園歌
この章はナンバリングは有りません
「私が目覚めたのは牢の中だった。円形の部屋に8つの牢獄。8人の囚人。私や園歌や紗希はクラスメイトとともに、目覚めると牢に閉じ込められていた。私達が最初に見たヴァルベントの景色は、灰色の石造りの壁と金属の檻。それが夢で無いことに気付くのに、それ程時間はかからなかった。泣き喚く者もいれば、現状を把握しようとする者もいた。私は当然泣き叫ぶ……」
「え? 幸留が泣き叫ぶ? 当然って言うけど、どちらかと言えば冷静に分析しそうだけど? 」
「牢に閉じ込められただけならそう出来た。でもお化けのような黒い影が、今考えればヴァルベント人だけれど……黒い影が牢に入って来て、その時は死ぬほど怖かった」
「幸留にも一応感情はあったんですね……」
ゆかりさんの言葉に僕も大きく頷く。
「私も普通の女子高校生だ。泣く時もあれば笑う時もある」
そう言う幸留の顔はやはり無表情なので、にわかに信じ難い。少しは恥ずかしそうに言えば可愛げもあるのに。
「そして影、ヴァルベント人は私達1人1人にひと粒の丸薬を渡した。「これを飲め。それだけでお前達は解放され、元の世界に帰れる」そう言って影は消えた。真っ先に紗希がそれを飲み込もうとしたが、私や園歌、他のクラスメイト達も必死で止めた。その時はなんとか止められた」
「……ホントにお恥ずかしい…………」
「いや、私達も紗希を笑う事など出来ない。僅か3~4時間程で皆、その丸薬を見つめたまま口を開かなくなってしまったのだから……ただ限りなく怪しい、口にしたく無い、という思いは当然皆同じだった。悲劇の口火を切ったのは……誰でもない。私だった。私はポツリと、誰に向かってでもなくつぶやいた「これ飲んだら開放されるって言ってたよね? つまりこれは毒じゃないって事なんじゃないか……」と。私のつぶやきに友人達は賛同した。この丸薬は毒ではないのだ、と。
「皆の意識がシンクロし、集団ゆえの狂行をもたらす引き金を私が引いてしまったのだ。これを飲めばここから出られる。その声が合唱のように、時に輪唱の様に部屋に響く。園歌だけがそれを必死に止めていた。私は園歌の言葉に我に帰ったが、皆はそうではなかった。今思えば、皆をこれ以上は止められないと考えての行動だったんだろう。園歌が叫んだんだ……まず自分が呑むから、それを見てから皆飲めばいい……。
「私は園歌が丸薬を飲む事を止められなかった。
私は園歌が既に正気を失っているのではないかと思えて怖くなった。同時に、本当にこれを飲めば、なんらリスクを負う事無くここから出られるかもしれない。そんな甘い考えが私の中にしっかりと根を下ろす。
園歌が丸薬を口にした瞬間、園歌の牢の鍵が開いた。約束は1つ、果たされたんだ。
園歌が牢から出るのを見て皆はそれを口にしようとしたが、園歌は何時間か様子を見ようと皆を制し、皆もそれに従った。園歌は正気を失ったのではない。皆の為に自ら人体実験を買って出た……その時私はそう思ったんだ……
「園歌は皆の牢屋を回り、1人1人と、冷たい鉄の柵越しに話をした。園歌と話した友達は涙を流す者、礼を言う者謝る者、様々だったが、私は園歌が皆を励まして回っていると思い、改めて彼女の強さに憧れた。
5人の牢屋を回り、やがて園歌が私の牢の前に来る。そこで私は自分の考えが全て間違っていた事に気づいたんだ
「その時園歌と交わした会話は刻銘に覚えている……」
「園歌は私の牢屋の前に座ると大丈夫かと尋ねた。園歌は裸だった。尽くん達がそうだった様に、私達もまた裸でこの世界に放り出されたんだ。
私がお尻が冷たいと言うと、園歌は笑った。その笑顔を見ただけで私は涙が溢れそうになる。
「私の飲んだこの薬、なんだと思う? 」園歌の問いに私は迷ったが、たぶん毒ではないと思うと正直に答えた。
「そっか……幸留ちゃんが言うなら本当に毒じゃないんだね。安心したよ……」笑みを浮かべる園歌の目に安堵の色は見られなかったが、それでも私の言葉が僅かでも彼女の気休めになったと思って嬉しかった。
「それより園歌の身体は平気? 何か変化はあった? 」そう尋ねる私の顔を見て、園歌が驚いたように目を擦る。「幸留ちゃんてそんな顔するんだね? 初めて見たかも」
自分はその時どんな顔をしていたのだろう……そこで聞いておけば良かったと今になって思う。パチパチと瞬きする園歌に「暢気な事を言っている場合じゃないでしょ? 身体はどう? 」再び問う。
「全然平気。今のところは……」「そう……私が思うに、これは宗教的な儀式に使われるものじゃないかと思う。気分が高揚したり、幻覚が見えたりする類の薬じゃないか? 」
「おー、なるほど。説得力あるね。でもそういう症状も今のところ出て無いかな。やっぱ幸留ちゃんは頭良いね。綾ちゃんはひと粒でお腹いっぱいになるご飯じゃないかって言ってたよ」
園歌はおかしそうに笑う。綾香はいつも言う事がずれているので、私には大しておかしくも無い。それでも園歌の笑顔に、私は一時でも不安や恐怖を忘れた。
「あ、それから……」園歌が思い出したように人差し指を立てる。「幸留ちゃんの薬見せて? 私のと同じかどうか、違いが無いか見てみたいの」
なるほど、言われてみればそうだ。誰も全員に同じ薬が行き渡っている、などと言われていない。園歌には何の症状も出ていないが、最悪8粒の中にいくつか「当たり」がある可能性もある。
言うまでも無くこの場合「ハズレ」と言うべきだろうが。
私は彼女に言われるまま、小指の爪の先程の黒い丸薬を鉄格子越しに園歌に渡した。
彼女は右手でそれを受け取ると、先程からずっと握っていた左手を開く。
園歌がずっと左手を握っている事に、それまで私は何の違和感も無かったが、その開いた手の中に見えた数粒の丸薬に、それまで欠片も持ち合わせていなかった園歌への不信が一足飛びに閾値を超え、MAXに跳ね上がる。
「園歌! 何それ? 」園歌の右手首を掴むと、私の丸薬が園歌の右手からこぼれ落ち、牢屋の中へ転がる。あ、と園歌は小さく呻く。
「何で園歌が皆の丸薬持ってるの? それを一体どうするつもり? 」私は園歌の右手を握ったまま、強く問い詰める。園歌はフウと大きな溜息を吐く。
「他の薬と比べる為よ? 私が預かってきたのよ」園歌はにこりと微笑む。
いつも私を和ませてくれた笑顔ではない。偽りの笑み。
嘘! うそだ!
私は彼女と仲良くなってから、初めて彼女に対して抱く感情に困惑していた。この感情は私には扱いきれない。こんな感情の御し方を私は知らない。誰も教えてくれなかった! 制しきれない! 押えられない!
気付くと私は彼女の右手を思い切りつねっていた。「痛い痛い! 幸留ちゃん痛いよ! 」
私はハッと我に帰ると園歌の手を放す。「もう、何怒ってるのよ? 」彼女の言葉にようやく自分の感情の正体に気付く。
怒る? 私は怒っていたのか? いや、間違いない。そうだ。私は彼女に対して怒っているのだ。
「そりゃ怒るわよ! あんたそれどうするつもり? 私に嘘は通用しない! まさか1人でそれ全部飲む気じゃないでしょうね? 」園歌は私から目を逸らすと「うーん。それもいいかもね? 」言って向き直り、私に顔を近づけると「全員が飲め、とは言われて無いでしょ? いいアイディアだと思うんだけど……」事も無げにそう言った。
「そんななんだか分からない怪しげな丸薬を、そんなに飲むなんて、正気なの? 」
「仮に、仮によ? これが猛毒だった場合、私はもう飲んじゃったわけだから、私が全員分飲めば死ぬのは私1人じゃない? 仮に毒じゃなければ8粒が10粒だろうと問題ないでしょ? 」
「あなた……そこまで計算して皆より先に、最初に丸薬を呑んだの……?……」
私は絶望していた。園歌はこんな軽はずみな行動を起こす人間ではないと、信じていた。それは私の勝手な憧れだったけれど、私にとってはそれが真実だったのだ。
なんてばかなことを……私は泣いた……自分の甘さが、園歌の行為が、悔しくて情けなかった。
「ごめんね? 幸留ちゃん……私はね……この薬は間違いなく毒だと思うの……ただのビタミン剤でした。なんてことは無いと確信してる。幸留ちゃんが言うような儀式に使われる興奮剤みたいなものでもない。この異常な状況にふさわしい、異常な状態を引き起こす毒なのよ」
園歌には覚悟があった。皆を助ける覚悟。その為に自分を犠牲にする覚悟。なんの覚悟も無く、ただこの状況から逃れたい一心で、丸薬を口にしようとしていた私達とは違ったのだ……でも。
「私は……私は園歌のそんな愚かな考えに賛同しない! 私はあなたに逆らう。あなたにこの薬を渡さない。絶対にだっ!! 」
私は泣きながら叫んでいるようだった。涙が溢れ、滅多に出さない大声に喉がビリビリと痛む。
「幸留ちゃんもこれがまともな薬じゃないって、本当は分かってるんでしょう? だったら危険を冒す必要ないの! 私がそれを飲むから……それを渡して! 」
「いやだ!!! いやだ!!! ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダアッ!!! 理屈じゃないんだ!!! 私は……私は……ずっと園歌と共に生きたいんだ……これをあなたに渡したら……例えこれが毒じゃなくても、私はその資格を永遠に失ってしまう……」
最早私は駄々をこねる子供だった。
私は丸薬を握り締め、逃げるように牢屋の奥で縮こまる。
これは……毒だ……




