転移? 転生? 5
僕は黙ったまま唇を噛みヘイズル公を真っ直ぐに見る、彼の殺意さえ感じる瞳を逸らす事なく受け止める。
「なるほど、いい度胸だ。死にたがりは大勢見てきたが、こんな若い奴では珍しい」
「誰が死にたいもんか……。あなたは僕達を駒として使いたいようだが、捨て駒になる気は……ない」
「俺の前でそういう態度を取る奴を、死にたがりって言うんだ。覚えておけ」
ヘイズル公の目に力が篭り僕の胸ぐらをぎりぎりと締め上げる。僕は自分の交渉が失敗だった事を悟る。公にとって僕達は捨て駒としての価値しか無かったのだ。
結局甘んじて捨て駒になる事を受け入れ、いくらか命を永らえる。それこそが最良の選択だったと、今更ながら悟る。
自分が捨て駒であると気付いた駒が捨て駒として機能する事はない。
だから間違った選択に殉じる事になるとしても、僕は捨て駒にはならない……違う、そうじゃないか。正確にはもう捨て駒には「なれない」のだ。
神、紅葉を殺し、その罪をかぶってヘイズル公に殺される、その瞬間まで自分が捨て駒である事に気付かない。そんな捨て駒こそ公の求める駒なのだから、僕はその自らの持つ捨て駒としてのアドバンテージを捨てた。
「ヘイズル公。その手を御離し下さい」
この絶望的に緊迫した空気の中で、気弱そうな声が場違いに響く。
「なんだ、椚良さん? 俺は別に平祇さんをどうこうしようって訳じゃねえぜ。その手を下ろしなよ」
ゆかりさんは立ち上がってヘイズル公に掌を向けている。それはまるで銃を持った人間が持たない者を従えようとする様な絵面だ。当然彼女の手に銃などないが、公がその手を警戒している事は伺える。
何が起きているのか、ゆかりさんの行動にヘイズル公は明確な変化を見せる。公はこの状況を明らかに楽しんでいるように見える。
何がおかしいのか心の底から楽しそうな笑顔を浮かべる。
「もう平祇さんがどんな人間か十分分かったでしょう。私達はあなたに従う気はありませんが、敵対するつもりもありません」
公の後ろで立っているだけだったSPらしき男が、スーツから短刀を取り出すとそれをゆかりさんに向ける。ゆっくりと摺り足でゆかりさんに近づこうとする男を幸留が制する。
「無駄。その人は在らず命者だから。命のやり取りでは、ここにいる誰も適わない」
ゆかりさんが? 在らず命者だって?
「おいおい、俺はこのお嬢さんが在らず命者だとも魔法が使えるとも聞いてねえぞ? それともこれはこの子のはったりか? 」
「私達の世界では魔法なんて無い事は確か。はったりと断じて間違いないと思う。でも彼女はヘイズル公より年上。この子呼ばわりは失礼」
「年上? じゃあ本当に在らず命者なのか、この椚良さんは? 」
「何度もそう言ったはず」
「はは、ちゃんと聞いてなかったわ」
僕もゆかりさんも緊迫したままだが、ヘイズル公と幸留は妙に弛緩した空気を醸す。SPの男も短刀を懐に収める。
よく見ればヘイズル公とゆかりさんの間には、薄い膜のようなものが張られている。SPの男が突き出す掌が光っているから、これが公を守っている物、魔法だろう。
もはやヘイズル公に先程の殺気は無くなっている。
「分かったよ。まあ俺も在らず命者と喧嘩する気はねえ」
僕から手を離すとポンと僕の肩を叩く。とても丸く収まったなどとはいえないが、一応ヘイズル公が引いてくれる形だ。
ゆかりさんが魔法なんか使えるわけも無いし、脅しとしてもあっさりと見抜かれてその効果はゼロと言っていいだろう。公はやれやれといった体で両手を広げる。
そして、その手を握ると頑強な拳を作り、何の躊躇も無くそれをゆかりさんの顔に叩き込んだ。
ゆかりさんの身体は壁に叩きつけられ、その場に崩れ落ちる。
「ゆかりさん!! 」
僕は彼女に駆け寄るとその身体を支える。
「ヘイズル! てめえなにしてんだよ! 」
「いや、不老不死なんて見た事ねえから、どんな化け物かと思ってよ。どうせ平祇さんのせいで交渉は始まる前から決裂だ。俺の駒にならねえなら御2人とも用はねえ」
ヘイズルのSPの男2人は抜刀すると、僕達とヘイズルの間に割ってはいる。
まるで他人を道具としか思っていないこの男に最初から交渉の余地など無かったんだ。この部屋に入った時点でこいつの言う通りに死ぬか、逆らって死ぬかの2択しかなかったんだ。
「くそっ! 」
ゆかりさんは僕に抱きかかえられたまま鼻を押えているが、指の隙間からパタパタと赤い血が滴る。
「後日また改めて俺達の今後について話し合おうぜ、平祇さん。よおく椚良さんとも話し合って、お互いいい関係が築ける様な、そんな話し合いをしようぜ」
「ふざけんな! こんな事しておいて後日なんてあるか! たった今この話は決裂っ」
突然襲い掛かった衝撃に、僕はそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。鳩尾を誰かに殴られたようだが僕の傍にはゆかりさんしかいない。
衝撃に呼吸が止まる。胃の中の物を全て吐き出しそうな衝撃。
「尽くん。それくらいにして。なにをそんなに怒っている。頭を冷やせ」
「幸留……おまえか……」
膝が折れ、倒れそうになる身体をを気力で支える。今度は逆にゆかりさんが僕を支える格好になってしまう。
彼女の手に付いた血が僕の服を赤く染める。
「ヘイズル公。次はいつ時間が取れる? 」
幸留の言葉にヘイズルがSPの男に目配せすると、男はなにやらヘイズルに耳打ちする。
「そうか、じゃあ明後日だ。時間は幸留に追って知らせる。今日は有意義な時間をすごせたよ、平祇さん」
部屋を出て行くヘイズルに続いてSP2人も刀を納めて、僕達に頭を下げ部屋を後にした。刀を向けた相手に頭を下げる……馬鹿にしている。




