第15話「久世とキーラ」
◇久世
壁のモニターの一つに、駐車場が映っている。
外壁の柱と柱のあいだに、六人が寄っていた。
反社一号と、反社モブの五人だ。
昼食のあと、寝床のフロアへ戻る列から外れてきた連中だ。
反社一号が下へ身を乗り出し、何か言って、頭を下げた。
「反社一号が、また敬語を使いました。下の男にだけです」
「……あの男が、敬語を」
車路の画面を寄せさせる。
人だかりの中で、男が一人、上を見上げていた。
周りの二、三人も、同じほうを見ている。
車路の声は、まだ頼む声だった。
「子供がいるんだ」
「水だけでいい。水だけでいいから」
その上を、外のスピーカーが同じ調子でなぞっていく。
「当ビルでは現在、避難者の受け入れを行っておりません」
「外は、観測の対象外だ。大きい画面は、寝床に戻せ」
壁の中央が、寝床のフロアに切り替わる。
車路の映像は、端の小さな画面に移った。
机の端に、昼にホテルマンが置いていった包みがある。
「久世、食べなさい」
「……あとでいい」
「最後の食事から、十四時間が経っています。食べなさい」
包みを開けると、小さめのバーガーだった。
画面から目を離さずに、挟まった薄いトマトを指でつまむ。
「トマトも食べなさい」
トマトを戻して、かじった。
二口目で、キーラが言った。
「白石さんが、いらっしゃいます」
口の中のものを、まとめて飲みこんだ。
扉が開き、白石が入ってくる。
キーラの声が、室内のスピーカーに移った。
バーガーの包みを丸めて、机の下へ押しこむ。
湯呑みを二つ出し、一つを棚へ戻した。
急須の茶を、残った一つに注ぐ。
「し、白石さん。ど、どうぞ」
白石は湯呑みの前に座り、手を膝に置いた。
「本日のご報告でございます。
皆さまが勝ちだと思っていらっしゃるものは、
点数とは別でございます。
それでも、ナイスガイには高い点が入っております」
「わたくしも、ナイスガイに入れました。
皆さまに読みをご説明して、チームを動かしておられましたので」
「そ、そうだろう。わ、私のナイスガイだ」
端の画面で、車路の声の調子が変わった。
「開けろよ」
「いつまで待たせるんだ」
白石が、その画面を見上げる。
「外の方々、お声の調子が変わってまいりましたね」
声が、少しだけ弾んでいた。
白石は、笑っていた。
椅子ごと、半歩ぶん下がる。
白石は茶に口をつけずに立った。
「これから、忙しくなりますので」
笑顔のまま頭を下げ、出ていく。
扉が閉まった。
「……忙しく、とは。夕食の支度か」
キーラは答えない。
耳の中に声が戻ったのは、しばらくしてからだった。
「ほかの参考人の点です。
子供に、高い点を入れた方がいます。
プリンを取った方に、加点した方がいます」
「……プリンは、もういい。次」
「アイスにポテトを入れた方と、作戦を人に任せた方に、
加点した方がいます。
同じ方が、ナイスガイは真面目すぎると、少し減点しています」
「……真面目で、減点か」
「区別が必要になりました。お二人に、名前を付けてください」
画面の金色の髪と、一本ずつ色の違う爪を見比べる。
「その眼差しに憂いを宿す金髪アメリカーナ、略してプリンセス」
「それより、こういった女性が好みなのですか」
返事をせずに、隣の画面を指さす。
「この極限下でもネイルを大事にするネイラーギャル、
略してJKギャル」
「……久世。あなたは、いつもこうですね」
「はーっはっはっはっは!
敗北を知らぬ私のネーミングセンス、素晴らしいではないか」
端の画面では、人だかりの中の男が、まだ上を見ている。
「外のヤクザは……もう飽きた。組長でいい」
「組長ではありません。カシラと呼ばれていました」
組長の後ろで、口を開ける顔が増えていく。
夕方には、車路の声はすっかり変わっていた。
「開けろ」
「中で飯食ってんだろ」
「俺たちにも、食い物をよこせ」
外のスピーカーは、同じ調子で受け入れの停止を繰り返す。
食堂の画面に、夕食の台が映る。
脇に「防災の日」の札が立っていた。
並んでいるのは料理の皿ではなく、色の違う包みだ。
自衛隊、アメリカ軍、イタリア軍の戦闘糧食。
台車を押してきたのは、笹川だった。
「はーい、皆さん。全員分ありますからね」
「欲張って二つ取ると、足りなくなりますけど」
「お好きなだけ、お取りください」
ナイスガイのチームは、一人一つずつ取った。
テーブルで包みを開け、中身を真ん中に寄せていく。
アメリカの袋に水が注がれ、湯気が上がる。
プリンセスが、イタリアの包みから細い小袋を振ってみせた。
自衛隊の包みの沢庵が、皿ごと回されていく。
JKギャルが一切れかじり、何か言って、皆が笑った。
その奥に、六つの席が空いたテーブルがある。
駐車場の画面に目を移すと、六人はまだ柱のあいだに立っていた。
「六名は、駐車場です」
「食事を抜くと、点が……」
後ろのチームの番になった。
一人が包みを二つ抱えて戻る。
次の男は、三つ抱えていた。
「欲張ると足りないと、言っているのに。
なぜ二つ……いや、三つだと!!」
「一人一個が、なぜできんのだ」
「予測の範囲内です。
禁止されていないことは、必ず誰かがします」
三つ抱えた男が、アメリカの包みから開けた。
一口食べて、顔をしかめる。
「チーズと野菜のオムレツです。
アメリカ軍で、いちばん評判の悪かった献立です」
台の包みは、後ろへ行くほど減っていった。
足首にテーピングをした八人までは、一つずつ回った。
最後の三人の前で、台が空になる。
昼に公平を説いた年配の役員が、空の台の前に立っていた。
笹川が、台車の底から段ボールを引っぱり出す。
「あ、これ余ってたんで。どうぞ」
三人の手に、乾パンの箱が一つずつ渡った。
夕食の皿が下げられたころ、床が横へ流れた。
ゆっくりと、長く。
机の上で、湯呑みの茶が片側へ寄る。
館内の画面では、誰も立ち上がらない。
車路の画面だけが、大きく揺れていた。
人だかりが崩れ、車路の脇で瓦礫が落ちる。
悲鳴が、スピーカーの割れる音になった。
揺れが引くと、声がそろった。
「開けろ」
「開けろ」
遮断壁を叩く音が、その下に混ざる。
「心拍が上がっています。外の音を下げます」
「……下げなくても」
「下げます」
車路の画面から、音が消えた。
口だけが動いている顔が、端から端まで並んでいる。
駐車場の画面からは、遠い声が届いていた。
六人は、外壁の際から動かない。
夜になって、駐車場の照明が落とされた。
外壁のシャッターは、上がったままだった。
六人は、その場に座りこんでいる。
画面の端から、白石が現れた。
台車を押している。
載っているのは、巻いた太い綱の束だ。
六人が立ち上がる。
白石は何も言わない。
一日目の朝、適性確認を告げたときと同じ角度で、頭を下げた。
「白石は、何をしている」
「駐車場にいらっしゃいます」
耳の中は、それで静かになった。
六人が、台車から束を取る。
白石は手を出さず、少し下がって見ていた。
「……あれは、何だ」
「縄ばしごです」
六人が、柱のあいだから縄ばしごを投げ下ろす。
束がほどけながら、車路のほうへ垂れていく。
車路で、口だけ動いていた顔が、一斉に止まった。
どの顔も、上を向く。
人だかりの中で、組長が、はしごの先を見上げていた。
「……ああ。いい。
蜘蛛の糸は、降りた」




