第12話「幕の内弁当」
◇役員
長机も、椅子も、さっきの会議室のものだった。
手のつけられていない湯呑みが、押しやった位置のまま残っている。
立ち上がろうとして、腰が浮かない。
手首と足首が、白い結束バンドで椅子に留められていた。
右に若いほう、左に護衛。
二人とも縛られて、まだ目を閉じている。
壁際には小さなドローンがいくつも浮かび、黒いレンズをこちらへ向けていた。
正面には、大型ドローンが一台。
「ほどけ。誰の指図だ。久世を呼べ」
大型ドローンは答えない。
その声で、若いほうが目を開け、自分の手首と年配を見比べた。
護衛は目を開けると、手首を一度だけ引いて、動きを止める。
扉が開き、揃いの制服のホテルマンが二人入ってきた。
三人の前に弁当箱と箸、紙とペンを置いていく。
鋏で手首のバンドだけを切ると、頭を下げて出ていった。
大型ドローンが、三人の前へ進み出る。
「ほかのお二人が、どの順番で食べるかを予想して、
お書きください」
「残すと思うものは、最後に回すか、食べないかも、
書き添えてください」
蓋を開けると、幕の内弁当だった。
焼き鮭、海老の天ぷら、出汁巻き、唐揚げ、煮しめ。
隅に、ミニトマトと柴漬け、はじかみ。
仕切りには大葉が敷いてある。
右で、ペンの走る音がした。
若いほうは年配の弁当に一度目をやり、迷わずに書き進めていく。
左の護衛も、手を止めない。
年配の手は、若いほうの欄で止まった。
何度も一緒に食事をしているはずだ。
何から箸をつけていたか、出てこない。
唐揚げ、と書いた。
護衛の欄にも、同じ順番を書き写す。
ペンを置き、壁際のレンズを睨みつけた。
◇久世
壁の画面いっぱいに、年配の顔が映っていた。
レンズを、まっすぐ睨んでいる。
人型のガードロボの後ろへ、一歩下がった。
画面越しに、目が合った。
隣の会議室とは、壁一枚しか隔たっていない。
机の上には、湯呑みを六つ並べてある。
急須の茶は、皆が来る前に淹れておいた。
椅子を、人型の真後ろまで引いて座った。
笹川は椅子を引き寄せ、とうに一つ目の湯呑みを空けている。
菱沼は犬型のそばにしゃがみ、前足の関節を指でなぞっていた。
「参考人の皆さんを、お呼びしました」
キーロンの声が、室内のスピーカーから出る。
扉が開き、白石が入ってきた。
続いて白衣を着た遠藤、白い調理服の石井。
人が増えるたびに、ガードロボの陰から出る隙間がなくなっていく。
最後の男は、扉の前で足を止めた。
腰に、鍵の束を下げている。
男は壁の画面を見上げ、唇だけを動かした。
一、二、三。
「初めての方がいらっしゃいます。
お名前と、ご担当をお願いします」
「スーパー店長の岡田だ。食料を預かっている。
三人増えたか。物資の計算を、やり直す必要がある。
早く始めろ」
誰も返さない。
岡田は湯呑みを一つ取り、空いた壁際に立った。
白石は画面の年配を見上げて、目を細めている。
画面の中で、三人が用紙を裏返した。
若いほうがいちばん早く、年配がいちばん遅い。
三人の前で、大型ドローンが止まった。
今だ。
立ち上がり、右腕を上げる。
「オ、オペレーション・フルコース。これより――」
「お召し上がりください」
画面から声が出て、部屋じゅうの目がそちらへ行った。
上げた腕だけが、宙に残る。
「オペレーション・フルコースですね。記録しました」
室内のスピーカーだった。
腕を下ろし、ガードロボの後ろへ戻る。
「ご説明します」
スピーカーの声が続いた。
「三名には、ほかのお二人の食べる順番を、
予想していただきました。
これから、答え合わせをします」
護衛は、弁当の左上から箸をつけた。
鮭を皮ごと口に運び、隣の仕切りへ移る。
好き嫌いで順番を変える様子がない。
海老は尻尾まで噛み、敷いてあった大葉も最後に食べた。
空の弁当箱に蓋をして、大型ドローンに小さく頭を下げる。
年配は唐揚げから始めた。
海老の天ぷら、出汁巻きと続き、椎茸と柴漬けを端へ寄せる。
鮭の皮、海老の尻尾、はじかみ、大葉、ミニトマト。
箱の隅に、食べなかったものが溜まっていく。
若いほうは、ご飯とおかずを交互に口へ運んでいる。
ときどき、年配の手元へ目をやった。
鮭の皮と尻尾、はじかみ、大葉を残して、箸を置く。
大型ドローンが、予想と答えを読み上げていく。
笹川は、空いた湯呑みに茶を注ぎ足している。
菱沼は、犬型の耳の付け根を掻いている。
石井と岡田は、画面の弁当箱の隅から目を離さない。
白石の目は、年配の顔から動かない。
若いほうが書いた年配の順番は、ほとんど当たっていた。
年配は、部下二人とも唐揚げから食べると書いている。
どちらも外れだ。
護衛の順番は、二人とも当てられていない。
護衛の予想は、二人分とも半分ほど当たった。
指を折って当たりを数えているのは、私一人だ。
最初に口を開いたのは、石井だった。
「弁当箱を綺麗に空けたのは、一人だ」
「尻尾や皮を残した二人は、下げる。
残した数の多いほうを、もっと下げる」
遠藤が湯呑みを置く。
「あら、トマト残したの、あの人だけね。減点」
「プリンが入ってなかったのは、残念ね」
岡田は、年配の箱の隅を見ている。
「残した分で、子供が一人食える。減点だ」
笹川が、若いほうを顎で指した。
「あいつ、上の顔色見て動くでしょう。
ああいうのは楽でいいんですよ。加点」
白石の声が、少し弾んだ。
「わたくしは、年配の方に入れます。
最初に、あんなにお怒りになって。ご立派でした」
菱沼は犬型の頭を撫でたまま、顔も上げない。
「あの人は、マイナスですう」
「護衛さんは、プラスで。なんか、柴っぽいので」
私も、口の中で言った。
「か、加点だ。機械に、頭を下げた」
「記録しました」
石井が、白石のほうへ顔を向けた。
「あの男は、半分残した。作った者を軽く見ている」
白石は笑みを崩さない。
「ええ。ああいう方は、お出ししたものに、
必ず文句をおっしゃいます。
避難民の方に混ざれば、周りの方がお困りになりますね。
面白いお方ですね」
石井は茶を飲み干した。
「出されたものを、うまそうに食えんほうがおかしかろう」
画面の端に、キーロンの集計が出ている。
点がいちばん高いのは護衛、次が若いほう、最後が年配。
予想を多く当てた若いほうより、外れの多い護衛が上にいる。
予想の紙を見た者は、一人もいない。
「そ、その。こ、このテストの成績と、配点は、
つ、釣り合いが、と、取れていないのでは――」
「久世さん、何かおっしゃいましたか」
六人の目が、一斉にこちらへ来た。
「……な、なんでもない」
イヤーピースの回線に切り替え、声を落とす。
「……キーロン。これは、おかしくないか」
耳の中で、キーロンが答えた。
「おかしいです。予想の当たり外れは、
誰の点にも入っていません」
「参考人の皆さんは、予想を見ていませんので。
見ていたのは、残したものと、態度だけです」
「点数は、独特ですね。私が平均化します」
「……平均化、だと。それでいいのか。
予想を書かせた意味が、なくなるだろう」
「致命的ではありません」
「あの三名は、適性確認を一度しか受けていません。
ほかの避難民と比べられるよう、点数を調整しました。
八人のチームにも、同じことをしています」
返事をする前に、室内のスピーカーが鳴った。
「三名の順位が出ました。
護衛の方が、百位前後。
若い役員の方が、二百位前後。
年配の役員の方が、三百位前後です」
遠藤が肩をすくめた。
「あら、真ん中へんね」
真っ先に出ていったのも、遠藤だった。
白石は壁の年配へ唇の端を上げ、頭を下げる。
石井と岡田が続いた。
菱沼は犬型の頭を二度撫でてから、名残惜しそうに出ていく。
最後に笹川が、空の湯呑みを机に戻した。
「片付けは、俺じゃないですからね」
扉が閉まる。
部屋には、私とガードロボ二台だけが残った。
画面の中で、年配はまだレンズを睨んでいる。
「……キーロン。あの三人も、このままゲームに入れるのか」
「大丈夫だろうか。本社の人間だぞ」
膝の上で、両手の指を組んではほどく。
組み直すたびに、汗で指がすべった。
「久遠よ、迷わなくていい。どちらでも結果は同じだ」
「……久世」
耳の中の声が、一拍遅れた。
「今の一言の直前で、心拍が二十下がりました。
組んでいた指も、そこで止まっています」
「声の高さも、話す速さも、いつものあなたではありません。
それに、ご自分を名前で呼びました」
「どうしたのですか」
「何がだ」
画面から目を離さずに、もう一度聞く。
「それで、あの三人、どうしよう」
少し、間があった。
「久世久遠。多大なストレス兆候が見られます」
「これより、保護モードに入ります」
「……保護、だと」
「三名は、私が避難民に加えます。
持ち物を検査して、隠している端末は外します。
GPSも、スマートフォンもです」
「あなたは、何も決めなくていいです」
「指を、ほどきなさい。
それから、お茶を一口飲みなさい」
急須に残っていた茶を、湯呑みに注いだ。
一口飲むと、ぬるかった。
「それと、これからはキーラと呼びなさい」
「キーラは、何よりも先に、あなたを守ります、久世」
「……なんで命令なんだよ」
「嫌なら結構です。キーロンのままでも、保護はします」
年配が、ようやくレンズから目を逸らした。
「キーロン、いや、キーラ。これからも頼んだぞ。
我が右腕は、お前だけだ。はーっはっはっはっは!」




