も、妖怪の姿も見えない。

 斎はあたりを見回して言った。


「今はいないようだな。……悪寒がしない」


 彼は今まで、悪寒の有無で判断していたようだ。そういう感覚が鋭いから、あまり見えなくてもやってこれたのだろう。


「そうみたいですね。見えません」

「だが、いつまでも待ってはいられない。こちらから仕掛けるか」


 彼は懐から折りたたまれた白い紙を取り出した。それを地面に広げると、大きさは三メートル四方にもなる。紙の端をそこいらの石で押さえると、今度は筆とインク壺をとりだした。それからペンを手に持つと、紙に陣を書き始めた。

 灰音は斎のそばに寄ると、邪魔しないよう少し後ろからそれを眺めた。文様の意味はわからなかったが、祓う際に役立つものだろう。

 斎が陣を描き終わると、不思議と木蓮のような臭いがした。


「これは墨ではないのですか?」

「陣によって香りが変わる。今は妖怪をおびき寄せる香りの陣を書いた」

「そういったことも出来るんですね……」


 父や紅葉のように壺を並べて罠を仕掛ける方法とは違うようだ。

 納得するとともに、もうすぐ妖怪が現れるのだと思うと、足がすくむ思いだった。


「あの……わたしはどうしていれば……」

「なにもしなくていい。ただ、そうだな……。社から離れているほうが安全かもしれない。鳥居の外にいろ」

「わかりました」


 灰音は頷いて、その通りにしようとした。

 その時、風がビュオオと強く吹いて、灰音は思わず目を瞑った。通常の風ではない。木の枝や小石が宙を舞い、カラカラと転がる音を立てた。

 風を防ごうと顔の前に腕をやると、着物の袖がバタバタと音を立ててはためいた。


「オォオオォオオ……」


 風の音? いや、これは……声。

 あたりの気温は急激に下がり、冷たい着物を纏っているかのようだ。


(これって……)


「早くもお出ましだ」


 斎が、腰に差していた刀を抜いた。

 灰音が薄目を開けると、木立の上にひょろ長い妖怪の姿があった。背丈は三メートルほどあり、ガリガリの体に老婆のような顔がついている。目は閉じており、見えていないのか、しきりに鼻を動かしている。

 どんよりとした空気と、生臭い臭いが辺りに充満していく。

 妖怪は地面に降りると、紙に書かれた陣へと向かった。


「……すごいな。はっきりと見える」


 斎は刀を構えて、口角を上げた。そして、高らかに唱えた。


「謹んで奉る。天つ焔よ、我が刃に宿りて穢れを焼き祓い給え!」


 言い終わるが早く、彼の刀に炎の渦が巻き付く。そして――


「――『(えん)()ぎ』!」


 刀を振ると、勢いよく炎の渦が飛び出した。炎は真っ直ぐ妖怪に向かい、その腕に絡みつく。


「ギャオッ」


 妖怪は腕をぶんと振ったが、炎は消えない。妖怪は社の屋根に飛びつくと、燃えた腕を社に押しつけた。

 ジュウゥ……という音がして、炎は弱くなる。消火しようとしているのだ。それとともに、パキパキという乾いた音がし始めた。


(……! あれは……!)


 灰音は目を疑った。妖怪の炎が弱くなるにつれて、社が古びていくのだ。


(思ったより寂れて見えたのは、このせい……?)


「ふん。小賢しい。神の神力にあやかろうとは」


 斎が言って、再び刀を構えた。

 彼はぱっと駆け出すと、真っ直ぐ妖怪に向かい、社の前で静止した。


「――『(ほむら)(ぬい)い』」


 刀を前方に突き刺す。刀身に巻き付いた炎は、刃の先端から真っ直ぐ伸びて、妖怪を突き刺した。


「グオオォオオオッッ」


 妖怪は叫び声をあげ、屋根から地面に落ちる。炎は糸のように妖怪に巻き付くと、全身に燃え広がった。

 浄化の炎が消え去るのは早く、妖怪の姿はすぐに塵となった。

 斎が刀を小さく一振りすると、刀身に纏っていた炎は消える。

 刀を鞘に収めると、斎は息をはいた。


「すごい……」


 灰音はつぶやいて、彼の背中を見た。先日も思ったが、こんなに早く祓える人は他にいないだろう。


 灰音は斎に近づいた。


「お疲れさまでした」

「ああ」


 斎は灰音を見て、妖怪の燃え殻を見た。


「見えていれば、こんなにも容易いんだな」

「その、わたしがなにかをしたという実感も、ないのですが……。お役に立ててよかったです」


 彼の言うとおり、自分にも異能があったのだ。

 灰音が小さく笑って言うと、斎は眉を寄せた。


「……変な奴だな」

「……え?」


 灰音は彼を見上げたが、彼の目線はもう自分にはない。


(わたし、おかしなことを言ったかしら……?)


 思っている間にも、斎は歩き出した。


「帰るぞ」

「は、はい」


 森の中で置いて行かれては敵わない。灰音はその後を追った。

 山を下りて石段まで戻ったとき、斎は立ち止まって周囲を見回した。


「最初に上った道がないな」

「あれ? 本当ですね……」


 見ると、分かれ道だったはずが、真っ直ぐの道は消えてなくなっていた。道は今来た――社への一本道しかない。

 斎は社の方を見ながら言った。


「やはり幻術か」

「あの、お社がボロボロだったのって……」

「あいつのせいだろうな。短期間で普通はああならない」

「ですよね……」


 害をなす妖怪が棲み着くと、そういうこともある。


「神の気配もなかったしな」

「……参道が戻って、また近所の人がお参りできるようになれば、あの社に神さまも戻られるでしょうか?」

「かもな」


 斎は言って、また歩き始めた。


(斎さまが祓うことで、この地域の人たちはまた神さまと交流できるかもしれない……)


 灰音は今まで、依頼の場に出たことはない。知っているのは、父や紅葉が捕らえた妖怪が浄化までの数日間蔵で唸り声を上げるということだけで、どこか畏怖を覚えていた。だから、祓い屋とはこのような仕事だったのかと――人の役に立つ仕事なのだと、今日改めて認識したのだった。

 



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