第六章 第10話 冬山の影
昼過ぎ。
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空は重い。
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灰色の雲が、
モンテールの北側山林を覆っていた。
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火山性岩山から吹き下ろす風は冷たく、
吐く息も白い。
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ハインは、
自警団詰所で、
嵩張る報告板を見ていた。
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薪の管理。
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見回り順。
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保存食。
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冬は、
何かと物入りだ。
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特にモンテールは違う。
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北側森林の先には、
魔物の縄張りがある。
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山を越えれば、
魔獣も降りてくる。
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だから。
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モンテール自警団は、
昔から“戦う為”の組織だった。
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剣。
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見回り。
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夜警。
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外敵対応。
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火の見回りは、
そのついでだ。
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その時。
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詰所の扉が開いた。
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冷気と共に、
三人組が入ってくる。
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革鎧。
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外套。
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泥の付いた靴。
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旅慣れた空気。
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冒険者。
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珍しい。
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この時期のモンテールへ、
好き好んで来る者は少ない。
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先頭の男剣士が、
軽く手を上げた。
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「モンテール自警団か?」
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「あぁ」
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短く返す。
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男は、
腰の剣へ軽く触れた。
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「ハインツだ」
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隣では、
女斥候が雪を払っている。
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リゼ。
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そして後ろには、
杖を背負った男魔法使い。
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ディーター。
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三人とも、
長旅帰りの顔をしていた。
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「何の用だ」
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ハインが尋ねる。
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ハインツは、
少し表情を引き締めた。
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「ゴブリンだ」
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空気が変わる。
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「群れを作ってる」
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ハインは、
小さく舌打ちした。
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「……こんな冬にか」
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冬。
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本来なら、
魔物も活動が鈍る。
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食料も減る。
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だからこそ、
群れるゴブリンは厄介だった。
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単体なら弱い。
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だが。
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数を集める。
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武器を拾う。
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火を扱う。
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そして。
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群れは、
村すら襲う。
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「場所は」
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ハインが尋ねる。
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リゼが、
地図を広げた。
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「この辺り」
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北側森林。
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最近、
見回り頻度を減らしていた区域だった。
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ハインの眉が、
僅かに動く。
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「数は」
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「まだ分からない」
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ハインツが腕を組む。
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「リゼがチラっと見たらしい」
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リゼは、
少し嫌そうな顔をした。
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「見たは見たけど、様子が違うのよ」
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「人里を狙ってる感じじゃなかった」
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ハインは、
黙り込んだ。
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ゴブリンが群れる時。
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普通なら、
略奪だ。
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食料。
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火。
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女。
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だが。
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今回は違う。
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「何か探してるみたいだった」
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リゼが、
小さく続ける。
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ディーターが、
窓の外を見ながら呟く。
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「……それだけじゃない」
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詰所の空気が、
静かに重くなった。
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「ゴブリン共、妙に統率されてた」
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ハインが、
眉を寄せる。
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「統率?」
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ディーターが、
ゆっくり頷く。
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「リゼが見た時、群れの奥にデカい影が居たらしい」
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「だが、妙なんだ」
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「オーガみてぇにデカいのに、痩せてる」
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「しかも前へ出ない」
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リゼも、
小さく頷いた。
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「ゴブリン達、そいつを怖がってた」
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「まるで奴隷みたいに」
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ハインは、
黙って地図へ視線を落とした。
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オーガ。
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それだけなら、
まだ分かる。
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だが。
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群れを後ろから操る。
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しかも、
人里を襲わない。
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嫌な予感がした。
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ディーターが、
低く呟く。
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「……知恵がある」
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「普通のオーガじゃねぇかもしれん」
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詰所へ、
重い沈黙が落ちた。
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ハインは、
ゆっくり地図へ指を置く。
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「過去にゴブリンが出たのはこの辺りだ」
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山沿い。
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獣道。
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岩場近く。
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ハインツ達が、
真剣な顔で地図を見る。
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ハインは、
腕を組んだ。
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「協力は惜しまない」
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「何か分かったり、困ったら頼ってくれ」
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ハインツが、
少し意外そうに目を細める。
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「行かないのか?」
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「行きたいんだが……」
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ハインは、
小さく息を吐いた。
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「人手不足でな……」
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そして。
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壁際の槍へ視線を向ける。
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「少し待て」
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「自警団員を何人か集める」
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ハインツ達が、
顔を見合わせた。
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ハインは、
扉へ向かいながら続ける。
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「北側森林なら、地形に慣れてる奴が必要だ」
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「案内くらいは出来る」
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しばらくして。
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三人の自警団員が、
詰所へ集められた。
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弓持ち。
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槍持ち。
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そして、
斧を背負った男。
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どれも、
北側森林に慣れた顔だった。
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「頼んだぞ」
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ハインが、
短く言う。
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自警団員達が、
静かに頷いた。
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そして。
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ハインツ達は、
三人の自警団員を加え、
雪混じりの北側森林へ向かった。
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冷たい風が、
開いた扉から吹き込む。
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ハインは、
黙ってそれを見送っていた。
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その頃。
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北側森林の奥。
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雪の残る森の中。
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複数の赤い目が、
暗闇で揺れていた。
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ゴブリン。
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だが。
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その群れの奥。
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岩へ腰掛ける、
異様に痩せた大きな影。
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灰色の肌。
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長い腕。
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濁った黄色の瞳。
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その周囲へ、
ゴブリン達が怯えながら集まっている。
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まるで、
絶対に逆らえない主人を見るように。
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痩せた魔物は、
細い指で木材を指差した。
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ゴブリン達が、
慌てて木を積み上げていく。
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そして。
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痩せた魔物は、
ゆっくり南側を見た。
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その先には、
森がある。
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泉がある。
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そして。
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人の暮らす場所がある。
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濁った黄色の瞳が、
不気味に細められた。




