序章9 言葉
詰所に戻った。
---
装備を下ろす。
---
濡れた防火衣が、やけに重い。
---
誰も、余計なことは言わない。
---
必要なことだけを、淡々とこなす。
---
それが終わると、
---
少しだけ、空気が緩む。
---
「……初めてだったか」
---
声がした。
---
先輩だった。
---
ジョーは、答えなかった。
---
答えられなかった。
---
「仏さん、見るの」
---
言葉が、重い。
---
ジョーは、ゆっくりと頷いた。
---
口を開く。
---
声が、出ない。
---
喉が詰まる。
---
やっと、出た。
---
「……はい」
---
それだけだった。
---
先輩は、少しだけ頷いた。
---
「そうか」
---
短い言葉だった。
---
間があく。
---
誰も、何も言わない。
---
その沈黙が、やけに重かった。
---
「……あの顔に……」
---
言葉が、勝手に出た。
---
止まらなかった。
---
「どこかで見た顔だった」
---
自分でも、意味が分からなかった。
---
ただ、
---
そう思った。
---
先輩は、何も言わない。
---
言わないが天井を仰ぎ少しだけ、目を伏せた。
---
「忘れろなんて言わねぇが、覚えとけとも言わねぇ」
---
ゆっくりと、言う。
---
「ただ――」
---
間を置く。
---
「俺等の存在意義……解ったろ」
---
その言葉が、落ちた。
---
重く、
---
深く、
---
刺さる。
---
ジョーは、何も言えなかった。
---
言葉が、見つからなかった。
---
分かった気がした。
---
でも、
---
言葉には出来なかった。
---
先輩は、それ以上何も言わなかった。
---
それで、十分だった。
---
静かな時間が、流れる。
---
外は、もう暗い。
---
何も起きていない夜。
---
それでも、
---
さっきまでの現場が、頭から離れない。
---
あの顔が、消えない。
---
消えてくれない。
---
その時だった。
---
「丈」
---
声がした。
---
振り向く。
---
親父だった。
---
いつの間にか、来ていた。
---
元団員で、この班の先輩でもある。
---
その目は、
---
全部、見てきた目だった。
---
「……見たか」
---
短く、聞く。
---
ジョーは、頷いた。
---
親父は、少しだけ息を吐いた。
---
「そうか」
---
それだけだった。
---
それ以上は、言わない。
---
言わなくても、分かるからだ。
---
しばらくして、親父が口を開いた。
---
「俺等はな――」
---
ゆっくりと、
---
噛み締めるように言う。
---
「必要とされないために必要な存在だ」
---
その言葉が、
---
静かに、落ちた。
---
誰も、否定しなかった。
---
出来なかった。
---
ジョーは、ただその場に立っていた。
---
何も言えず、
---
何も出来ず、
---
ただ、
---
その言葉を、受け止めることしか出来なかった。




