序章2 ……ちょっと行ってくる
夜だった。
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静かな時間だった。
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テレビの音が、ぼんやりと流れている。
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「丈」
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呼ばれて、顔を上げる。
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親父だった。
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「お前も今日から十八だな」
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そう言って、少しだけニヤリと笑った。
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何か言うのかと思ったが、
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「どうせ日曜とか遊んで金欠になるんだから、消防やって浪費を少しでも抑えろ」
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それだけだった。
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「……は?」
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思わず声が出る。
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「うちの班、ちょうど若いの足りねぇんだ」
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軽く言う。
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軽く言うが、
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逃げ道はなかった。
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「俺も昔やってたしな」
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それが決定打だった。
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断る理由が、見つからない。
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「……分かった」
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そう答えるしかなかった。
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それが、
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始まりだった。
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消防団に入った理由なんて、そんなものだ。
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格好いい理由も、使命感もない。
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ただ、
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流れで入った。
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それだけだ。
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それでも、
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続いている。
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理由は、後からついてくる。
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その頃は、まだ知らない。
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ただ――
小さい時の記憶。
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夜中だった。
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サイレンが鳴る。
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外で、音が走る。
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親父が、立ち上がる。
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慣れた動きだった。
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上着を掴む。
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靴を履く。
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ドアに向かう。
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その背中が、少しだけ大きく見えた。
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「……ちょっと行ってくる」
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振り返らずに言う。
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短い言葉だった。
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それだけで、分かる。
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火事だ。
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ドアが閉まる。
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音が、やけに響いた。
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残された部屋は、静かだった。
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さっきまでと、同じはずなのに、
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どこか違っていた。
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サイレンの音が、遠ざかっていく。
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それを、聞いていた。
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ただ、
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聞いていた。
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あの時は、
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まだ何も分かっていなかった。
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あの一言の意味も。
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その先にあるものも。




