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大地震と津波で街は崩壊した。無傷の防災ビルに逃げ込んだら、人間性のテストが始まった。  作者: makubes


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第13話「達磨落とし」

◇避難民


 用紙を集め終えると、寝床のフロアへ戻された。

 寝袋があった場所には、今朝と同じ鞄が二つと、丸めた上着が載っていた。


 包帯の男が、入口に近い壁際に箱を下ろした。

 俺も、その隣に腰を下ろす。


 しばらくして、ドローンが寝袋の列を回りはじめた。

 一人ずつ、本人にだけ画面を向けていく。


 俺の前で止まった画面に、「客室」と出た。

 従業員が、ホテルのマークの入ったキーカードを俺の手のひらに載せる。

 部屋の番号と、「二名様」。


 少し離れた寝袋のところで、老夫婦が札を受け取っていた。

 シャワー利用権が、二枚。

 昨夜も、同じ札だった。


 キーカードを持って、二人のところへ行く。


「これと、その札を二枚、換えてもらえませんか」


 おじいさんが、俺のカードと自分たちの札を見比べた。


「それは、客室の……」

「俺は昨日、湯船に浸かりました。

お二人は、まだですよね」


 おばあさんの手が、札の上で止まる。

 おじいさんがその手に自分の手を重ね、札を二枚、こちらへ滑らせた。


「……ありがたいねえ」


 二人は何度も頭を下げて、階段のほうへ上がっていった。

 おばあさんは、キーカードを両手で胸の前に持っていた。


 壁際に戻ると、包帯の男が新しい箱を膝に載せている。

 保存食のセットだ。

 昨日の箱の上に重ねて、角を揃えている。


 シャワーの札を従業員に渡すと、シャワー室へ案内された。

 熱い湯が、首の後ろから背中へ流れていく。

 残った一枚は、財布の番号札の隣に入れた。


 寝床のフロアに戻る。

 壁際の先に、見ない顔が三人いた。

 三人とも、スーツを着ている。

 足元に、袋から出していない寝袋が三つ並んでいた。


 いちばん年上の男が、寝袋を足で脇へ押しやった。

 立ったまま、入口のホテルマンに詰め寄る。


「責任者を呼べ」

「聞こえないのか。責任者を呼べと言っているんだ」


 ホテルマンは頭を下げるだけで、何も答えない。


 若いほうの男は、年上の男の顔をうかがっている。

 寝袋には手をつけずに、床に膝を抱えて座った。

 三人目の肩幅の広い男は、黙って袋を開ける。

 寝袋を広げて、横になった。


 周りの寝袋から、いくつか顔が上がる。

 誰かが舌打ちをして、毛布を頭までかぶった。


 三人とも、ネクタイまで締めている。

 俺と同じで、会社に残っていたところを揺れに遭ったのかもしれない。


 年上の男の声は、しばらく続いていた。


 朝の水は、寝床のフロアで配られた。

 従業員が段ボールを抱えて、寝袋のあいだを一本ずつ置いて回る。

 階段のほうから、老夫婦が下りてきた。

 おばあさんの髪が、まだ少し湿っている。


 年上の男は、寝袋の外で壁にもたれたまま夜を明かしたらしい。

 肩幅の広い男の寝袋は、もう畳んで足元に置いてあった。


 包帯の男が、壁際で箱の蓋を開けていた。

 ネイルの女子高生が、横からそれをのぞき込む。

 昨夜、一位で蟹を取りにいった子だ。


「え、それ全部食べもん。ヤバくない」

「見るだけさあ」


 少し離れたところに、中学生の兄と小学生の妹がいた。

 金色の髪の女性が、二人の前にしゃがんでいる。

 その横で、おじいさんがパンフレットの紙で、妹に鶴を折ってやっていた。


 天井のスピーカーが鳴った。


「管制AIのキーロンです」

「本日は、昼食の前に適性確認を行います」

「十人で、チームをお組みください」


 放送が終わる前に、俺は立ち上がっていた。

 一日目は三分あって、それでも輪に入れない人が出た。


「お時間は、一分です」


 フロアが一斉に動く。

 包帯の男の肩を叩く。

 箱をのぞいていた女子高生にも、続けて声をかけた。


「一緒に組んでください。この人と、あと何人か」

「え、うちも。いいけど」


 金色の髪の女性の前に回る。

 兄妹の父親が、先に頷いた。

 おじいさんとおばあさんは、もう妹の後ろに立っている。


「八、九……」


 金色の髪の女性は、何も言わずに俺の数える指を見下ろした。

 それから、しゃがんだまま片手を上げる。


「十です」


 窓際では、黄緑のジャージの男が仲間の五人を集めていた。

 少し離れて立っていた高校生の四人を、顎で呼ぶ。

 四人は顔を見合わせてから、遅れて輪に入った。


 フロアのあちこちで、十人の輪が固まっていく。

 固まりそこねた人が、壁際に寄せられていった。

 足首にテーピングをした八人だ。


 その中の一人が、スーツの三人のほうへ寄った。


「二人、入ってくれませんか」

「あと二人で、十人なんです」


 若い男が、年上の男の顔をうかがう。

 年上の男は、床に座って、首だけを上げた。


「なぜ、私が」


 肩幅の広い男は、壁にもたれて動かない。

 頼んだ人がもう一度口を開いたとき、スピーカーが鳴った。


「一分が、経過しました」


 階段を何階分か下りて、駐車場に出た。

 一日目にけんけんぱをして、二日目に水を運んだ場所だ。


 外壁の上半分は、柱と柱のあいだが開いている。

 そこから、外のスピーカーの声が入ってきた。

 館内放送と同じ、女の人の声だ。


「当ビルでは現在、避難者の受け入れを行っておりません」

「すでに、限界まで収容しております」


 放送は途切れずに、頭からまた同じ文を繰り返す。

 その下から、別の声が重なってきた。


「開けてくれ」

「子供がいるんだ。水だけでいい」


 柱のあいだから、下を見た。


 車路の折り返しに、人が詰まっていた。

 泥で色の変わった服と、上を向いた顔。

 何十人いるのか、数えられない。


「まだ、外に人がいたのか」


 誰かが言った。

 一日目、入口の壁が奥から一枚ずつ下りてきた音を思い出す。

 あのとき、外にはもう誰もいないと思っていた。


 子供がいる、という声が、まだ下から続いている。

 あれだけの人が入ってきたら、ここの食べ物は足りるのか。


 黄緑のジャージの男が、隣の柱のあいだから下をのぞいていた。

 ある一点で、目が止まる。


 大型ドローンが、天井近くから降りてくる。


「十人に満たない方は、本日は参加できません」

「壁際でお待ちください」


 足首にテーピングをした八人と、スーツの三人が、壁際に並ばされた。

 八人は、三人のほうを見ている。

 年上の男は、それに気づかないふりをして、腕を組んだ。


 駐車場の中ほどに、積み木の塔が並んでいた。

 膝の高さほどの、ビルの形をした塔だ。

 屋根の下に、同じ形の積み木が五つ重なっている。


「だるま落としだね」


 兄が、隣の妹に言った。

 一つ抜くごとに、屋根が一段下がるのだろう。

 五つ抜かれれば、屋根は床に着く。


「これより、適性確認を行います」

「本日は、ビル落としです」


「各チームに、カードを十枚お配りします」

「カードには、一から十までの数字と、攻め方か守り方が書いてあります」

「二チームで対戦し、一方が攻め、一方が守ります」

「攻めのカードが守りのカードと同じか、強ければ、

攻める側が、守る側の塔の積み木を一つ抜きます」

「屋根が床に着いた時点で、攻める側の勝ちです」

「攻める側が先に、出す順番で並んでください。カードは伏せたままです」


 ドローンは、続けて組み合わせを読み上げた。

 俺たちの相手は、黄緑のジャージの男のチームだった。

 向こうが攻めで、こちらが守りになる。


 小型のドローンが、カードの束を運んでくる。

 黄緑のジャージの男が、自分のチームの束を一人で受け取った。

 中身を一枚ずつ確かめてから、仲間に配っていく。

 高校生の四人には、最後に、目も向けずに渡した。


 向こうが並ぶ。

 先頭に、黄緑のジャージの男。

 仲間の五人が続き、高校生の四人が後ろに固まった。


 会議で、最初に一番大きな声を出す人がいる。

 何を出すかを最初に決めて、一番いいところを自分で取る人だ。

 そういう人は、だいたい頭から強いのを並べてくる。


 こちらの束を、裏返したまま膝の上で広げる。

 同じ数なら、守りの負けだ。

 十の攻めは、こちらが何を出しても止められない。


「最初の三つは、捨てます」


 チームの顔が、こちらを向いた。


「向こうは、強い順に並んでいると思います」

「カードを配ったのも、先頭に立ったのも、あの人です」


 一と二と三を抜き出して、束の手前に分けた。


「頭の三つは、十、九、八で来る。そこに、この三枚を当てます」


 残りの七枚を、十から四まで順に揃える。


「四番目からは、こっちを十から順に出します」

「向こうに残るのは、七から下です」

「うちの十には向こうの七、うちの四には向こうの一」

「どこでも、三つ上が当たります」

「一番目は、俺が出ます」


 兄妹の父親と母親が、顔を見合わせた。


「でも、強い順じゃなかったら……」

「三つ上なら、多少順番がずれても止められます」

「三つ抜かれても、屋根はまだ床に着きません。あと一つまでなら、大丈夫です」


 父親は、それでも頷かない。


 ネイルの女子高生が、爪の先でカードの束をつつく。


「うち、こういうの、マジ苦手」

「おじさんに任せる。考えてくれる人がやればいいじゃん」


 おじさん、と呼ばれたのは初めてだった。


 兄が、父親の袖を引いた。


「なんか、作戦っぽい。おもしろそう」

「やろうよ、お父さん」


 妹も、兄の真似をして袖を引く。

 父親は二人の顔を見下ろして、息を吐いた。


「……分かりました。お任せします」


 二と三のカードを、おじいさんとおばあさんに渡す。

 二番目と、三番目だ。


 十のカードを、金色の髪の女性に渡す。


「四番目、ですね」

「はい。止めてもらえれば、あとはそのまま行けます」

「勝ったら、今日は、プリン、食べられますか」

「……分かりません」


 女性は少し考えて、カードを胸のポケットにしまった。


 五番目に、ネイルの女子高生が九。

 兄妹の父親が八、母親が七。

 兄が六、妹が五。


 最後の四を、包帯の男の前に伏せて置く。


「十番目を、お願いできますか」

「いいさあ」


 男はカードを見もせずに、ポケットへ入れた。

 一のカードは、俺の手に残った。


 向こうの列の前に、俺たちも並ぶ。

 先頭で、黄緑のジャージの男と向かい合った。


 外壁の開いたところから、まだ下の声が入ってくる。


 大型ドローンが、塔の列の上で止まった。


「それでは、適性確認を開始します」

「一番目の方は、カードを表に返してください」


 黄緑のジャージの男が、カードを指で弾いて表に返す。

 俺も、一のカードを塔の脇に置いた。


 小型のドローンが降りてきて、二枚の上で止まる。


「攻め、十。内側から手引きする」

「守り、一。警備員を立たせる」


 一つ目は、読みどおりの十だった。

 男の後ろで、次の男が伏せたカードを指で押さえている。


 黄緑のジャージの男が、俺のカードを見下ろして、鼻で笑った。


「一かよ。楽勝じゃねえか、こんなもん」


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