閑話 水の大精霊と風の大精霊
雨雲の上。
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黒い雲が、
ゆっくり崩れていく。
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暴れていた風は、
少しずつ弱まっていた。
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その中心で。
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「うわぁぁぁぁっ!?」
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小柄な影が、
空を転がるように吹き飛ばされた。
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「ちょ、待って待って待って!!」
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「ごめんってぇ!!」
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ビシャァァッ!!
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巨大な水流が、
空を叩き割る。
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青い光。
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白い飛沫。
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その中央に、
ウンディーネは居た。
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長い青髪を揺らし、
冷たい目で空を見上げている。
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その視線の先。
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風へ乗るように、
少年が笑っていた。
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黄緑色の髪。
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軽い衣。
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くるくると変わる表情。
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落ち着きがない。
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まるで、
風そのものだった。
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「いやぁ〜」
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「ちょっとやり過ぎたかなぁって!」
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ウンディーネの目が、
さらに冷たくなる。
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「村ごと飲み込む勢いだったよね?」
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「えへへ」
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笑って誤魔化す。
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ウンディーネが、
深く溜息を吐いた。
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「シルフィード……」
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「アンタ、加減覚えなよ」
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風の少年。
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シルフィードは、
口を尖らせた。
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「だってさぁ!!」
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「最近、全然信仰薄いんだもん!!」
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風が、
ぶわっと吹き荒れる。
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「水はいいよねぇ!」
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「飲むし!」
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「使うし!」
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「毎日感謝されるし!」
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ウンディーネは、
呆れたように目を閉じた。
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「風だって必要でしょ」
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「でも薄い!!」
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シルフィードが、
空中でじたばた暴れる。
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「昔はもっとあったもん!!」
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「豊穣の風だー!」
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「恵みの風だー!」
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「旅人守ってくれてありがとー!」
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「って皆言ってたのに!!」
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風が、
周囲で渦を巻く。
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「最近は何!?」
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「窓閉めるだけじゃん!!」
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ウンディーネが、
小さく吹き出した。
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「それは時代じゃない?」
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「だから見せたかったの!!」
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シルフィードが、
胸を張る。
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「風だって!」
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「まだまだこんなに力あるんだぞー!!って!!」
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ウンディーネが、
じっとシルフィードを見る。
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「……アンタ」
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「止められたよね?」
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シルフィードの動きが、
ぴたりと止まった。
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「へ?」
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ウンディーネの周囲で、
水圧が静かに高まる。
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「知らなかったとは言わせないよ?」
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シルフィードが、
露骨に視線を逸らした。
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「いやぁ〜?」
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「旧クベルハイムの草原に居た子がさぁ?」
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「最近、信仰減ったって泣くからぁ?」
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ウンディーネは、
無言。
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シルフィードが、
指をくるくる回す。
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「ちょっとだけ力貸してって」
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「ボクも、まぁ」
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「少しくらい派手な方が皆風を思い出すかなーって?」
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沈黙。
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ウンディーネが、
静かに笑った。
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怖い笑顔だった。
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「シルフィード?」
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空気が震える。
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シルフィードが、
びくっと跳ねた。
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「ごめんなさい」
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即答だった。
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ウンディーネは、
深く溜息を吐く。
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「あとで、その子にもちゃんと言い聞かせなよ」
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シルフィードが、
慌てて頷く。
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「言う言う!!」
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「ちゃんと怒っとく!!」
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ウンディーネの目が、
細くなる。
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「……自分も怒られてるんだけど?」
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「えへへ」
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笑って誤魔化した。
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だが。
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すぐに、
シルフィードは顔を上げる。
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「あ」
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「でもでも!」
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「面白い子居たね!」
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ウンディーネが、
静かに目を細める。
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ジョー。
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泉の底で、
自分と対話した人間。
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シルフィードが、
くるくる回る。
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「火と水を両方理解してる感じ!」
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「変わってるー!」
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ウンディーネが、
小さく微笑んだ。
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「うん」
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「変わってる」
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静かな声だった。
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「普通の人間はね」
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「水を恐れるだけ」
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「火を嫌うだけ」
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青い光が、
静かに揺れる。
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「でも彼は違った」
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「恐れながら、理解しようとした」
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シルフィードが、
首を傾げる。
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「そんなに珍しいの?」
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ウンディーネは、
ゆっくり頷いた。
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「泉を整え」
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「水路を作り」
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「溢れる事を前提に備えた」
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一拍。
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「しかも」
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少しだけ、
楽しそうに笑う。
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「ちゃんと感謝を伝えた」
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シルフィードが、
目を丸くする。
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「あー!」
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「なんかやってた!」
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「かしこみー!」
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「かしこみー!」
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適当に真似する。
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ウンディーネが、
吹き出した。
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「畏み畏み、ね」
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シルフィードが、
けらけら笑う。
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「変なのー!」
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「でも面白かった!」
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ウンディーネは、
静かに空を見上げた。
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「精霊はね」
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「感謝や畏怖の気持ちから生まれるの」
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風が、
静かに吹く。
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「自然への祈り」
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「恐れ」
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「敬意」
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「それが積み重なって、私達になる」
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シルフィードが、
ふわりと空を漂った。
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「だから人数が多いと強いんだよねー」
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ウンディーネが頷く。
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「信仰の規模」
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「それが、大精霊と精霊の差」
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シルフィードが、
ぷくっと頬を膨らませた。
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「むぅー」
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「風だって頑張ってるのに」
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「だから暴れたんでしょ」
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ウンディーネが、
冷静に返す。
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シルフィードは、
視線を逸らした。
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「……ちょっとだけ」
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「かなりだよ」
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ウンディーネが、
呆れたように笑う。
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その時だった。
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ふと。
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シルフィードが、
地上を見た。
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トール。
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額を押さえながら、
精霊石を握っている。
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シルフィードが、
目を輝かせた。
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「あっ」
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「アレ面白い!!」
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ウンディーネが、
嫌な予感を覚える。
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シルフィードは、
満面の笑みで言った。
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「なんかボクっぽい!!」
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ウンディーネが、
静かに目を閉じた。
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「……やめなよ?」
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だが。
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シルフィードは、
もう聞いていなかった。
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風と共に、
楽しそうに笑っていた。




