序章3 詰所
入団してから、三年は経っていた。
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小さな火事なら何度か、大きな火災も一度だけ出ている。
ボヤで済んだ現場もあれば、全焼して火災ゴミになった家もある。
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煙の匂い。
焼ける音。
あの熱だけは、忘れない。
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その日、班内の集まりがあった。
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詰所に来るのは、こういう時くらいだ。
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班内会議。
車両資機材の点検。
巡回広報。
火災出動。
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用がなければ、来る場所じゃない。
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中に入ると、すでに何人か集まっていた。
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「お、倅」
「っす」
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軽く手を上げて返す。
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長机の上には缶コーヒーやペットボトル、よく分からない菓子が並んでいる。
誰かが持ってきて、誰かが勝手に食う。
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「親父、元気か」
「まあ、ぼちぼちっす」
「お前、あの人に似てきたな」
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笑いが起きる。
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親父が元団員で、この班の先輩だったことは、みんな知っている。
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だからジョーがここにいる理由も、説明はいらなかった。
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「現場、どうだ」
「ぼちぼちっす」
「またそれかよ」
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また笑いが起きる。
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大した会話じゃない。
意味もないやり取り。
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だが、こういう場でしか顔を合わせない人間も多い。
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「そのうち嫌でも慣れる」
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誰かが言う。
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軽い言葉だった。
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だが、
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嘘ではない。
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火事は、そう何度も起きるものじゃない。
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出動がない日の方が、圧倒的に多い。
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だから、
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こうして顔を合わせるのも、たまにだ。
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「今年の操法、どうすっかね」
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誰かが言った。
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空気が、少しだけ変わる。
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「ジョー、悪いが今年もやってくれるか」
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「あー……まあ、いいっすよ」
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「まあいいってなんだよ」
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笑いが起きる。
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「やらなきゃいけねぇのは分かるけどよ」
「それな」
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誰も強くは言わない。
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だが、どこか引っかかっている。
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ジョーは缶コーヒーを開けた。
小さな音が、やけに耳に残る。
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必要なものだというのは、分かる。
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動きも、手順も、無駄じゃない。
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でも、
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そんなんじゃない。
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現場は、あんな風には動かない。
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煙は視界を奪う。
熱は容赦がない。
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思った通りには、何一つ進まない。
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そんな感覚だけが、残っていた。
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「今年も例年通りか……」
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誰かが呟く。
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それが、合図みたいだった。
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何も起きない日。
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それが一番いい。
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……操法訓練は面倒だけど。
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そう思っていた。
倅 せがれ。 息子の意
うちの倅→うちの息子
おたくの倅→おたくの息子
ルビの入れ方…テンパってます 汗




