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竜さん登場

 納得はした。

 ここが魔界だということを。


「……そりゃあ、狼が人になったり、竜になったりしたら、ファンタジーだって思っちゃうよね……」

「何かおっしゃいましたか?陛下」

「ううん。何でもない」

 もぞもぞと茜はシーツに潜り込む。






『ぎゃああぁーーー!痴漢ーーー!!』

『ふんぎゃっ』

 ロケット噴射並みの威力で、茜はギルバードに頭突きをしてしまった。

 美青年は鼻血を出しながら、それはそれは見事な弧を描いて後ろに倒れてしまった。


 もちろん全裸で。


 父や兄弟以外のアレを見たのは幼稚園以来である。

『いやーーー変なもの見せないでよっ!変態っ、露出魔っ、イケメン!』

 最後の一言はむしろ褒め言葉である。

『ギャハハハ!さ、最高だぜ、嬢ちゃん!』

 爆笑しすぎて窒息死しそうなザイードは、しまいには突っ伏して床を叩きだす始末。

 叩くたびに床がひび割れていってるのは気のせいだと思いたい。

『みんな~歩くの早すぎるよう』

 後方から息切れとともに聞こえてくるのはロイの声だろう。

『駄犬には躾ではなく、折檻が必要だな……』

『ぐえっ!?』

 ミシミシと骨が軋む音がする。

 踵の高いブーツでギルバードを踏みつけるルツィーアは優雅な手さばきで細身の鞭を取り出した。

『くくっ。嬢ちゃん、イイもの見せてやるぜ』

 にかっとザイードは涙目で笑った。

 

 ……パチン。


 小さな破裂音が聞こえた瞬間。


 目を開けていられないほどの爆風が吹き荒れた。

 ごうごうと吹きすさぶ風は竜巻を思わせ、耐えることができなかった茜は、ころりと後ろに転がってしまった。

『ひいぃ……』

 ちなみに、やっと追いついたロイは爆風に遥か彼方に追いやられてしまった。

『……こんの阿呆!城が壊れるだろうが!』

 髪を振り乱してルツィーアは麗しいかんばせを激昂させている。


『竜だ……』

 そこには純白の鱗を持つ竜がいた。

 大きな巨躯をぐるりと巻く姿は小高い山よりも大きい。茜など簡単に握り潰せそうな鉤爪の前足が目前にある。

 廊下に入りきれなかった体の一部が天井や壁を突きぬけ、ぱらぱらと残骸が降り注いでくる。


 悪戯にしてもこんな特大サイズ、一朝一夕で作れるものじゃない。


 まさか。本当に……魔族?


 へなへなと腰を抜かした茜はその場に座り込む。

 それを見た竜は満足そうにニタリと笑った(ように見えた)。

 その際に見えた牙の鋭さに茜はぞっとする。


『陛下がお怪我でもされたら、どうするんだ!駄犬の餌にするぞ、爬虫類めが!』

『おいおい、俺は嬢ちゃんが魔王陛下だなんて認めてねえぜ。だから嬢ちゃんが怪我しようが、死のうが構わねえんだよ』

『貴様……』

『俺だって認めてないからな!』

『駄犬は黙っていろ』

『ま、認めてはねえが、嬢ちゃんのことは少しは気に入ってんだぜ?』


 パチン。


『へ?』

『ブラスタ!陛下に汚らわしいモノを見せるなっ!』

『コレのどこが汚らわしいんだよ。立派だろ?ほれほれ』

『切り刻むぞ、ジジイ!』

 目の前には褐色の肌をしたザイード。


 もちろん全裸で。


 アレを見たのは……ああもうメンドクサイ。


 夢に出てこないといいなぁと祈る茜だった。






「色々あってお疲れでしょう、陛下。こちらの部屋にてゆっくりお休みくださいませ」

「あのね、ルツィちゃん。ここが魔界ってのは分かったけど、わたし、魔王になるつもりはないからね。それに家に帰りたいし」

「陛下……」

「それとね、わたしのことは陛下じゃなくて、茜って呼んで欲しいな」


 紅いビロードのカーテンを閉めるルツィーアの手が止まった。


「それはご命令でしょうか?」

「えっ。違うよ!これはお願い。だって名前のほうが親しみ湧くし、ルツィちゃんと友達になりたいから!」

 絶世の美少女と友達になれるなんて。加えて彼女は魔族。

 幼馴染が聞いたら羨ましいと言って怒り出すだろう。

「ともだち……」

 きしり、と音をたててルツィーアは茜が横たわる寝台に腰掛けた。

「三十年待たずとも、帰る方法はあるのですよ」

「えっ?そうなの?」

「はい。それも条件など満たす必要もございません」

「どんな方法?教えて!?」

 シーツを捲り上げて起き上がった。


「アカネ様が魔王陛下になればよろしいのです」


「……様はいらないってば。え~っと、わたしは魔王にはならないって……」

「アヴィール陛下は魔界全土の術者が束になっても敵わないほどの魔力の持ち主でした。それこそ、異界渡りの儀など片手で済ませるほどに。

 もしアカネ様が覚醒をなされたら、それと同等の魔力を持つでしょう。魂の根源が同じですから、保有している魔力も同じかと」

「それ本当?」

「推測ではございますが、可能性としては高いです」

「……そっか。魔力って魔法みたいなもの?」

「そうですね。厳密には同じとは言えませんが、似たようなものです」

「空飛んだり、手から炎出したり、動物と話せたり、逆ハーレム作ったりできるかな!?」

「最後のお言葉の意味がわかりませんでしたが。魔力を使いこなせたら、アカネ様は何でもできます」

「よっしゃーーー!なんかやる気出てきた!!」

 茜は勇ましくガッツポーズを決める。


 何もしないで三十年待つより、可能性にかけてみないと。

 もし帰れたら、蘭子に自慢してやろう。


 一人ほくそ笑む茜だった。


「アカネ様。私はこれで失礼いたします」

 片手に体重をかけて、ルツィーアは体を傾けた。

 甘い花の香りがふわりと香る。


 カーテンの隙間からこぼれる光に映し出されたルツィーアは美しかった。


 ……まつげ、長いのね。ここまで長いと、目に刺さらないか心配だよ。


 というくらいルツィーアの顔が近づく。


「それでは、よい夢を。アカネ様」

 艶然と微笑むルツィーアは壮絶な色気を放っていた。

 あまりの美しさに茜は息をのみ、じわじわと顔を赤くした。

「う、うん?お、お、おやすみなしゃい!」

 肝心なところで噛んでしまう。

「おやすみなさいませ」

 軽やかな足取りでルツィーアは部屋を後にした。


 お、同い年なのに(ルツィーアの正確な年齢は知らないが)、なんだあの色気は……。

 おかしいな。わたしは百合要素は持ち合わせていないはず。


 バクバクと心臓が高鳴っている。


 しかし、ルツィーアが部屋のドアを閉めると同時。

 茜は抗うことなく夢の世界へと入っていった。


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