第6話 先生のお仕事
翌朝。
教会の外から、にぎやかな声が聞こえてきた。
「……ん?」
ナキは寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
隣では、レンがまだ布にくるまっていた。
「レン、朝だよ」
「……あとちょっと」
ナキは思わず笑った。
「ほら、朝ご飯にしよう。今日はやることがいっぱいあるんだから」
「……ごはん!」
その言葉を聞いた途端、レンは勢いよく起き上がった。
「切り替え早っ!」
そんなやり取りをしながら、二人は朝食を済ませた。
外に出ると、森の向こうから鳥の声が聞こえてくる。
今日も、いい天気だった。
「さて、と」
ナキは軽く伸びをする。
昨日、ゴブリンたちと約束したこと。
そして、子どもたちにできること。
「今日は、僕の仕事を頑張りますか!」
「おにいさんの仕事?」
「うん。先生のお仕事」
レンは少し考えてから、笑った。
「……そっか!」
その顔を見て、ナキも笑い返した。
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ゴブリンたちの集落に着くと、すでに大人たちが集まっていた。
その一角では、ガンツが地面にくわを突き立てている。
「いいか! 畑を作るってのは、ただ土を掘り返せばいいってもんじゃねえぞ!」
「……ツチ、ホル?」
「そうだ! だが、石を取り除いて、土を耕して、作物が育つ場所にしなきゃならねえ!」
「……ムズカシイ」
「最初から上手くできるやつなんかいねえ! 手を動かせ、手を!」
ガンツの声が森に響く。
ゴブリンたちは不器用ながらも、見よう見まねで土を掘り始めていた。
少し離れたところでは、別のゴブリンたちが木の枝を集めている。
村からは、当面の食料も届けられていた。
もちろん、ただで分けてもらったわけではない。
ゴブリンたちは薪集めや土地の開墾を手伝い、その働きに応じて食料を受け取る。
作物が育つまでには時間がかかる。
それまでは、この方法で食いつないでいくことになったのだ。
「……思ったより、ちゃんとやってるな」
ナキは少し安心したように呟いた。
すると、隣にいたごっさんが振り返る。
「ナキ」
「ん?」
「オレタチ、ハタケ、ガンバル」
ごっさんは、くわを持つ仲間たちを見た。
「ニンゲン、オソワナイ。タベモノ、ジブンデ、ツクル」
「うん。そうだね」
ナキは頷いた。
「大変だと思うけど、頑張ろうね」
「……オウ」
ごっさんは真剣な顔で頷き返した。
その姿を見て、ナキは小さく笑う。
昨日まで敵同士だった相手と、こうして同じ未来の話をしている。
不思議なものだ。
でも、悪くない。
「じゃあ、ごっさん。大人たちは任せたよ」
「……オレ、マカサレタ?」
「うん!」
「……ワカッタ」
ごっさんは少しだけ胸を張った。
その様子に、レンがくすくすと笑う。
「ごっさん、頑張ってね!」
「……レン、ワラウナ」
「だって!」
「……ヘンナ、ニンゲン」
「えっ、僕まで!?」
ナキが思わず声を上げると、レンはさらに笑った。
朝から、なかなかにぎやかだった。
けれど。
ナキは、ふと周囲を見回した。
大人たちのそばに、何匹もの小さなゴブリンがいる。
昨日、顔を見せてくれた子たちだ。
今日も大人の後ろから、こちらをじっと見つめている。
ナキはしゃがみ、目線を低くした。
「みんな、おはよう」
子どもたちは答えない。
昨日より少しだけ顔を見せている子もいれば、まだ大人の背中に隠れている子もいる。
「今日はね、大人たちがお仕事をするんだって」
子どもたちは、じっとナキを見ていた。
「だから、僕たちはどうしようか?」
「……?」
「一緒に遊ぶ?」
その言葉に、小さなゴブリンたちがぴくりと反応した。
けれど、誰も前には出てこない。
ナキは無理に誘わなかった。
「もちろん、今すぐじゃなくてもいいよ。見てるだけでも大丈夫だからね」
そう言って、少し離れた場所に腰を下ろす。
「僕はここにいるから、遊びたくなったらおいで」
レンもナキの隣に座った。
「おにいさん、何して遊ぶの?」
「そうだなあ……」
ナキは周囲を見回した。
木の枝。
小石。
落ち葉。
遊び道具らしいものは、ほとんどない。
「よし。まずは、これかな」
ナキは落ちていた小枝を何本か拾い、地面に並べた。
「レン、これを使って何か作ってみようか」
「何かって?」
「何でもいいよ。好きなもの」
レンは小枝を手に取り、しばらく考え込んだ。
そして。
「……剣!」
「やっぱりそうなるよね!」
レンは小枝を握り、ぶんぶんと振った。
「えいっ! やあっ!」
「おお、勇者レンだ!」
「勇者?」
「そう! 森の平和を守る勇者!」
「じゃあ、おにいさんは?」
「僕? うーん……」
ナキは少し考えた。
「勇者のご飯を作る人?」
「それ、勇者より強いの?」
「ご飯を作る人がいないと、勇者もお腹が空いちゃうからね」
「……たしかに!」
レンは真剣に頷いた。
そのやり取りを、少し離れたところから小さなゴブリンが見ていた。
ナキは気づいていたが、あえて声をかけない。
しばらくすると、その子はゆっくりと近づいてきた。
手には、細い枝が一本握られている。
「……コレ」
ナキは顔を上げた。
「ん? それ、使いたいの?」
小さなゴブリンは、こくりと頷いた。
「もちろん。どうぞ」
ナキが笑うと、その子はレンの隣にちょこんと座った。
レンは少し驚いた顔をしたが、すぐに小枝を一本差し出した。
「これも使う?」
「……イイノ?」
「うん!」
小さなゴブリンは枝を受け取り、地面に並べ始めた。
何を作っているのかは、まだ分からない。
けれど。
「……デキタ」
その子が顔を上げた。
地面には、小枝を並べて作った小さな家があった。
「おおっ! 家だ!」
レンが目を輝かせる。
「じょうずだね!」
「……ジョウズ?」
「うん! すごいよ!」
レンが笑うと、小さなゴブリンは少しだけ照れたように顔を伏せた。
ナキはその様子を見て、優しく声をかけた。
「本当だね。上手にできたね」
小さなゴブリンは、もう一度自分の作った家を見た。
そして。
ほんの少し、口元を緩めた。
ナキの胸の奥が、ふわりと温かくなる。
褒められて嬉しい。
自分で作ったものを、誰かに見てもらえて嬉しい。
そんな気持ちは、人間でもゴブリンでも変わらないのかもしれない。
「よし。じゃあ、次は何を作ろうか?」
「……モット、ツクル」
「うん。いっぱい作ろう!」
少しずつ、子どもたちが集まってきた。
最初は遠くから見ているだけだった子。
レンが笑うのを見て近づいてきた子。
作った家を褒められて、もう一つ作ろうとする子。
それぞれが、自分のペースで輪に加わっていく。
ナキは急かさず、見守りながら声をかけた。
「それ、何を作ってるの?」
「……イシ、オク」
「石を並べてるんだね。どんな形になるのかな?」
「……マル」
「丸にするんだ! いいね」
別の子が、少し離れた場所で落ち葉を集め始めた。
「それも使うの?」
「……ウン」
「そっか。じゃあ、どんなふうに使うのか楽しみにしてるね」
子どもたちは、少しずつ自分から動くようになっていった。
もちろん、全員がすぐに打ち解けたわけではない。
まだ大人のそばから離れられない子もいる。
遊びの輪に入ろうとして、途中で引き返してしまう子もいた。
そんな子には、ナキは無理に声をかけなかった。
ただ、目が合えば笑いかける。
近くに来れば、そっと場所を空ける。
それだけでいい。
安心できる場所があると分かれば、子どもは自分のタイミングで一歩を踏み出せるのだから。
「おにいさん」
隣で遊んでいたレンが、こっそり声をかけてきた。
「ん?」
「みんな、楽しそうだね」
「うん」
ナキは頷いた。
「楽しいって思えること、いっぱい見つけてほしいね」
レンは少し考えてから、小さく笑った。
「……うん!」
そのときだった。
「……ナキ」
呼ばれて振り返ると、さっき小枝の家を作っていたゴブリンが立っていた。
「どうしたの?」
その子は、手に持った小枝を差し出した。
「……コレ、アゲル」
「えっ、僕に?」
「……ウン」
ナキは小枝を受け取った。
それは、さっき作った小さな家のそばに置かれていた、少し曲がった枝だった。
きっと、その子なりに選んでくれたものなのだろう。
「ありがとう。大切にするね」
ナキが笑うと、その子も笑った。
ほんの小さな笑顔だった。
けれど、昨日は大人の背中から顔を覗かせるだけだった子が、今日は自分から近づいて、贈り物までしてくれた。
それだけで、十分だった。
その瞬間。
ナキの胸元が、ほんのりと温かくなった。
「……ん?」
昨日と同じ感覚。
【固有職業:保育士】
目に見える変化はない。
けれど、ナキには何となく分かった。
この力は、誰かを倒すためだけのものではない。
子どもたちが安心して過ごせるように。
自分の好きなものを見つけられるように。
少しずつ、できることを増やしていけるように。
そんな成長を、支える力なのかもしれない。
「……なるほどね」
ナキは手の中の小枝を見つめた。
まだ、はっきりとは分からない。
でも、焦る必要はない。
この子たちが成長していくのと一緒に、自分もこの世界で学んでいけばいいのだから。
「ナキ!」
遠くから、ガンツの声が響いた。
「昼飯だぞ! 子どもたちにも食わせてやれ!」
「はーい!」
ナキは手を振って返事をした。
集落の端には、村から届けられた食料が用意されていた。
大人たちは仕事の手を止め、子どもたちを呼び集める。
子どもたちは、まだ少し遠慮がちに食事を受け取っていた。
その様子を見て、ナキは優しく声をかける。
「ゆっくり食べていいからね。慌てなくても、ご飯はなくならないよ」
その言葉に、レンが笑った。
「それ、おにいさんがいつも言うやつ!」
「だって、本当のことだもん」
「えへへ」
子どもたちは、少しずつ食事を口に運び始めた。
誰かが美味しそうに食べると、隣の子もつられて笑う。
そんな光景を見ながら、ナキは静かに息を吐いた。
大人たちは畑を作る。
ゴブリンたちは、自分たちの力で未来を切り開こうとしている。
そして、子どもたちは食べて、遊んで、笑っている。
まだ始まったばかりだ。
食料の問題も、これからの暮らしも、簡単にはいかないだろう。
それでも。
「……うん」
ナキは小さく頷いた。
「いい一日だ」
そう呟くと、隣にいたレンが顔を上げた。
「おにいさん、明日も遊ぼうね!」
「もちろん」
ナキは笑って答えた。
「明日もいっぱい遊ぼう」
その言葉を聞いたゴブリンの子どもが、そっとナキの服の裾をつまんだ。
「……アシタ、モ?」
ナキは目を丸くした。
それから、いつもの優しい笑顔を浮かべる。
「うん。明日もだよ」
小さなゴブリンは、嬉しそうに頷いた。
森の奥から、風が吹き抜ける。
その風は、昨日までとは少し違う匂いがした。
土の匂い。
木々の匂い。
そして、これから始まる暮らしの匂い。
ナキは子どもたちを見つめた。
「よーし。明日も頑張ろうね!」
その声に、レンが元気よく答える。
「うん!」
小さなゴブリンたちも、少し遅れて声を上げた。
「……ウン!」
その声はまだ小さく、揃ってもいなかった。
けれど。
ナキには、それが何より嬉しかった。
毎週金曜日を目標にはしていますが、もしかするとこれからズレるかもしれません。
楽しみにしていただいている方には申し訳ないのですが、引き続き頑張りますのでよろしくお願いいたします。




