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13話 任務同行②

 

 ふたりは、山を下りてふもとの道に出た。

 森から出て広い場所に出ることが出来て、灰音は深呼吸をした。やはり、町が見える方が安心だ。


「……思ったより時間を食ったな」


 斎が言って、灰音は返事をせず、曖昧に笑った。祓うのはとても早かったのだ。彼が道に迷わなければ、もっと早かっただろう。


「車は町の方の馬車預かり所に停めさせてある。そこまで歩くぞ」

「わかりました」


 斎が歩き出して、灰音は再び彼の後をついていく。

 馬車預かり所では、馬車以外にも車を停めることも出来る。最近は駐車場という車専用のところもできてきたが、まだふたつともが停められる馬車預かり所が主流だった。町中で車を降りて買い物などをする場合は、これを利用することになっている。

 今日はとても暖かな日だった。空は青く、草木の新芽の匂いと、花の香りが混ざり合う。町へ向かう途中の斜面には菜の花が咲き、黄色い花が風に揺れていた。

 ぼそっと、斎が小さな声で言った。


「嫌じゃないのか?」

「……えっ?」


灰音が見上げると、彼がこちらを見ていた。目が合うと、斎の方がふいと逸らす。


「毎回こんな感じになる。女性は嫌だろう」

「いえ。大丈夫です」


 灰音は首を振った。妖怪が出る前は足が震えたが、斎がすぐに祓ってくれたので、怖さを感じる間もなく、あっという間だった。


「わたしは本当に、大丈夫です。むしろ、斎さまのお手伝いが出来て嬉しいです」

「……そうか」


 斎はそう返事をした後、黙って歩いた。

 やがて野原を越え、舗装された道に入る。

 灰音が斎の少し後ろを歩いていると、彼は振り返って言った。


「足が痛むのか?」

「いえ……」

「では、なんでそんなに遅いんだ?」

「えぇっと……ですね……」


 理由は複数ある。

一つ目は、そもそもここの馬車預かり所の場所を灰音は知らないということ。

二つ目は、斎の隣を歩くのは少し緊張するということ。

三つ目は、そもそも斎が歩く速度が速いということだった。

これをどう言ったものだろうか。


「足は、本当に大丈夫です。その……わたしは歩くのが遅いんです。決して疲れているからとかではなく、わたしが元々、このくらいの速度でして……」

「そうか。……疲れてないならいい」

 そう言って斎は、また歩き出した。


(……うん。これでいいわ)


 いつもの癖で、自分のせいにしてしまった。

 実際、足に疲労感はあるが、もう少しで車なのだ。もう数メートル歩けば建物が増え、段々と人通りも増えてくるだろう。


(それにもし足が痛いなんて言ったら、また抱き上げられてしまうかも……)


 先日の、人が避難した後の道ではなく、ここは人通りの多い道になのだ。それは少し恥ずかしい。

 ――と、下を見ながら考えていたら、肩をどんと弾かれた。通行人にぶつかってしまったのだ。


「ご、ごめんなさ――」


 振り向きざまに謝った時、足を踏ん張ることが出来ず、灰音はバランスを崩してよろけてしまった。

 転ぶと思った瞬間――その背が、後ろからそっと支えられた。


「大丈夫? お嬢さん」


 若い男性の声だった。


「あ、ありがとうございます……」


 灰音が振り返ると、そこには金髪の青年が立っていた。歳は二十代前半ほどに見える。袴には大きく家紋が入っており、彼の後ろには同じような袴姿の付き人を四人連れていた。

 青年は斎の姿を認めると、親しげに声を掛けた。


「あれー? 斎くん? 久しぶりだね、一ヶ月ぶりくらい?」

「……お前か」

「ねぇねぇ、こんなところで何やってるの?」

「それはこっちのセリフだ。この辺にはお前が欲しいような妖怪はいないと思うが」

「違うよぉ。式神を捕まえに来たんじゃないって。ただのお買い物」


 金髪の青年は、柔らかな髪を揺らしながら続けた。


「斎くんこそ珍しいね、御三家以外の女の子といるの。そういう気分にようやくなったのかな? さて、初めましてお嬢さん。僕は()(りん)(どう)(えい)()。見たことあるかな? 麒麟のマークだよ~」


 そう言って青年――瑛士は袴の胸元にある家紋を広げて見せた。円の中に、一本角の麒麟の姿が簡略化されて描かれている。


「麒麟堂さま……って……」


 灰音は唾を飲み込んで、斎の顔を見上げた。

 斎は頷くと、


「そうだ。こいつは御三家のうちのひとつ、麒麟堂家の……まぁおそらく次期当主だ」

「おそらくじゃないよ!? 僕が長男なんだから!」


 瑛士はそうツッコんだ後、笑った。軽口を叩ける仲らしい。

 麒麟堂家――灰音でも知っている。祓い屋上級位は御三家の三つしかない。麒麟堂家は鳳凰寺家と並ぶ名家だ。


「で? このかわい子ちゃんは誰なの?」

「……俺の妻だ」

「えぇっ!?」


(……っ!)


 瑛士が大きい声を上げたのと、灰音の顔が赤面したのは同時だった。


(い、言ってしまって大丈夫なのかしら……!?)


 こんなにストレートに紹介されるとは思わず、灰音は小さくなった。


「斎くん……。君も冗談を言うんだね」

「本当のことだ。近いうちに結婚式を挙げる」

「わぁお。嘘じゃないみたいだね」


 瑛士は興味深そうに灰音をまじまじと見て、「はー……」と息を吐いた。


(斎さまのお友達には、わたしもご挨拶しないと)


 灰音は姿勢を正して、お辞儀をした。


「わたしは甘露桜灰音と申します。どうぞよろしくお願いします」

「えっ!? 甘露桜家なの!? ははっ!」


 瑛士は愉快そうに笑った。


「じゃあ、僕の系統だ!」

「え?」

「は?」


 灰音が首をかしげて、斎が怪訝な顔をした。

 明るい表情の瑛士が説明する。


「甘露桜家は祓い壺だろう? あれは麒麟堂家の系譜だよ。昔、麒麟堂家の分家から嫁いで以降、甘露桜家の子孫の能力は置き換わったのさ。つまり、僕と灰音ちゃんは(な・か)(・ま)♪」


 そう言って瑛士は、腰につけている小さな壺を見せた。確かに、父や紅葉が使用しているものに似ている。

 それに、実家でそんな話を聞いたことがある気もする。灰音は頷いた。


「そうですね、父からそう聞いたことがあります」

「これもなにかの運命だね! 僕とも仲良くしよう! こんなかわいい子とお友達になれて嬉しいな~♪」

「はい。よろしくお願いします」


 瑛士が手を差し出して、灰音は笑って握手に応じた。

 彼の声音はずっと明るくて、笑顔は優しそうで、手を握る力も優しい。

 そう思っていると、後ろからぐいっと肩を抱き寄せられた。人に当たる感触がして、斎の胸元に当たったのだと気がつく。


「もういいだろう」

「斎さま……?」

「えー。親友のお嫁さんに挨拶してるだけなのにー」

「灰音、行くぞ」

「えっ。あのっ」


 斎に手を引かれ、灰音は歩き出す。

 前方には、もう馬車預かり所が見えていた。


「どうされたのですか? わたし、なにか失礼なことをしてしまったでしょうか? 御三家の方に手を差し出されても、お返ししてはいけなかったとか……?」

「別に。そんなルールはない」


 ほっと、灰音は小さく息を吐いた。


「では、一体……」

「言った通りだ。もう挨拶はいいだろう。帰るぞ」

「あ……!」


 灰音はピンときた。


(斎さまは妖怪祓いのあとでお疲れだから……!)


 外れだった。


 ――だが、納得した灰音は、早く車に乗ろうと考えた。


「またねー!」


 後ろから瑛士の声が聞こえる。斎はそれには返事をせずに、スタスタと歩いて行く。

 灰音は歩きながら瑛士に小さく会釈をして、斎の隣に並んだ。






 ふたりが馬車預かり所に入って行ったのを見て、瑛士は顎を撫でた。


「甘露桜家だって。びっくりだよね」

「よくご存じでしたね。下級位の家じゃないですか?」


 瑛士の付き人が答えた。


「僕らは普段中級位までとしか交流ないけどね。まぁ、さっきも言ったけど。一応甘露桜家は、うちの系譜に連なる家柄だからね」

「力量の差は大きいですが」

「それはそうさ。そうでなくっちゃ。僕ら御三家が国のためにどれだけ結界を張っているやら」


 瑛士はわざとらしく、肩をすくめた。


「――彼女の手前、言わなかったけどさ。斎くん、〝婚約者〟のことはどうしたんだろう?」

「……それは当然、破棄になったのでは?」

「そうかなぁ? ()()が承諾するとは思えないけど……」


鳳凰寺家の車はもういない。

 瑛士は、空を見上げた。白っぽい空を、一羽の鳥が旋回している。


「怖いなぁ」


少し笑って、瑛士は口を閉じた。

 上空にいた鳥は山の向こうに飛んでいき、すぐに見えなくなった。




 


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