第14話「ハンバーガー」
「攻め、十。内側から手引きする」
「守り、一。警備員を立たせる」
黄緑のジャージの男が、俺のカードを見下ろして、鼻で笑った。
「一かよ。楽勝じゃねえか、こんなもん」
黄緑のジャージの男が、積み木のビルに手を伸ばした。
いちばん下の積み木をつまんで、横へ引き抜く。
積み木の屋根が、一段下がった。
向こうの列で、仲間の五人が手を叩く。
高校生の四人は、後ろで黙って見ていた。
二番目は、おじいさんだ。
小型のドローンが、二枚のカードの上で止まる。
「攻め、九。従業員を人質に取って、防災センターへ案内させる」
「守り、二。大音量で追い払う」
おじいさんは、自分のカードをもう一度見下ろした。
それから、チームの端に立つ兄妹の、小学生の妹のほうを見る。
今朝、パンフレットの紙で鶴を折ってやった子だ。
積み木が、また一つ抜かれる。
三番目に、おばあさんが前へ出た。
「攻め、八。縄ばしごで駐車場によじ登る」
「守り、三。強い照明で目をくらませる」
積み木が、また一つ減る。
屋根が、また一段下がった。
向こうの列で、仲間の一人がつぶやいた。
「……このビル用の攻撃か」
黄緑のジャージの男は、答えない。
低くなった屋根を、黙って見下ろしている。
屋根の下に残った積み木は、二つ。
あと二つ抜かれたら、屋根は床に着く。
兄妹の父親と母親が、そろって俺の顔を見た。
外壁の開いたところから、外の放送が入ってくる。
受け入れを行っておりません、という声が、また頭から繰り返された。
四番目に、金色の髪の女性が出る。
胸のポケットから、カードを抜いた。
向こうの男は、もう積み木のビルに手を伸ばしかけていた。
カードを、まだ返してもいないのに。
「攻め、七。火炎瓶で入口を燃やす」
「守り、十。遮断壁をすべて下ろす」
男の手が、積み木のビルの手前で止まる。
ドローンは、それきり何も言わない。
男は、手を引っこめた。
向こうの列が静かになった。
黄緑のジャージの男が、列の後ろを振り返る。
女性が、俺を見下ろした。
「Yes! プリンの力、です」
五番目は、ネイルの女子高生だった。
「攻め、六。壁が開いた隙に、なだれこむ」
「守り、九。監視窓から放水する」
女子高生は、積み木のビルと自分のカードを何度か見比べた。
「え、うちら勝ったの。マジで」
「さすがうち。苦手とか言ってたの、なしで」
「おじさん、作戦当たってんじゃん。ウケる」
六番目の兄妹の父親のところでも、向こうの手は止まった。
七番目は、兄妹の母親だ。
向こうは、ここから高校生の番になる。
「攻め、四。資材を奪って、武器にする」
「守り、七。二重扉の前室に閉じ込める」
高校生がカードを返したところで、黄緑のジャージの男が舌打ちをした。
八番目の中学生の兄のところでも、向こうの手は止まった。
九番目は、妹だ。
妹は、読み上げのあいだ、カードを両手で押さえていた。
「攻め、二。津波」
「守り、五。構造壁を下ろす」
積み木に伸びた手は、そのまま戻っていった。
十番目は、包帯の男だった。
ポケットからカードを出して、見ないまま表に返す。
向こうは、高校生の最後の一人だ。
「攻め、一。地震」
「守り、四。免震で揺れを逃がす」
読み上げが終わる前に、足の裏で床が流れた。
横へ、ゆっくりと。
積み木のビルの屋根は、動かない。
揺れは、すぐに引いた。
代わりに、外壁の開いたところから悲鳴が上がる。
下の車路で、何十人もの声が一度に大きくなった。
その上を、外の放送が同じ調子で流れていく。
「当ビルでは現在、避難者の受け入れを行っておりません」
包帯の男は、積み木のビルを見たまま言った。
「揺れんさあ」
屋根は、残った二つの積み木の上に載っている。
「以上で、本日の適性確認を終わります」
大型ドローンは、それだけ告げて天井のほうへ上がっていった。
「え、終わり。うちら勝ちじゃないの」
ネイルの女子高生が周りを見回したが、誰も答えなかった。
黄緑のジャージの男が、自分の列の後ろへ歩いていく。
高校生の四人の前で、足を止めた。
「お前らが弱いの出したからだろ」
「後ろで、全部止められてんじゃねえか」
十番目に出た高校生が、積み木のビルの脇のカードを見下ろす。
表に「地震」とあるカードだ。
隣の一人が、顔を上げた。
「はあ。カード配ったの、あんただろ」
「順番決めたのも、あんたじゃん。なんで俺らのせいなんだよ」
「口答えしてんじゃねえ」
「つーか、最初からじゃん。勝手にチームに入れてさ」
「水のときも、遅えだの多いだの、ずっと怒鳴ってたじゃん。
あんたが」
「そんで自分はバケツ蹴って、すっ転んで」
ほかの三人も、前へ出た。
四人が、黄緑のジャージの男の前に並ぶ。
「おまえらおっさんとはやってられねーんだよ」
黄緑のジャージの男が、その高校生の胸ぐらを掴んだ。
四人が、一斉に動く。
仲間の五人のうち、駆け寄ったのは二人だった。
首筋に刺青のある男と、もう一人。
残りの三人は動かない。
一人は黄緑のジャージの男の顔を見て、すぐに目をそらした。
掴んだ手が振り払われ、胸を押し返される。
仲間の二人も、四人がかりで押し戻されて後ろへよろけた。
黄緑のジャージの男は柱に背中をぶつけ、腰に手をやった。
兄妹の父親が、兄と妹を自分の後ろへ引き寄せる。
いつの間にか、揉み合いの脇に警備員が二人立っていた。
それで、手が離れた。
高校生の四人は、黄緑のジャージの男に背を向ける。
列には戻らずに、柱のほうへ歩いていく。
壁際の十一人が、四人の背中を目で追う。
スーツの年上の男は、腕を組んで床を見ていた。
黄緑のジャージの男は、四人を見ていない。
外壁の開いたところへ、顔を向けていた。
「昼食の用意ができております。食堂へお進みください」
列が、階段のほうへ動き出す。
黄緑のジャージの男は、列に入らなかった。
腰に手を当てたまま、外壁の開いたところへ行く。
下をのぞいて、叫んだ。
「鬼頭のカシラ!」
車路の人だかりの中で、一人の男が顔を上げた。
その周りの二、三人も、同じように上を見る。
「待っててください、すぐですから」
誰にでも怒鳴る男の口から、敬語が出た。
階段の手前で、俺は振り返った。
さっき動かなかった仲間の三人も、黄緑のジャージの男の後ろに寄っていく。
三人が見ているのは、下の男のほうだった。
車路の別の人たちも、開いたところを見上げはじめる。
「こっちもいる」
「子供がいるんだ」
「上にいるんだろ、開けてくれ」
声が、折り返しの下のほうまで広がっていく。
その上を、外の放送が同じ調子で流れていた。
後ろから押されて、俺は階段に入った。
下からの声は、階段の途中までついてくる。
食堂に入ると、最初のドローンが俺たちのテーブルの前で止まった。
台には、小さめのハンバーガーが三種類と、ポテトとナゲット。
奥に、アイスクリームとプリンが並んでいる。
サラダの台が、ない。
果物もない。
トマトは、ビーフのバーガーに挟まった薄い一枚きりだ。
飲み物の台にはジュースが並び、牛乳はなかった。
ビーフと照り焼きを、皿に一つずつ取る。
手が、白身魚のフライにも伸びた。
三つ目が、皿に載る。
デザートの台の前で、金色の髪の女性がプリンを盆へ移していた。
端から順に、長い腕が台の奥まで届く。
階段の途中まで聞こえていた声が、耳に残っている。
あれだけの人が入ってきたら、と駐車場で考えたことも。
三つ目のバーガーを、台に戻した。
「プリンは、食べていいと思いますよ。
でも、ほかの人の分も残しておきましょう」
女性は、盆と俺の顔を見比べた。
少し考えて、プリンをいくつか台へ戻す。
盆の上には、まだ半分ほど残っていた。
兄と妹が、プリンを一つずつ取っていく。
席に着いて、ビーフのバーガーにかぶりついた。
最初に来たのは、ソースだった。
瓶のケチャップの、あの甘さじゃない。
炒めた玉ねぎの甘みに、焼いたパティの肉汁を煮詰めたコクが重なる。
奥のほうで、醤油と黒胡椒が少しだけ立つ。
パンの端の、ソースが染みたところまで味がある。
「……これ、ソースから作ってある」
隣で、包帯の男が三種類を皿に並べていた。
端から順に、かじっていく。
「……もう一つ、食べたかった」
ネイルの女子高生の皿では、ポテトとナゲットが山になっていた。
アイスクリームの器に、ポテトを突っこんで食べている。
高校生の四人は、食堂のいちばん隅にいた。
黄緑のジャージの男は、腰をかばいながら椅子に座る。
最後のドローンが降りたのは、適性確認に出られなかった十一人の前だった。
バーガーの台は、もう空になっている。
残っているのは、かごの底のポテトとジュースくらいだ。
スーツの年上の男が、空の台の前で振り返った。
「公平に分けようとは思わないのか」
「前から順に、取れるだけ取っていくなど、話にならん」
食堂の誰も、顔を上げない。
若いほうの男が、横から言い添える。
「そうですよ。普通は、人数で割りますよね」
肩幅の広い男は、もう聞いていなかった。
ポテトを皿に取り、黙って席へ戻っていく。
足首にテーピングを巻いた八人が、年上の男を見ていた。
誰も、何も言わない。
昼食が終わると、人の流れは寝床のフロアへ戻っていった。
黄緑のジャージの男と仲間の五人が、その流れから外れる。
六人は、駐車場へ続く階段のほうへ向かった。
包帯の男も、同じ背中を見ていた。
六人の足音が、階段の向こうへ遠ざかっていく。




