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第七話 三年前の生存者

「救助要請を出したのは、私じゃない」


女が言った。


その直後。


閉鎖された管理室から、もう一度電子音が響いた。


――生体反応、一。


白石律は女を担架へ固定した。


「城戸さん。入口まで運んでください」


「お前は?」


「確認します」


「一人で行く気か」


隔壁の向こうで、魔喰い蜥蜴が体当たりした。


鋼板が大きくへこむ。


長くは持たない。


律は女の作業服から落ちた身分証を拾った。


蓮見紗季。


旧補給拠点の設備管理員。


「管理室を開けられますか」


蓮見は震える指で、首から古い鍵を外した。


「物理鍵はこれ。でも、中の電源は三年前に止めた」


律は鍵を受け取った。


「毎月、何を点検していたんですか」


「緊急系統だけ。誰かが逃げ込んだとき、灯りと救助信号だけは使えるように」


再び隔壁が揺れた。


今度は、金属が裂ける音が混じった。


城戸が担架を持ち上げる。


「五分で戻れ」


「三分でお願いします」


「無茶を言うな」


「隔壁が三分しか持ちません」


城戸の顔が変わった。


蓮見を担ぎ、入口へ走る。


律は一人で管理室へ向かった。


扉には赤い錆が浮いている。


鍵を差し込む。


回らない。


内部で部品が固着していた。


律は錆びた工具を取り出した。


鍵穴の下にある細い隙間へ針を入れる。


押す。


回す。


戻す。


内部で何かが外れた。


鍵が回る。


扉の奥は暗かった。


携帯灯を向ける。


壁一面の監視装置。


倒れた棚。


床を這う魔力導線。


その中央に、白い箱が置かれていた。


人が一人入れる大きさ。


表面には、赤い文字が点滅している。


――緊急低代謝保全装置。


――患者収容中。


律の手が一秒だけ止まった。


透明な蓋の内側に、人がいた。


十代半ばほどの少女。


防具は裂け、左胸には古い探索者証が残っている。


皮膚は青白い。


それでも、胸がわずかに上下していた。


三年間。


この装置は、誰にも知られず少女を生かし続けていた。


端末に残り時間が表示される。


――保全限界まで、四分十二秒。


隔壁が激しく揺れた。


ひびが入る。


律は少女の探索者証を読み取った。


氏名。


水瀬結衣。


当時十四歳。


三年前の事故で行方不明。


死亡認定済み。


「生存者を確認しました」


律は通信端末へ告げた。


城戸の声が返る。


『生きているのか』


「はい」


『すぐ運び出せ』


「装置を開けば、呼吸と心拍が通常状態へ戻ります」


『何が問題だ』


「電力が足りません」


装置を安全に解除するには、あと十八パーセントの魔力が必要だった。


現在は六パーセント。


無理に開けば、少女の身体が急激な変化に耐えられない。


律は床の導線を追った。


緊急灯。


通信設備。


治療室。


すべてが同じ予備電源につながっている。


三年間の維持で、ほとんど空になっていた。


「城戸さん」


『何だ』


「魔導剣を入口の充填端子へ接続してください」


短い沈黙。


『また俺の剣か』


「今回は餌ではありません」


『信用できるか』


「三分しかありません」


城戸の返事が途切れる。


数秒後。


施設全体に青い光が走った。


城戸の魔導剣から、予備電源へ魔力が流れ込む。


六パーセント。


十一。


十五。


そこで数値が止まった。


『これ以上流すと、安全装置が作動する』


「解除してください」


『剣が壊れるぞ』


「少女が先です」


一秒。


二秒。


青い光が強くなる。


城戸が安全装置を切った。


二十一パーセント。


二十五。


装置の解除条件を満たす。


同時に、隔壁が破れた。


魔喰い蜥蜴の頭が、裂け目から現れる。


律は保全装置の解除ボタンを押した。


白い蓋が開く。


少女の身体が大きく跳ねた。


肺が空気を吸い込む。


心拍数が急上昇する。


律は呼吸補助具を装着した。


脈拍。


瞳孔。


体温。


少女を担架布へ移す。


通路では、隔壁が完全に倒れた。


魔喰い蜥蜴が管理室へ入る。


背中の魔石が青く輝いている。


城戸の剣から流れ込む魔力を感じ取っていた。


律は壁の主電源を落とした。


施設から光が消える。


魔喰い蜥蜴が足を止める。


暗闇の中。


保全装置だけに、最後の魔力が残っている。


魔物の頭がそちらへ向いた。


律は装置から魔力核を外した。


管理室の奥へ投げる。


青い光が床を転がった。


魔喰い蜥蜴が飛びつく。


律は担架を引き、扉の外へ出た。


壁の横にある赤いレバーを下ろす。


管理室の防護扉が閉まった。


魔喰い蜥蜴が振り返る。


遅い。


厚い扉が頭部の前で噛み合った。


直後、内側から激しい衝撃が響く。


一度。


二度。


扉は動かなかった。


律は担架を引いて走った。


入口には城戸が待っていた。


魔導剣は光を失い、柄から煙が出ている。


「壊れたぞ」


「修理費用は依頼料へ追加してください」


「お前が払うんじゃないのか」


「救助に使用した経費です」


城戸は何か言いかけた。


担架の少女を見て、口を閉じる。


二人で担架を持ち上げた。


入口を抜ける。


赤坂と救助班が駆け寄った。


「生存者です!」


律が状態を伝える。


低代謝状態からの解除。


呼吸不安定。


低体温。


重度の栄養不足。


三年前の外傷。


救助員たちの顔が変わっていく。


「三年前?」


赤坂が少女の探索者証を見た。


「死亡認定されている……」


少女の瞼が動いた。


唇がかすかに開く。


「ここ……」


声はほとんど聞こえなかった。


律が顔を近づける。


「聞こえています」


「補給所……閉まるって……」


三年前。


少女にとっては、事故が起きた直後だった。


「もう大丈夫です」


律は言った。


「地上へ帰れます」


少女の指から力が抜けた。


意識は再び落ちたが、呼吸は続いている。


搬送班が担架を運んでいく。


蓮見は壁際に座り、その姿を見ていた。


「私が毎月、電源を確認していたから……?」


律は停止した施設を振り返った。


緊急灯は消えている。


救助信号も止まっていた。


「はい」


蓮見の両手が震える。


「知らなかった」


「それでも、止めなかった」


三年間。


会社は施設を捨てた。


協会は入口を閉じた。


死亡認定された少女を、壊れかけた装置と一人の元管理員だけが生かしていた。


律の端末が振動した。


二級遺品回収員、昇格審査結果。


――合格。


赤坂が画面を見た。


「審査は明日の予定でしたが」


「実地審査に変更されました」


律は通知を閉じた。


赤坂は何も言えなかった。


閉鎖拠点の奥から、最後の電子音が届く。


――救助対象の搬出を確認。


――緊急救助任務、完了。


その表示を最後に、三年間動き続けた補給拠点は完全に停止した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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