第一章 第18話 すれ違い
夕方だった。
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空は、
少しだけ赤くなり始めている。
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風は、
昼よりも弱い。
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村の中央。
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人の気配が、
少しだけ落ち着いている時間だった。
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トールは、
一人で立っていた。
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何もしていない。
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ただ、
見ている。
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視線の先。
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ダンの家の前。
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リーネがいた。
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ジョーと、
話している。
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特別なことは、
何もない。
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パンを渡している。
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それだけだ。
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だが。
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笑っていた。
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少しだけ。
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トールは、
動かない。
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視線も、
逸らさない。
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胸の奥で、
何かが引っかかる。
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言葉にはならない。
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だが、
分かっている。
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気にしている。
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「……なんでだよ」
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小さく、
漏れる。
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自分に向けた言葉だった。
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理解している。
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あの男は、
何もしていない。
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ただ、
そこにいるだけだ。
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それなのに。
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目を離せない。
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リーネの視線が、
そちらに向く。
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一瞬、
トールと目が合う。
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すぐに、
逸らされた。
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その動きが、
妙に引っかかる。
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トールは、
ゆっくりと歩き出した。
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足取りは、
重くない。
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だが、
迷いもない。
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一直線に、
近づいていく。
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「……おい」
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声をかける。
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リーネが振り向く。
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ジョーも、
視線だけを向ける。
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「なんだよ」
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いつも通りの口調だった。
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だが、
少しだけ強い。
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トールは、
言葉を探す。
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何か言おうと口を開き……
そして閉じた。
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違う。
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そうじゃない。
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言いたいのは、
それじゃない。
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一度、
息を吐く。
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そして。
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「……話、ある」
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リーネを見る。
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まっすぐに。
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リーネは、
一瞬だけ戸惑った。
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だが、
頷く。
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「……いいよ」
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短く答える。
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ジョーは、
何も言わない。
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そのまま、
その場に残る。
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トールは、
少しだけ眉を寄せた。
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だが、
何も言わない。
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そのまま、
歩き出す。
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リーネが、
後ろに続く。
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少しだけ、
距離を取って。
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二人の背中を、
ジョーが見ていた。
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ただ、
見ている。
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それだけだった。
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少し離れた場所。
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人の気配が、
途切れる。
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トールは、
立ち止まった。
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振り返らない。
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言葉を、
探している。
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出てこない。
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分かっている。
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ずっと、
分かっていた。
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それでも。
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「……俺は」
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声が、
少しだけ震える。
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止まる。
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続かない。
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息を吐く。
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握りしめた拳が、
わずかに震えている。
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「……ずっと前から」
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違う。
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それも違う。
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言い直そうとして、
言葉が絡まる。
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苛立つ。
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だが、
逃げない。
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「……リーネ」
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名前を呼ぶ。
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それだけで、
喉が詰まる。
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「お前のことが……」
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言葉が、
止まる。
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だが、
今度は、
閉じない。
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「……好きだ」
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やっと、
出た。
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短い言葉だった。
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沈黙。
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トールは、
息を吸う。
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そして、
こぼす。
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「……お前はさ」
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視線を逸らしたまま、
続ける。
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「ずっと……あいつばっか見てる」
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名前は出さない。
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だが、
分かる。
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「……俺じゃ、ねぇんだな」
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小さく、
笑う。
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失敗する。
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リーネは、
何も言わない。
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驚いている。
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だが、
逸らさない。
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まっすぐに、
見ている。
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そして。
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「……ごめん」
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短く言った。
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「そういう風には、見てない」
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続ける。
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声は、
優しかった。
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だが、
はっきりしていた。
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曖昧ではない。
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逃げでもない。
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答えだった。
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トールは、
何も言わない。
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言えない。
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少しだけ、
顔を上げる。
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笑おうとして、
やめる。
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失敗する。
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「……ああ」
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短く、
息を吐く。
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「……そっか」
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それだけだった。
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それ以上は、
続かない。
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もう、
何も残っていない。
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リーネは、
少しだけ迷う。
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だが、
何も言わない。
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言えない。
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それが、
一番分かっていた。
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トールは、
背を向けた。
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ゆっくりと、
歩き出す。
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止まらない。
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振り返らない。
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足音だけが、
残る。
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風が、
吹いていた。
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乾いた風だった。




