第五章 第15話 一堂に会す
翌日。
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煙の匂いが、
まだ残っている。
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町に、
活気は無い。
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誰もが、
昨日を抱えたまま、
立っている。
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「ジョー」
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振り返る。
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アーデルハイト。
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目が赤い。
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だが、
逸らさない。
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「領主様がお呼びです」
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短く。
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「……今回の件で」
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一拍。
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「全員、です」
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ジョーは、
黙って頷く。
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人が、
動き出す。
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重いまま。
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そのまま。
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領主邸へ。
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広間。
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領内の代表者が、
すでに集められていた。
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空気は、
張り詰めている。
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領主が、
静かに口を開く。
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「まずは、皆ご苦労だった」
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一拍。
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「昨日の事で、何かあるか」
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沈黙。
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誰も、
すぐには答えない。
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その中で。
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一人が、
口を開く。
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「……クベルハイム自警団のこいつが始まりでした」
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ウィンブロン。
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自警団の長。
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視線が、
集まる。
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ジョーへ。
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「水が無いなら、燃える物を無くす」
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短く。
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言い切る。
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「お前は言われたんだろ?」
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アーデルハイトへ、
目を向ける。
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「自警団ならスラムも含めて、町民すべてが困ってるなら動けってな」
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一拍。
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アーデルハイトが、
顔を上げる。
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だが、
言葉は出ない。
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「……はい」
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それだけ。
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短い返事。
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だが、
重い。
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ウィンブロンが、
場を見渡す。
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「壊すのは簡単だ」
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低く。
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「直すのが難しい」
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一拍。
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苦笑。
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「躊躇なく壊しやがって」
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広間全体へ。
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「俺たちは自警団だ」
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一拍。
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「よその自警団の新米に言われちゃな」
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だが、
目は真剣だ。
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ジョーを見る。
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「……で、お前はどうなんだ」
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問いが、
向く。
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ジョーが、
口を開く。
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「……俺は」
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短く、
息を整える。
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「ここに来る前から……いや」
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一拍。
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「クベルハイム自警団の、もっとずっと前から火と戦ってきた」
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視線は、
逸らさない。
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「先達に教わり、訓練と実践を積んできた」
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静かに。
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だが、
確かに。
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「大きな火でも恐れるな」
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一拍。
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「小さな火でも侮るな」
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響く。
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広間に、
残る。
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「今回は……小さな火ばかりを侮った」
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短く。
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「その積み重ねだ」
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誰も、
反論しない。
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できない。
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領主が、
口を開く。
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「大きな火でも恐れるな……小さな火でも侮るな、か」
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ゆっくりと、
繰り返す。
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「その通りだな」
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一拍。
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「我々は、もっと理解しなくてはならない」
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重く、
受け止める。
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その時。
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アーデルハイトが、
前に出る。
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小さく、
だが確かに。
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「この方は……」
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一拍。
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「消火方法の一つとして、こういう道具を自警団に提供してくれました」
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取り出す。
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水鉄砲。
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見慣れない形。
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ざわめきが、
起きる。
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ウィンブロンが、
手を伸ばす。
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「これが、言ってたやつか」
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受け取る。
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重さを確かめる。
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周囲の視線が、
集まる。
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アーデルハイトが、
向き直る。
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「使い方を説明します」
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落ち着いた声。
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だが、
迷いはない。
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「申し訳ありませんが、桶に水をいただけますか」
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執事が、
一礼する。
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すぐに、
水が用意される。
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アーデルハイトが、
構える。
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押す。
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水が、
飛ぶ。
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一直線に。
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距離を保ったまま、
届く。
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広間に、
静かな驚き。
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誰もが、
見ている。
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言葉ではなく、
現実を。
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ジョーが、
口を開く。
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「水が無いと、話にならない」
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短く。
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現実を置く。
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「井戸が足りない」
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一拍。
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「だから、溜める」
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「……溜める?」
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誰かが、
眉をひそめる。
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「どうやって?」
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一拍。
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アーデルハイトが、
小さく呟く。
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「……あの水車は……」
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視線が、
集まる。
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「この道具の自動化を……?」
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ジョーを見る。
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ジョーは、
頷く。
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「……水不足……いや井戸不足だがな」
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続けて。
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「だから防火水槽だ」
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繋がる。
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理解が、
広がる。
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ベルンハルトが、
口を開く。
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「あんなのはドワーフでも思いつかねぇ」
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一拍。
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「回転を利用する事はあっても……」
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さらに。
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「その回転を水に仕事をさせるってのは……」
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一拍。
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「ドワーフでも思いつかねぇ」
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重く、
落ちる。
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「だが……」
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「職人区も動く」
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視線が、
集まる。
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「各所に防火水槽を設置するなら、協力は惜しまねぇ」
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さらに。
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「ドワーフも……」
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少し間を置く。
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「数は少ねぇが、ノームもな」
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広間を見渡す。
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「今回の件で、意見は一致するだろう?」
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場が、
静まる。
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反論は、
出ない。
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ベルンハルトが、
腕を組んだまま、
続ける。
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「もう一つだ」
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視線が、
集まる。
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「家の造りを変えなきゃならねぇ」
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ざわめき。
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「煙突だ」
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短く。
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「煙は上に溜まる」
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一拍。
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「逃げ場が無けりゃ、人の高さまで降りてくる」
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誰もが、
昨日を思い出す。
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「窓しかねぇ家は危ねぇ」
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「煙の逃げ道が一つだけだ」
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「しかも低い」
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「だから、人が吸う」
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一拍。
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「見えなくなる前に、倒れる」
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静寂。
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「煙突は上に抜くためのもんだ」
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「煙を外に逃がす」
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「それだけで、生き残れる確率が変わる」
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続ける。
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「それと勝手口だ」
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「正面が使えなくなったら終わりだ」
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「火が回れば、入口は塞がれる」
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一拍。
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「逃げ道は複数いる」
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言い切る。
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「とにかく、もう一つ出口を作れ」
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ウィンブロンが、
低く言う。
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「……確かに」
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ベルンハルトが、
頷く。
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「家は住むためだけのもんじゃねぇ」
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一拍。
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「生きて出るためのもんだ」
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そして。
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「まだある」
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「スライムだ」
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ざわめき。
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ベルンハルトが、
リーネへ顎を向ける。
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「見せてやりな」
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リーネが、
一歩前へ出る。
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カバンを開く。
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中から、
布を取り出す。
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「スライムの体液を加工した布です」
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静かに。
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だが、
はっきりと。
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アーデルハイトへ視線を向ける。
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「水を、かけてもらえますか」
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頷く。
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水鉄砲を構える。
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押す。
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水が飛ぶ。
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布に当たる。
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弾く。
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落ちる。
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濡れていない。
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一瞬の静寂。
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「……濡れていない?」
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誰かが、
呟く。
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リーネが、
続ける。
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「水分を保持します」
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一拍。
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「内部に染み込まず、表面に留めます」
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布を、
軽く持ち上げる。
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縁を、
指で押さえる。
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先ほどの水が、
留まっている。
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「……溜まっている?」
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別の声。
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リーネが、
静かに頷く。
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「流さず、保持できます」
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一拍。
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「覆うことも出来ます」
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近くに用意された、
小さな火。
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その上に、
布を被せる。
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水分が、
触れる。
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一瞬、
音がする。
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火が、
弱まる。
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そして、
消える。
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「……消えた?」
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誰かが、
息を呑む。
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リーネが、
言葉を続ける。
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「水を含んだまま、押さえ込む形になります」
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一拍。
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「火は……それで消えます」
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少し、
言葉を選ぶ。
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「理由までは分かりませんが……」
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「ドワーフ領では、火魔石でも同じ結果が出ています」
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静寂。
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誰も、
言葉を挟めない。
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理解が、
追いつく。
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ざわめきが、
広がる。
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商人が、
前に出る。
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「これは売れるぞ!」
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「いや、それ以上だ!」
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「防具にもなる!」
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声が、
重なる。
---
熱が、
上がる。
---
その時。
---
ベルンハルトが、
遮る。
---
「落ち着け」
---
一言。
---
場が止まる。
---
「ドワーフ領じゃ、誰でも知ってる代物だ」
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静かに。
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だが、
重く。
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熱が、
落ちる。
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リーネが、
小さく頭を下げる。
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「精製方法については、後ほど改めてご説明いたします」
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一拍。
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「本日は、防災の観点からの活用を優先いたします」
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場が、
静まる。
---
技術ではなく、
議題へ戻る。
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ベルンハルトが、
ゆっくりと口を開く。
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「それと、もう一つ」
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一拍。
---
「俺らの作る道具や工具、商品ってのはな」
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一拍。
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「スラムから来てる」
沈黙。
---
空気が、
止まる。
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「……なに?」
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誰かが、
絞り出す。
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ざわめき。
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「あの素晴らしい装飾が……」
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商人が、
目を見開く。
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「スラムだと?」
---
ベルンハルトが、
すぐに首を振る。
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「勘違いするな」
---
短く。
---
「装飾自体は職人だ」
---
一拍。
---
「俺が言いたいのは」
---
低く。
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「俺たち職人が装飾するに値するだけの素材を」
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「見極めるスラムの人たちってことだ」
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沈黙。
---
意味が、
変わる。
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価値が、
変わる。
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「そんな馬鹿な……」
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商人が、
首を振る。
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「知らなかった……」
---
その中で。
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スラム街代表が、
一歩前へ出る。
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静かに。
---
「スラムから職人へ」
---
一拍。
---
「職人から商人へ」
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「商人から町人へ」
---
言葉を重ねる。
---
「そして町人の不用品を、我らが選別する」
---
一拍。
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わずかに、
間を置く。
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視線が、
広間全体をなぞる。
---
「……循環している」
---
静かに。
---
断言する。
---
「この町は、そうやって回っている」
---
広間が、
揺れる。
---
居住区の者たちが、
言葉を失う。
---
アーデルハイトが、
息を呑む。
---
「まさか……そんな……」
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視線が、
揺れる。
---
価値観が、
崩れる。
静寂。
---
誰も、
すぐには口を開けない。
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その中で。
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領主が、
ゆっくりと息を吐く。
---
「……やはり」
---
一拍。
---
「知らぬ者が、多いか……」
---
静かに。
---
だが、
すべてを見通したように。
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広間を、
見渡す。
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「スラムを分けて見れば」
---
一拍。
---
「こうなるのも、当然だ」
---
短く。
---
断じる。
---
「変えようとすれば」
---
「必ず他が騒ぐ」
---
「争いになる」
---
一拍。
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「だから私は……諦めていた」
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沈黙。
---
重い。
---
だが。
---
領主が、
顔を上げる。
---
「だが、それでは守れない」
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はっきりと。
---
「今回の火で、それが証明された」
---
一拍。
---
「分断したままでは、守れない」
---
言い切る。
---
広間に、
落ちる。
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「足りない物は順に」
---
一拍。
---
「防災」
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「理解」
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「知識だ」
---
静かに。
---
だが、
強く。
---
「領内全てで防災を進める為に……」
---
一拍。
---
「理解できる知識を広げ……」
---
さらに。
---
「その為には教育が必要だ……」
---
言葉を重ねる。
---
「だから――」
---
一拍。
---
「ヴァルデンの名において命ずる」
---
空気が、
張り詰める。
---
「自警団」
---
「職人区」
---
「商人区」
---
「居住区」
---
一つずつ。
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「そして、スラム街」
---
すべてを含める。
---
「領内すべてで進める」
---
断言。
---
「もちろん私も……全員でだ」
---
静寂。
---
命令ではない。
---
覚悟だった。
---
空気が、
変わる。
静寂。
---
誰も、
すぐには動けない。
---
その中で。
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領主が、
ゆっくりと目を閉じる。
---
一拍。
---
そして、
開く。
---
「……もう一つ」
---
低く。
---
重く。
---
広間に落とす。
---
「伝えておかねばならぬ事がある」
---
空気が、
張り詰める。
---
「領内の噂は」
---
一拍。
---
「すべて、執事が纏めていた」
---
視線が、
向く。
---
執事。
---
「大小様々な噂」
---
「その中で、スラム街だけが別格だった……」
---
静かに語る。
---
「領主として、良しとは出来なかった」
---
一拍。
---
「だが、変えれば争いになる」
---
「だから……止めていた」
---
そして。
---
「なぜ、教会が」
---
「スラムも含めて孤児を受け入れられたのか」
---
一拍。
---
「なぜ、神父が動いていたのか」
---
空気が、
変わる。
---
領主が、
ゆっくりと息を吐く。
---
「それは……」
---
言葉を落とす。
---
「彼が、本当の領主だからだ」
---
沈黙。
---
誰も、
理解できない。
---
「私は……」
---
一拍。
---
「影武者に過ぎない」
---
ざわめきが、
一気に広がる。
---
「なっ……!」
---
「どういう事だ……!」
---
混乱。
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領主が、
ゆっくりと膝をつく。
---
頭を垂れる。
---
「……これでよろしいでしょうか、ヴァルデン様」
---
静寂。
---
「……ご苦労だったね」
---
一拍。
---
「嫌な役割を押しつけて……」
---
静かに。
---
だが、
確かに。
---
執事が、
一歩前へ出る。
---
「兄は……争いを嫌った」
---
静かに語る。
---
「領主となる前日まで、避け続けた」
---
一拍。
---
「だが、ヴァルデン家の第一子として」
---
「継がねばならなかった」
---
視線を巡らせる。
---
「だから、提案した」
---
「領主の名は私で構わない」
---
一拍。
---
「だが、表に立つのはお前たちに任せる」
---
言葉を置く。
---
「双子のお前たちなら」
---
「きっとうまくやれる」
---
一拍。
---
「争いの無い町を作ってくれ、と」
---
振り返る。
---
「なぁ、パトリック」
---
スラム街代表が、
口を開く。
---
「……もう芝居も終わりだな、ギュンター」
---
二人が、
並ぶ。
---
ギュンターが、
背筋を伸ばす。
---
髪をかき上げる。
---
同じ顔。
---
同じ体格。
---
同じ声。
---
広間が、
凍りつく。
---
「……まさか」
---
誰かが、
呟く。
---
「一卵性の双子だ」
---
ギュンターが、
答える。
---
「我々は、一月ごとに入れ替わっていた」
---
ざわめき。
---
「だから、すべてが見えていた」
---
一拍。
---
「スラムも、町も」
---
静かに。
---
「兄の苦労も」
---
目を閉じる。
---
「そして今」
---
開く。
---
「我々が領主であり……」
---
一拍。
---
「同時に、スラムの住人でもある」
---
広間が、
揺れる。
---
誰もが、
言葉を失ったまま。
---
その中で。
---
アーデルハイト。
---
動かない。
---
だが、
揺れている。
---
神父。
---
シスター。
---
孤児院。
---
記憶が、
繋がる。
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暖かな光。
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小さな手。
---
泣いていた子ども。
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その頭を、
当たり前のように撫でるシスター。
---
「大丈夫よ」
---
優しい声。
---
スラムの子どもも、
町の子どもも、
関係なく。
---
同じように、
抱きしめていた。
---
「神父さまのお嫁さんになる!」
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幼い声。
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無邪気な笑顔。
---
シスターが、
困ったように笑っていた。
---
あの光景。
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あの場所。
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当たり前だと、
思っていた。
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分け隔てなく、
受け入れていた。
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何も疑わずに。
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胸が、
締め付けられる。
---
「……そうか」
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小さく。
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漏れる。
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「そうだったのか……」
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目を閉じる。
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これまでの自分。
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刷り込まれてきたもの。
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疑いもしなかった常識。
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すべてが、
揺らぐ。
---
そして。
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「間違っていたのは……」
---
一拍。
---
「私だけじゃない」
---
さらに。
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「この町の、全員だったんだ……」
---
ゆっくりと、
目を開く。
---
一歩、
前へ出る。
---
迷いはない。
---
膝をつく。
---
涙が、
落ちる。
---
拭わない。
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「領主様……」
---
一拍。
---
声は、
震えない。
---
「謹んで拝命いたします」
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はっきりと。
---
強く。
---
受け入れる。
---
もう、
迷わない。
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守るべきものが、
分かったから。
15話、遅くなりますすみません。
考えに考えて長くなりました……




