第六章 第8話 トール到着
朝。
---
森を抜けた先。
---
ヴァルデンの外壁が見えた。
---
トールは、
手綱を引きながら目を細める。
---
以前来た時とは、
空気が違った。
---
門前。
---
見張り台。
---
そして。
---
門脇には、
二回りほど大きな井戸のような物が掘られていた。
---
石積み。
---
深い穴。
---
その内側には、
白く固められた跡が見える。
---
大量の水が、
静かに溜められていた。
---
ルークが、
思わず覗き込む。
---
「……深い」
---
トールも、
無言で見下ろした。
---
ただの井戸じゃない。
---
生活用にしては、
大き過ぎる。
---
その近くには、
見慣れない木筒まで並べられていた。
---
木製。
---
だが。
---
ただの筒ではない。
---
握り。
---
押し棒。
---
そして、
先端の細い口。
---
さらに。
---
筒と筒の継ぎ目には、
半透明の膜のような物が巻かれていた。
---
トールが、
僅かに目を細める。
---
「……どこかで見た事があるな」
---
ルークが、
不思議そうに見上げた。
---
「知ってるんですか?」
---
「あぁ」
---
短く。
---
「ドワーフ領で、ジョーが似た物を作ってた」
---
ルークが、
目を丸くする。
---
トールは、
再び周囲を見渡した。
---
水桶。
---
それ自体は珍しくない。
---
だが。
---
門脇の巨大な貯水井戸。
---
整備された配置。
---
見張り台。
---
そして、
木筒。
---
「町だからこそ、ここまでしなくちゃならないのか……」
---
小さく、
そう呟いた。
---
その時。
---
門の奥から、
男達が現れた。
---
革鎧。
---
腕章。
---
以前のヴァルデン自警団とは、
装備が違う。
---
腰には、
縄。
---
そして剣。
---
だが。
---
腕章の色は、
それぞれ違っていた。
---
さらに。
---
赤い腕章の男達だけは、
空の背負子と木筒を背負っている。
---
トールは、
僅かに目を細めた。
---
ドワーフ領で見た、
ジョーの火消し組に近い。
---
「止まれ!」
---
先頭の男が声を上げる。
---
トールは、
馬から降りた。
---
「クベルハイムから来た」
---
「ベルンハルトへの使いだ」
---
腰から、
革袋を外す。
---
表面には、
クベルハイム自警団の意匠。
---
泉。
---
森。
---
そして、
交差した二本の剣。
---
門番達の表情が、
少し緩んだ。
---
その時。
---
奥から、
大きな声が響く。
---
「おい、通してやれ!」
---
現れた男を見て、
ルークが目を丸くする。
---
大柄。
---
髭。
---
日に焼けた顔。
---
「俺はウィンブロン」
---
「ヴァルデン自衛団団長だ」
---
自衛団。
---
その言葉に、
トールの眉が僅かに動く。
---
「……自警団じゃないのか」
---
その言葉に、
ウィンブロンが鼻を鳴らす。
---
「クベルハイムか……」
---
「ジョー……あの若造は元気か?」
---
トールが、
小さく頷く。
---
「あぁ」
---
「相変わらず動き回ってる」
---
ウィンブロンは、
呆れたように笑った。
---
「だろうな」
---
そして。
---
周囲を軽く見渡す。
---
「見回るだけじゃ足りねぇって言い出してな」
---
「備える為の組織に変えた」
---
「だから、自衛団だ」
---
トールは、
周囲を見渡した。
---
整理された道。
---
増設された水桶。
---
各所へ置かれた砂袋。
---
以前のヴァルデンとは、
明らかに違う。
---
そして。
---
視線は、
再び木筒へ向いた。
---
「……これは何だ」
---
ウィンブロンが、
ニヤリと笑う。
---
「見せた方が早ぇ」
---
そう言って、
歩き出した。
---
町を抜ける。
---
やがて。
---
大きな水音が聞こえてきた。
---
滝。
---
岩肌を流れ落ちる大量の水。
---
ルークが、
思わず息を呑む。
---
その滝脇。
---
巨大な木輪が、
ゆっくり回っていた。
---
「……なんだ、あれ」
---
ルークが、
思わず声を漏らす。
---
滝の水が、
上から流れ込み、
巨大な木輪を回している。
---
ギィ……。
---
重い音。
---
木輪が回る度、
横へ伸びた棒が上下する。
---
その先。
---
木筒へ、
水が送り込まれていた。
---
トールが、
目を細める。
---
「……どういう原理だ」
---
ウィンブロンが、
笑った。
---
「水車って言うらしい」
---
「俺も最初は分からなかった」
---
「だがジョーは、“押し出してる”って言ってたな」
---
さらに近付く。
---
そこには、
木材と石材に囲まれながら、
図面を睨むドワーフの姿があった。
---
ベルンハルト。
---
石も木も知る、
建築ドワーフ。
---
「おう」
---
ウィンブロンが声を掛ける。
---
「クベルハイムから使いだ」
---
ベルンハルトが、
顔を上げた。
---
そして。
---
トールの持つ革袋を見て、
眉を動かす。
---
「来たか」
---
短く。
---
トールは、
革袋を差し出した。
---
「ダンからだ」
---
「用水路を見て欲しいと」
---
ベルンハルトは、
袋を受け取る。
---
図面。
---
掘削状況。
---
ノーム達の見立て。
---
それらへ、
素早く目を通していく。
---
そして。
---
小さく鼻を鳴らした。
---
「なるほどな」
---
短く。
---
「ノームの言う通りだぜ」
---
図面を軽く叩く。
---
「補強は必要だ」
---
トールは、
小さく息を吐く。
---
やはり。
---
専門家から見ても、
危うかったのだ。
---
その時。
---
ベルンハルトが、
ニヤリと笑った。
---
「あいつには、聞きたい事がたくさんあるんだ」




