第五章 最終話 再生
翌朝。
---
町の空気は、
確かに変わっていた。
---
だが、
まだぎこちない。
---
視線が交わる。
---
逸らさない。
---
それだけで、
昨日とは違う。
---
ジョーは、
水車の前に立っていた。
---
「ここだ」
---
短く。
---
指を差す。
---
水車の回転。
---
規則的な動き。
---
その中心にある、
ピストン。
---
「ここに筒を付ける」
---
ベルンハルトが、
腕を組む。
---
「回転は分かる」
---
一拍。
---
「だが、水にどう仕事をさせる?」
---
ジョーは、
迷わない。
---
「押し出す」
---
短く。
---
「このピストンで水を押し上げる」
---
視線が、
集まる。
---
筒が、
取り付けられる。
---
動く。
---
水が、
押し出される。
---
「……上がった」
---
誰かが、
呟く。
---
ジョーが、
続ける。
---
「溢れさせる」
---
一拍。
---
「一定量を保つ」
---
水が、
溜まる。
---
そして、
溢れる。
---
別の筒へ。
---
さらに、
上へ。
---
「これを繋ぐ」
---
短く。
---
「防火水槽まで」
---
自警団が、
動く。
---
徹夜だった。
---
ウィンブロンをはじめ、
全員が。
---
地図を広げ、
歩き回り、
測り続けた。
---
「……位置は、決めてある」
---
低く。
---
だが、
迷いはない。
---
ジョーが、
頷く。
---
「伸ばすぞ」
---
町人が、
動く。
---
スラムの者たちも、
動く。
---
言葉は少ない。
---
だが、
手は止まらない。
---
筒が、
繋がる。
---
分岐する。
---
また繋がる。
---
水の道が、
広がっていく。
---
「塗れ」
---
ジョーが、
言う。
---
スライム液。
---
筒の内側へ。
---
町人が、
塗る。
---
スラムの者も、
塗る。
---
手が重なる。
---
水は、
漏れない。
---
吸われない。
---
流れていく。
---
ベルンハルトが、
低く言う。
---
「……通ってるな」
---
ジョーが、
頷く。
---
その先。
---
地面が開く。
---
ノームたち。
---
すでに、
待っている。
---
「任せろ」
---
短く。
---
土が動く。
---
空間が、
形になる。
---
防火水槽。
---
職人が、
組み上げる。
---
石が重なり、
形を成す。
---
上部。
---
「ここに逃がす」
---
ジョーが、
指す。
---
ノームが、
頷く。
---
水の逃げ道。
---
下へ。
---
井戸へと戻る。
---
ノームが、
にやりと笑う。
---
「もったいないだろ?」
---
一拍。
---
「ついでに、うちらの畑にも繋げてくれないか」
---
周囲に、
小さな笑いが漏れる。
---
張り詰めていた空気が、
少しだけ緩む。
---
商人たちが、
走る。
---
「足りねぇ」
---
「買ってくる!」
---
町の外へ。
---
動きが、
止まらない。
---
一方で。
---
職人区。
---
ドワーフたちが、
集まる。
---
ジョーの言葉を、
思い出していた。
---
「噴霧」
---
一人が、
呟く。
---
「水を散らす……か」
---
別の者が、
腕を組む。
---
「空気で押し出すなら……」
---
一拍。
---
「圧縮だな」
---
工具が、
並ぶ。
---
分解。
---
組み直し。
---
試行錯誤。
---
「漏れる」
---
「なら、塞ぐ」
---
スライムの塊が、
置かれる。
---
「これを使えば……」
---
誰も、
手を止めない。
---
完成は、
まだ遠い。
---
だが。
---
確実に、
進んでいる。
---
その頃。
---
水車の前。
---
ベルンハルトが、
回転を見上げていた。
---
「水以外でも回せねぇか……」
---
一拍。
---
「動力として使えるはずだ」
---
誰も、
否定しない。
---
町が、
動いている。
---
昨日までとは、
違う形で。
---
確かに、
回り始めていた。
---
町の中。
---
人が、
行き交う。
---
昨日と同じ場所。
---
だが、
違う。
---
スラムの者が、
荷を運ぶ。
---
町人が、
それを受け取る。
---
一瞬。
---
間がある。
---
だが、
逸らさない。
---
「……そこに置いてくれ」
---
短く。
---
ぎこちない。
---
それでも、
言葉が出る。
---
「……ああ」
---
スラムの男が、
頷く。
---
手を離す。
---
受け取る。
---
その手が、
触れる。
---
ほんの一瞬。
---
だが、
引かない。
---
そのまま、
離れる。
---
何も言わない。
---
だが、
拒絶もない。
---
別の場所。
---
煙が、
上がる。
---
炊き出し。
---
女たちが、
並んでいる。
---
鍋が、
煮える。
---
湯気が、
立ち上る。
---
スラムの女が、
手際よく具材を刻む。
---
「ちょっと強いね、それ」
---
町人の女が、
気軽に言う。
---
スラムの女が、
火を見て、
少し慌てる。
---
「え、これくらいじゃないの?」
---
「強すぎると焦げるよ、ほら」
---
手を伸ばし、
火を落とす。
---
「こう、じわっとでいいの」
---
スラムの女が、
小さく頷く。
---
別の鍋。
---
スラムの女が、
肉を焼く。
---
香ばしい匂い。
---
だが、
焼きが甘い。
---
町人の女が、
横から覗き込む。
---
「それ、まだ早いって」
---
一拍。
---
「半端だと固くなるよ」
---
軽く笑う。
---
手を伸ばす。
---
火を、
少し強める。
---
「ほら、もうちょい待つ」
---
肉が、
音を立てる。
---
匂いが、
変わる。
---
「……いい匂いしてきたね」
---
スラムの女が、
思わず漏らす。
---
「でしょ」
---
軽く返す。
---
別の鍋から、
差し出される。
---
簡素な煮込み。
---
だが、
香りがいい。
---
「これ、何入ってんの?」
---
町人が、
覗き込む。
---
「その辺の余りもん」
---
スラムの女が、
あっさりと。
---
だが、
少し得意げに。
---
口にする。
---
一口。
---
驚く。
---
「……あれ、うまい」
---
思わず出る。
---
スラムの女が、
くすっと笑う。
---
「でしょ」
---
自然に、
笑いが漏れる。
---
気づけば。
---
同じ鍋を囲んでいる。
---
身分も、
関係ない。
---
手を動かす。
---
声をかける。
---
笑う。
---
誰も、
止めない。
---
子どもたちが、
走る。
---
区別はない。
---
笑っている。
---
その後ろで。
---
大人たちが、
それを見る。
---
少しだけ、
戸惑いながら。
---
それでも。
---
止めない。
---
遠くで。
---
ウィンブロンが、
腕を組んでいた。
---
その視線の先。
---
人が、
混ざっている。
---
「……変わったな」
---
低く。
---
誰に言うでもなく。
---
吐き出す。
---
返事はない。
---
だが。
---
誰も、
否定しない。
---
そのまま。
---
町は、
動き続ける。
---
昨日よりも、
少しだけ近くで。
---
その頃。
---
アーデルハイトは、
立っていた。
---
一人ではない。
---
スラムの者たちと、
同じ場所に。
---
少しだけ、
距離を取って。
---
だが、
離れない。
---
視線が、
交わる。
---
逸らさない。
---
一歩、
踏み出す。
---
「……それ」
---
小さく。
---
声をかける。
---
スラムの女が、
振り返る。
---
「この布……」
---
一拍。
---
「もう少し、こちらに回せるか」
---
ぎこちない。
---
だが、
逃げない。
---
スラムの女が、
少しだけ目を細める。
---
「いいよ」
---
短く。
---
布を渡す。
---
アーデルハイトが、
受け取る。
---
その手が、
触れる。
---
引かない。
---
そのまま、
受け取る。
---
「……ありがとう」
---
自然に、
言葉が出る。
---
スラムの女が、
少しだけ驚く。
---
だが、
何も言わない。
---
ただ、
頷く。
---
アーデルハイトは、
そのまま、
手を動かす。
---
布を運ぶ。
---
指示を出す。
---
迷いはない。
---
だが、
完全でもない。
---
その間に、
立っている。
---
「……そうか」
---
小さく、
呟く。
---
誰にも、
聞こえない。
---
だが、
確かに。
---
「最初から……」
---
一拍。
---
「同じだったのか」
---
視線を上げる。
---
人が、
動いている。
---
区別なく。
---
混ざりながら。
---
昨日までの自分。
---
疑いもしなかった線引き。
---
それが、
どれほど浅かったか。
---
理解してしまった。
---
その時。
---
ふと、
肩に触れる感覚。
---
振り返る。
---
誰もいない。
---
だが――
---
確かに、
そこにいた。
---
「それでいいの……」
---
優しい声。
---
「それが、本当の慈愛なんだよ……」
---
今は亡きシスターの声が、
そう告げた気がした。
---
アーデルハイトは、
目を閉じる。
---
一拍。
---
そして、
ゆっくりと開く。
---
「……なら」
---
小さく。
---
だが、
はっきりと。
---
「私がやるべきことは……」
---
言葉を、
飲み込む。
---
もう、
分かっている。
---
前を見る。
---
迷わない。
---
一歩、
踏み出す。
---
その姿を、
見ている者がいる。
---
ウィンブロン。
---
何も言わない。
---
ただ、
一度だけ頷く。
---
それで、
十分だった。
---
あれから、
数日。
---
町は、
変わっていた。
---
目に見えて。
---
水が流れ、
人が動き、
声が交わる。
---
その様子を。
---
領主邸の一室から、
三人が眺めていた。
---
パトリック。
---
ギュンター。
---
そして、
かつて影武者として立っていた男。
---
それぞれが、
別の立場で。
---
同じ景色を見ている。
---
「……早いな」
---
ギュンターが、
低く呟く。
---
パトリックが、
小さく頷く。
---
「火は、変える」
---
短く。
---
言葉を置く。
---
影武者だった男は、
何も言わない。
---
ただ、
静かに見ている。
---
その時。
---
扉が叩かれる。
---
「入れ」
---
静かに。
---
扉が開く。
---
入ってきたのは、
ジョー。
---
リーネ。
---
アーデルハイト。
---
ウィンブロン。
---
ベルンハルト。
---
全員が、
揃う。
---
一同が、
並ぶ。
---
沈黙。
---
パトリックが、
一歩前へ出る。
---
「まずは――」
---
一拍。
---
「礼を言おう」
---
視線が、
ジョーとリーネへ向く。
---
「この町は、救われた」
---
静かに。
---
だが、
確かに。
---
ギュンターも、
続ける。
---
「よくやってくれた」
---
短く。
---
重く。
---
ジョーは、
何も言わない。
---
ただ、
わずかに頷く。
---
リーネも、
小さく頭を下げる。
---
パトリックが、
続ける。
---
「報酬を用意した」
---
一拍。
---
「馬車だ」
---
静かに告げる。
---
「今後の移動に使え」
---
ジョーが、
目を細める。
---
何も言わない。
---
だが、
受け取る。
---
次に。
---
視線が、
ウィンブロンへ向く。
---
「ウィンブロン」
---
名を呼ぶ。
---
「これより、町の自警団は常備とする」
---
一拍。
---
「給金は領主が出す」
---
空気が、
わずかに変わる。
---
「そして――」
---
言葉を続ける。
---
「その名を改める」
---
一拍。
---
「警備、犯罪取締、火災を含む災害に対処する」
---
「そのための組織として――」
---
「自衛団とする」
---
言い切る。
---
「その初代責任者を、お前に任せる」
---
静寂。
---
ウィンブロンが、
わずかに笑う。
---
「……面倒な役だな」
---
だが。
---
一拍。
---
「嫌いじゃねぇ」
---
短く。
---
受け入れる。
---
次に。
---
ベルンハルトへ。
---
「ベルンハルト」
---
低く。
---
「職人と商人」
---
一拍。
---
「その両方をまとめる組織を作る」
---
「商工会だ」
---
言葉を置く。
---
「その初代会長を、お前に任せる」
---
ベルンハルトが、
鼻で笑う。
---
「まとめる、か」
---
一拍。
---
「簡単に言うじゃねぇか」
---
だが。
---
「……まぁいい」
---
短く。
---
「やってやる」
---
その目は、
楽しんでいる。
---
そして。
---
最後に。
---
アーデルハイトへ。
---
空気が、
変わる。
---
パトリックが、
静かに言う。
---
「アーデルハイト」
---
一拍。
---
「お前には、別の役目がある」
---
視線が、
向けられる。
---
「亡き兄と、シスターの意志を継げ」
---
静かに。
---
だが、
重く。
---
「民の心の支えとなる象徴を作れ」
---
一拍。
---
「自由教会だ」
---
言い切る。
---
アーデルハイトが、
息を呑む。
---
パトリックと、
ギュンターが、
並ぶ。
---
「その総責任者は――」
---
一拍。
---
「ギュンター」
---
静かに、
告げる。
---
「だが」
---
一拍。
---
ギュンターが、
口を開く。
---
「俺とパトリックは、これまで通りだ」
---
短く。
---
「一月ごとに入れ替わる」
---
言い切る。
---
パトリックも、
頷く。
---
「表に立つのは、影だ」
---
視線が、
影武者の男へ向く。
---
「我々は、裏で動く」
---
静かに。
---
「これまでと同じく」
---
言葉を置く。
---
影武者だった男は、
一歩前へ出る。
---
何も言わない。
---
ただ、
頭を下げる。
---
その姿は、
これまでと変わらない。
---
だが。
---
意味は、
変わっていた。
---
アーデルハイトは、
目を閉じる。
---
一拍。
---
そして、
開く。
---
「……承知いたしました」
---
はっきりと。
---
迷いはない。
---
その場にいる全員が、
それぞれの役目を受け取る。
---
町は、
変わる。
---
もう、
止まらない。
---
窓の外。
---
水が流れている。
---
静かに。
---
だが、
確かに。
---
それは、
町そのものだった。
---
その日の、
夕刻。
---
町の門前。
---
一台の馬車が、
止まっていた。
---
新しい。
---
だが、
まだ使い慣れていない。
---
ジョーが、
荷を積んでいる。
---
リーネが、
確認している。
---
「これで、全部?」
---
小さく、
問いかける。
---
ジョーが、
頷く。
---
「ああ」
---
短く。
---
それで足りる。
---
少し離れた場所に、
アーデルハイトが立っている。
---
その隣に、
ウィンブロン。
---
さらに、
ベルンハルト。
---
誰も、
軽口は叩かない。
---
ただ、
見ている。
---
ジョーが、
振り返る。
---
「世話になったな」
---
短く。
---
それだけ。
---
だが、
十分だった。
---
ベルンハルトが、
鼻で笑う。
---
「勝手にやって、勝手に帰るか」
---
一拍。
---
「まぁいい」
---
視線を逸らす。
---
「面白ぇもん見せてもらった」
---
それが、
礼だった。
---
ウィンブロンが、
腕を組む。
---
「次は、ちゃんと連絡よこせ」
---
低く。
---
「いきなり来るな」
---
だが。
---
わずかに、
口元が緩んでいる。
---
ジョーが、
軽く手を上げる。
---
答えにはならない。
---
それでいい。
---
アーデルハイトが、
一歩前へ出る。
---
視線を、
まっすぐ向ける。
---
「……ありがとうございました」
---
深く、
頭を下げる。
---
もう、
迷いはない。
---
ジョーが、
それを見る。
---
一瞬。
---
何も言わない。
---
だが、
わずかに頷く。
---
それで、
伝わる。
---
リーネが、
柔らかく笑う。
---
「またね」
---
小さく。
---
それだけ。
---
門が、
開く。
---
馬車が、
動く。
---
ゆっくりと。
---
町を離れていく。
---
振り返らない。
---
前だけを見る。
---
道は、
続いている。
---
遠く。
---
クベルハイムへ。
---
町の外。
---
風が吹く。
---
静かに。
---
だが、
確かに。
---
変わったのは、
町だけではない。
---
進んでいるのは、
自分たちも同じだった。




