表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
希望の天秤  作者: ネタの砂漠
21/25

転移? 転生? 4

 僕がそんな瑣末な事を考えていると、とても公爵様のいる部屋に入るとは思えぬ豪快さで彼女は襖を開ける。

 「連れて来た」

 ホントにここにいる人は偉い人なんだろうかと疑う程に彼女の態度は変わる事がない。

 「おう、ご苦労。まあ上がれ」

 中から聞こえてきた声は恐ろしくドスの効いた声だ。僕的には公爵などという人間に縁はないが、どこか王子様的な姿を想像していただけに面食らった事は否めない。

 だが怯んでばかりもいられないので僕も幸留に続いて部屋に上がる。恐らく何らかの交渉、あるいはなにか僕達にさせたい事があるのだろう。相手がどんな人間だろうと迂闊な返事も、その場凌ぎの右顧左眄うこさべんな蝙蝠的な態度もとれない。


 まず目に入ったのは分厚いテーブルと1人上座で胡坐を掻いて座っている男だ。その後ろにスーツ姿の男が2人立っている。

 部屋の隅には囲む形で十数人のスーツの男達が、「やすめ」の姿勢で立っている。そのいかつい体つきからSPのような者だろうと思うけど、いくら公爵様とはいえこんなに大勢SPを従える必要あるのか?

 よほど程治安が悪いか、この公爵が用心深いのか、色んな人に狙われてる人なのか。


 「どこに座ればいい? 」

 「四方同席だ。この部屋は上下かみしもねえから好きな所に座れ」

 「だって。2人共座って」

 幸留が言うだけあって、ここは間違う事無き畳み敷きの和室だ。座るとは正座でいいのか? 胡坐がいいのか?

 幸留はスタスタと歩いて上座の男の傍に立つ。部屋の隅にいたスーツの男が、黙ってその場に座布団を敷くと幸留はそこに正座した。

 僕とゆかりさんは黙って顔を見合わせると入り口に一番近い位置、男と対面する位置に座る。


 「座布団が遅え! 御客が座る前に敷けねえのか!! ああ? 」

 突然、上座の男が猛るライオンの様な怒声を上げ、僕の身体がびくりと震える。見ると僕の後ろで座布団を持った男が冷や汗を流している。どうやらここでは座布団が敷かれるまで待つのがマナーらしい。

 何故か男の後ろに立っていた2人の男が頭を下げ上座の男に謝罪する。

 僕が慌てて立ち上がると座布団の男は後ろに下がり、別の2人の男が2枚の座布団を重ねて敷く。

 ここに座るの? 僕? 

 

 やべえ。まじでやばいよ。僕が想像してた公爵様と全然違う。もっとこう貴族的な、英国王室的なものを想像していただけに、そのギャップが全然埋まらない。

 ものすごいプレッシャー掛けてくるよ、この人。ゆかりさんもなんとなく顔色が悪い。

 そんなゆかりさんを見て、自分が相手のペースに呑まれていたことに気付く。アウェーの空気に危うく思考を放棄するところだった。


 僕はここで自分の考えを整理してみる。整理というより捨てる、思考の断捨離だんしゃりだ。最低限必要な思考意外を捨てる。


 第1に僕達の命の保障。ここだけは譲れない。

 第2にある程度の行動の自由。先程のような軟禁状態はごめんだ。それ以上はボーナスのような物と考える。

 情報も、権利も、必要以上に欲しがっては駄目だ。そこに付け込まれる。最悪この2つだけはなんとしても取り付けないと……

 

 「悪かったな、平祇さん。椚良さん。いきなりみっともねえ所晒しちまって」


 男は豪華に輝く金の長髪を掻き上げる。薄いグリーンの瞳は鋭く輝き、どれほどの修羅場を潜ればこんな目付きになるのかと思う程鋭角に僕を刺す。この男が公爵様か。

 貴族のボンボンではなく、生え抜きの雰囲気が全身から漂っている。武人のイメージに近い。

 その男が「おい」と一言発すると部屋の隅にいた男達は皆部屋から出て行く。なに? この人達SPだと思ってたけど座布団係だったの?

 公爵様の後ろの2人の男達はこの場に留まるようだ。なるほど、SPはあの2人だけか。


 さて、と公爵様が口を開く。

 「遙々異世界日本からようこそ、我等がヴァルベントへ。平祇さん、椚良さん。俺はヘイズル。ヘイズル・ソーリンシュィンドだ」

 「本人はヘイズルと呼べ、と言う。でも一応ヘイズル公と呼ぶ方がいい。呼び捨てだと本人より周りが五月蝿い」

 横から幸留が補足を加える。彼女には物怖じすると言う単語はないのだろう。だが僕も彼の威勢に怖気づいてばかりもいられない。最初から相手を恐れていてはどんな商談も交渉も負けだ。


 「ヘイズル公。先程僕達を客、と言っていたが、この国では客を軟禁するのがもてなしなのですか」

 ヘイズル公が先程怒鳴ったのは交渉を有利に運ぶための威嚇だろう。その鋭い眼光と合わせて効果は抜群だが、ここで引く事は出来ない。

 「そう尖がるんじゃねえよ、平祇さん。一応俺達はあんたの命の恩人なんだぜ? 200兆もの魔力を使ってあんた等をこっちに避難させたんだ。おお、勘違いしないでくれ? 別に恩に着せようって訳じゃねえから、気にしないでくれ」

 ヘイズル公は豪快に笑う。恫喝と懐柔をセットで持ち出されては、どうしてもその言動は懐疑的に見えてくる。

 「200兆の魔力。とやらがどういうものか分からない以上、あなたにどれほどの恩を受けたのか、僕には測りかねます」

 「恩に着せるわけじゃねえから気にするな、と言われて、はい、気にしません。と言う奴を見るのは初めてだぜ。……笑えるな? 平祇さん……」


 ヘイズル公は相変わらず僕を睨む様に見据えていたが、後ろに立つ2人の男達は僕の言葉に明らかな怒りの色をみせる。


 「2人共。腹の探り合いは止めて。ヘイズル公も早く本題に入って」

 幸留が僕達の仲裁に入る。彼女自身は仲裁のつもりはないのだろうが、僕達の会話が無駄なものであるとの判断だろう。

 「まず相手を見る事は会話の基本だぜ? いきなり本題に入るような会話は無粋なだけだろう? 」

 「それはまた時間のあるときにして。公の時間は残り10分しかない。5分も無駄にした」


 ヘイズル公はやれやれと口に出して言う。その芝居がかった台詞にこの男の本心を初めて見た気がした。本音と言い換えた方がいいだろうか?

 と言ってもそれ程大げさな話ではない。ヘイズル公は僕達を測ることにこそ重きを置いているようで、本題とやらは後の話なのだ。二の次と言ってもいい。


 いまだ僕達という人間を測り切れていない不満をありありとその瞳に宿しながら、ヘイズル公は本題を切り出す。

 「まずヴァルベントには3種類の人間がいる。元々の姿のまま生きているヴァルベント人。俺達のような肉持ちといわれる人間。それとらず命者みものと呼ばれる不老不死の人間だ」

 在らず命者? あらずみ……確かゆかりさんにかけられた呪いもあらずみの呪いじゃなかったか? あらずみというワードに咄嗟に僕は公の話に口を挟みそうになる。しかしせっかく本題に入った話の腰を折るわけにもいかず、僕は公の話を黙って聞くことにする。

 

 「と言っても、殆どは肉持ち。お前さん達と同じ人間だ。僅かにヴァルベント人が残ってるが、連中もいずれ肉を手に入れて俺達と同じ人間になるだろう。在らず命者はこの世界には片手で足りる程しかいねえ」

 クルト・クニルが言っていた肉持ちとはそういう意味だったのか。つまり彼女はこの世界本来の人間の姿という事か。

 これは僕にとって意外な情報だった。クルト・クニルがあまりに下品なので、人間に使役される使い魔のようなものだと勝手に思っていた。


 「この世界本来の種族。ヴァルベント人は肉体を持たない。謂わば魂だけの影のような存在だった。ところが1000年程前、この世界に紅葉と呼ばれる神が光臨して。ヴァルベント人に肉体を与えた。1000年かけて人間は増え続け。今ではこの世界で圧倒的多数の勢力だ」

 「紅葉が神? 紅葉って幸留やゆかりさんに呪いをかけた張本人だろ? そんな奴がこの国では神なのか? 」


 ここまでおとなしく聞き役に徹していた僕だったが、幸留の補足説明にとうとう口を挟んでしまった。勿論幸留に向けて放った言葉だが、返したのはヘイズル公だった。

 「しょうがねえだろ。奴はもう1000年もこの世界の人間に崇められてんだ。ヴァルベント人は肉体を与えてくれた紅葉を神と崇め、持たないものは肉を求めて紅葉に縋る」

 「じゃあ、ヘイズル公。あなたのその身体も紅葉に与えられたものなのか? 」

 「そこだよ」

 公はその太い足をパンと叩く。まるでそれこそが本題であるかの様に、したり顔を僕に披露する。


 「俺達はもう自分達だけで生殖と繁栄が出来るに十分な数を得た。もう紅葉に肉体を与えられるのを待つだけの存在じゃねえんだよ……俺達に……いや、この世界にもう神はいらねえ」

 「ヘイズル公。少し口が滑りすぎではない? ……「あらぬ」誤解を受けるような口は慎むべき」

 幸留が公爵に対し釘をさす。なんと言うか最早参謀、とでも言った方がしっくりくるような雰囲気を醸し出している。

 「おっと、こいつはいけねえ。われらに肉を御与え下さった紅葉様だもんな。滅多な口を利くもんじゃねえな。紅葉様がお隠れになれば呪いも解ける、としてもな……」


 ヘイズル公はその白い歯を見せて不気味に笑う。この男笑顔さえ交渉の道具として用いる。幸留の様に表情が変わらない人間の感情も読みにくいが、この表情豊かな男が何を考えているのか、それを読み取る事は更に困難に思える。

 

 紅葉がこの世界の神である事にも驚きを禁じえないが、僕はこの男の二枚の舌の使い分けにこそ不気味さを感じる。

 初対面の僕に対して思惑を晒しすぎではないか? この男は神である紅葉への謀反、不義の意思をあからさまに晒してきた。


 この男、僕に一体何をさせようと企んでいるんだ。いや、その話し振りから見当は付くがはたして本気で言っているのか。

 例え僕にそれ、言ってしまえば神への謀反、をさせようという魂胆がこの男の本心だとしても、何故僕なのか。


 しかしこの、何故僕なのか、という所まで行き着いてしまえば答えは簡単だった。都合のいい物語のように、僕が勇者の生まれ変わりだとか、特殊な能力を持っているから、ではない。

 ここにいるヴァルベントの人間が持たない「特殊な経歴」が僕にはある。その特殊な経歴こそ何故僕なのか? の答えだろう。

 ……転移……。他の世界からの移住者という経歴。もし公が欲しているのが僕のこの経歴だとしたら、それを口にする事は危険な賭けといえる。


 「「それ」を僕達にやれと? 僕等のような異世界の者なら切り捨てるのは易い、あなたの縁故の者では事後の処理が色々と煩雑になる。そういう事ですか? 」

 ヘイズル公は顎に手を当てると1つ溜息を吐き、ゆっくりと立ち上がると僕の胸ぐらを掴み強引に僕と目の高さを合わせる。鬼のような猛々しい顔が僕の目の前にある。

 恐ろしさのあまり飛んでしまいそうな思考を何とか繋ぎ止める。僕はありったけの勇気で公の殺気の篭る瞳を睨みつけ、続きを口にしようと唇を開く。だが、声が震えてしまいそうな気がして咄嗟に強く唇を噛む。


 ここで選択を間違えたら僕達には不幸な結末、バッドエンドしか待っていない気がする。冒頭からクライマックスがやってきたという根拠のない予感。

 どれほど恫喝されようと、恐ろしかろうと、ここで流されるような決断をしたら絶対に後悔する、そんな予感に全てを賭ける。

 

 「なめた口きいてんじゃねえぞ。「それ」ってなんだ? ああ? 」

 存外に静かな声でヘイズル公は凄む。

 「あなたの前でそれを口にしない方が……ヘイズル公にとっては都合がいいんじゃないですか? 」

 「いいから言ってみろ。場合によっちゃ、この場でお前の首を叩き落さなきゃならねえぞ? 」


 神殺し。

 

 紅葉がこの世界でどれほどの信仰を集めているかは分からないが、公の態度からそれが大罪、文字どうり神に弓引く行為であることは容易に想像がつく。

 僕の思惑に反してこの交渉は、始まる前からあらぬ方向へと向かっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ