第六章 第6話 休息
合併が迫り、
村はいよいよ忙しくなっていた。
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ヴァルデン領へは、
早馬を出した。
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頼るのは、
ベルンハルト。
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石も木も知る、
建築ドワーフ。
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用水路補強の為、
助力を願った。
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クベルハイムとモンテール、
両自警団は、
組ごとに役割を分けていた。
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巡回。
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待機所建築。
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用水路延長。
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そして、
水桶増産。
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輪番で休暇を回し、
休める者は休ませる。
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だが。
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ガルドだけは、
休まなかった。
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そして、
その奴隷も。
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名を、
エルナと言う。
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小型鹿の獣人。
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大きな耳。
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細い脚。
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そして、
警戒するような瞳。
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エルナの貢献もあり、
不足していた馬は、
残り五頭。
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片手で数えられるほどになっていた。
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だからこそ。
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ガルドは、
エルナにも休暇を与えていた。
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だが。
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エルナは休まない。
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森にも山にも入らず、
仮厩へ向かう。
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増えてきた馬達の世話。
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水。
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餌。
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毛並み。
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黙々と、
世話を続けていた。
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夕方。
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様子を見に来たガルドが、
小さく息を吐く。
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「休めと言っただろう」
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低い声。
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エルナの手が、
少し止まる。
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「……何かしてないと、落ち着かないんです」
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小さく。
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どこか、
困ったように。
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ガルドは、
しばらく黙っていた。
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そして。
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「いいから来い」
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短く言う。
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エルナは、
小さく頭を下げた。
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夜。
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ガルドの家。
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外では、
風が鳴っていた。
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火は、
小さく灯っている。
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机。
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椅子。
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干された外套。
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質素な家。
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エルナは、
静かに座っていた。
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落ち着かない。
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休めと言われても、
身体が止まらない。
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耳が、
小さく揺れる。
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外の音。
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風。
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馬。
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誰かが動いていないか。
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気になってしまう。
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向かい側。
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ガルドが、
黙って火を見ていた。
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「……お前」
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低い声。
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「ずっと気張ってるな」
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エルナが、
少し肩を揺らす。
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「……そんな事」
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「ある」
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短く。
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ガルドは、
視線を外さない。
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「休めと言われて休める奴が」
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一拍。
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「長く続くんだ」
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エルナは、
何も返せなかった。
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火の音だけが響く。
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やがて。
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ガルドが、
ぽつりと口を開いた。
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「……奴隷になって、長いのか」
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エルナの耳が、
小さく伏せられる。
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「……覚えてません」
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静かな声。
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「村が焼けて」
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「気付いたら、檻の中でした」
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一拍。
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「何回か売られて」
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「ガルド様の所へ来ました」
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ガルドは、
黙って聞いていた。
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エルナが、
小さく笑う。
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「だから、働けなくなるのが怖いんです」
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消え入りそうな声で。
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「役に立たなくなったら、終わりだから」
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その言葉に。
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ガルドの眉が、
僅かに動く。
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しばらくして。
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椅子が軋んだ。
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ガルドが立ち上がる。
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エルナが、
少し身体を強張らせた。
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だが。
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ガルドは、
その頭へ手を置いただけだった。
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大きな手。
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無骨な掌。
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けれど。
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乱暴ではない。
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「……俺がお前を選んだ」
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低く。
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静かな声。
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「だから」
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「俺と共に生きろ」
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エルナの耳が、
僅かに震える。
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「ガルド様……」
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火が揺れる。
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沈黙。
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近い距離。
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エルナは、
ゆっくり視線を落とした。
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逃げない。
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ガルドも、
何も急がない。
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ただ。
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その夜だけは。
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エルナは、
一人で眠ろうとはしなかった。
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エルナの耳が、
小さく震える。
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火の熱。
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風の音。
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そして。
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隣に居る、
誰かの体温。
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それだけで、
張り詰めていたものが、
少しずつ緩んでいく。
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「……ご主人様」
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小さな声。
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エルナは、
そっとガルドの服を掴んだ。
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「今だけ……」
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掠れるように。
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「傍に、居てください」
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ガルドは、
何も言わなかった。
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ただ。
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拒まなかった。
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初冬。
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小型鹿獣人であるエルナにとって、
今は発情期でもあった。
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落ち着かない理由を、
エルナ自身、
完全には理解出来ていなかった。
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けれど。
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今だけは。
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一人で居る事の方が、
ずっと怖かった。
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夢か現か。
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ここは桃源郷。
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優しい時間が、
二人を包んだ。
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外では、
風が静かに鳴っていた。




