園歌
新章入りました
僕達3人は部屋を出ると靴を履き、先程の軟禁部屋へと向かう。幸留はもう軟禁の心配は無いと言っていたが、本当だろうか。
僕はゆかりさんの肩を抱いたまま来た道を戻る。途中外へ繋がっているような道は無いか注意深く観察しながら歩いたが、外の景色を見ることは出来なかった。
恐らくこの辺りは建物の中心に近いのだろう。先程の部屋に窓が有った事を考えれば、あの部屋の方が脱走には向いていると思える。
しかし、この建物が平屋とも考えにくい。階段でも見つけられれば多少は建物の構造も把握できるのだが、それらしきものは見当たらない。
いつヘイズルの気が変わらないとも限らない以上、いつでも逃げ出せる準備はしておきたい。幸留に相談できれば早いのだろうが、こいつのあの席での態度を見るに、ヘイズル側の人間と見た方が良さそうな気がする。
よく言っても中立といったところだろう。僕とゆかりさんの側の人間ではなさそうだ。
僕は周囲を見回しながら、出来るだけゆっくりと歩く。
すると僕達の正面からスーツ姿の男が小走りに近づいて来る。とっさに僕は幸留とゆかりさんの前に立つように一歩踏み出す。
「平祇さん。ああ良かった。まだ部屋の方にいらっしゃらないのでまさかと思いましたよ。まだこんな所にいらしたんですね?」
若いスーツの男は緊張感の無い緩々の顔で僕の前に立つと、慇懃に頭を下げる。見れば先程ヘイズルの後ろにいたSPの男の片割れだ。
男は僕がゆかりさん達の前に立ち塞がっているのを認めると、
「いやだな、そんなに警戒しないでください。我が公国はあなた方の味方ですよ? まあ、今は無理でも追々信じていただけるでしょう」
ヘラヘラと笑う。
「何の用だ? ヘイズルを守ってなくていいのか? 」
僕はあえて挑発的な態度をとってみる。ヘイズル自身がそう呼べといったんだ。文句もあるまい。
安い挑発だが男はピクリと反応を示す。一瞬だが全身の筋肉に緊張が走ったのが見て取れた。しかし次の瞬間にはまた弛緩した態度で二の句を告げる。
「はあ……ヘイズル公ならば我々などいなくても問題ありませんよ。それに私は喧嘩はからきしでして。このスーツも肩パッド3枚も入ってますよ。アハハッ、なで肩なんです」
妙に甲高い声だ。見た目は小柄な男だがまさか女じゃないだろうな。
「申し送れましたが私、ヘイズル公の舎人を勤めさせていただいています。バーニア・バルンモンクと申します」
「舎人? 」
「はい。まあ公の身の回りのお世話をする小役人です。バニーとお呼びください。皆さんそう呼んでますから」
「で、そのバニーさんが何の用だと聞いてるんですけど? 」
……いかん。このバニーとかいう男の弛緩した空気に釣られて僕まで緩んでしまって、つい敬語を使ってしまった。
「ああ! すいません。御2人を宮内の御案内するよう公に申し付かっておりました。粗忽者であいすいません」
「宮内を案内? バニーが案内してくれるの? 」
「はい。丁重に御案内するよう、くれぐれ申し付かっております」
願ってもいないチャンスだ。この建物の造りが分かっているのと分からないとでは、今後の行動が大きく変わってくる。
勤めて冷静な素振りでその申し出を受けようとした僕を幸留が遮る。
「全く、ヘイズル公も二の矢が早いこと……尽くんもゆかりさんも少し考えを整理する時間が必要。案内は明日でいいかしら? 」
その申し出を幸留はバッサリと断ち切った。
「幸留、私は大丈夫ですから、バニーさんの仰る通り案内してもらいましょう。せっかくのヘイズル公の申し出を無下に断れません」
ゆかりさんも字面だけ見れば殊勝な事を言っているが、心中僕と同じだろう。
「駄目よ。ゆかりさん」
「でも……」
「バニー、宮の案内は明日。ヘイズル公にはそう伝えて。それから明後日の会談の時間。今すぐ教えて」
「いえ、時間の方は先程も申した通り、後日お伝えしますので……」
「……公のスケジュールは1月先まで決ってる。それをあなたが把握して無いわけが無い。まあいい。あと、明後日の会談もヘイズル公が先に部屋で待つのよ。尽くん達を待たせるようなマネはしないで」
「承ります。では御2人を御案内するのは明日にいたしましょう」
バニーはまたも慇懃に頭を下げると、僕達に道を譲るように脇に控える。僕はバニーの目の前をゆっくりと歩く。
口元に貼り付けたような笑みを浮かべながら、彼は僕達が通り過ぎるまで頭を下げたままの姿勢で動くことはなかった。
「なあ、何で断っちゃうんだよ……」
僕は部屋へ向かう足取りを僅かに速めると小声で幸留に不満を漏らす。
「建物の造りを中途半端に知っている者の方が、逃走ルートを把握しやすい分全く知らない者より、逃げ出した時遥かに捕まえやすいからよ。今の時間からじゃ、10箇所ほど逃げやすそうな出口をさり気無く見せられて、適当に切り上げられるのがオチ。
脱出の経路を探りたいなら徹底的に宮内を案内させなきゃ駄目」
「僕達が逃げ出した時の事まで考えて手を打って来たのか? ヘイズルは。案内するって聞いてヘイズルも間抜けな奴だぜ、ヘッヘッへ。とか思っちゃったよ、僕。」
「だと思ったわ。兄妹揃ってとんでもないお人好しね……」
「きついなあ……お人好しって言葉は褒め言葉じゃないんだぜ? 僕は馬鹿の丁寧語だと思ってるぞ? 」
「呆れた…ねえ? ゆかりさんはどう思う? お人好しって「利用するには最高」って意味……でしょ? 」
「え? さあ……。でも平祇さんは……とても…良い人ですよ」
「聞いたか幸留! お人好しと良い人では天地程も差があるんだぞ? 」
「私は異性からの良い人は、無関心という意味だと聞いた事がある」
「え? そうなの? 」
地味にショックだ。ラブは無いにして、ライク位だろうと思ってたのに……無関心とは……まあヘイトじゃないだけ……ましなのか?
・・・
・・
・
「公と話す前にまず私たち自身、話し合いが必要です」
部屋に戻って開口一番、ゆかりさんの放った言葉だ。
「平祇さんと幸留の目的が私には全く分かりません。まずは私達の目的、希望をはっきりさせるべきです。可能なら統一させたいです」
ゆかりさんは先程までの落ち込んだ様子とは打って変わって、腰に手を当て年長者らしく僕達にディスカッションを促す進行役を買って出たようだ。
知らない人が見れば、一番年下のゆかりさんが場を仕切っている様に映るだろう。
「意外と立ち直り早い」
「まあ、あの人これまでも散々不幸な目にあってるから……ああ見えてメンタルは強いと思うよ……」
僕達はそれぞれ椅子に座るとゆかりさんに注目する。彼女は凛とした態度で僕と幸留をたっぷり10秒づつ見詰めた後
「幸留。まずはあなたの立場を教えて下さい」
「立場? 」
「そうです。あなたは何故私達をヴァルベントに召喚したのか? その目的と経緯を教えて欲しいのです。もっとはっきり言えば、バニーさんの言い草では在りませんが私達の、敵なのか味方なのか、その立場を教えて欲しいのです」
「目的は最初に言った筈。経緯は複雑。まず私が紅葉に召喚された所まで遡るけど? 」
「最初からお願いします」
「そう? なら最初から話す。その上で私があなた達の敵か味方か判断すればいい」
ゆかりさんの、ある意味かなり切り込んだ質問にも幸留の表情は変わる事はなかった。
もしかすると幸留には誰かの味方、などという僕やゆかりさんのような思考自体存在しないのかもしれない。
誰の敵でも無い代わりに、誰の味方にもなり得ない。幸留という少女には、水に浮いたまま、それでも水に溶ける事を拒む氷のような、そんな危うい雰囲気が漂う。




