序章1 見えない危険
ガスは目に見えない。
漏れていても、気付かない奴が多い。
都市ガスも、プロパンも、本来は無臭だ。
だから人為的に匂いを付けている。
それでも――
気付かないまま火を使う。
だから、事故になる。
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条件は単純だ。
空気、熱、材料――
三つが揃えば、火は嘘をつかない。
逆に言えば、一つでも欠ければ燃えない。
それだけの話だ。
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ジョーは、パイプレンチをゆっくりと確実に回した。
SGP管が締まっていく感触が、手に伝わる。
「圧、確認」
「あと一分半っす……問題なしです」
隣で資格取り立ての若い作業員が答える。
新設した配管は綺麗に収まり、気密検査で圧力をかけ、念の為に配管に石鹸水をかけても泡は立たない。
漏れはない。
それでもジョーは、視線を外さなかった。
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目に見えないものほど、疑え。
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それが、現場で覚えたことだった。
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「いいか。ガス工事はな――」
言いかけて、ジョーは口を閉じた。
長く話すのは好きじゃない。
必要なことだけでいい。
「ガス工事するなら、頭も使え」
「うっす!」
少し間を置いて、もう一言だけ付け足す。
「使わないなら、ガス工事はやめとけ」
若いのが苦笑いした。
意味は、たぶん半分も分かっていない。
それでもいい。
そのうち、分かる。
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ガスは便利だ。
火は、人の生活を支えている。
料理はもちろん、給湯器を経由しての風呂、そして暖房。
今では滅多に見ないが、ガス灯なんてものもある。
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だが同時に、それは簡単に事故を起こし、人を殺す。
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火が燃えるのに、理由はいらない。
条件が揃えば簡単に燃える。
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あの時の焦げた匂いが、ふと蘇る。
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だからこそ、見逃すな。
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ジョーは最後にもう一度だけバルブの閉栓を確認し、立ち上がった。
「閉め良し…終わり」
指差呼称で確認し、他の作業員に告げる。
「お疲れっす」
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現場を出る頃には、空はもう暗くなりかけていた。
どこにでもある一日。
何も起きないのが普通の一日。
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――火事さえなければ。
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それが、どれだけ当たり前の日常で、非日常がどれだけ危ういものか。
この時ジョーは、まだ若かった頃を振り返る……。




