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第三十九話 蓮見は、救助所を閉めた

第五層北部救助所の入口に、赤い札が掛かった。


《受入停止》


白石律が戻った時には、既に扉が閉じていた。


「何がありました」


蓮見紗季は床下の点検口から顔を出した。


「冷却水の循環圧が落ちてる」


「軽症対応なら」


「止めた」


「通信と応急処置だけなら継続できます」


「止めた」


蓮見は同じ言葉を繰り返した。


律は端末を出す。


受入停止の影響。


第六層からの中継一件。


第七層からの緊急搬送二件。


今夜の安全運用支援班、十七組。


蓮見が点検口から上がる。


「数字出すなら帰って」


律の指が止まった。


「原因は」


「三年前から残ってた配管。内壁が剥離してる。今まで持ったのが運」


「交換まで」


「早くて五日」


「五日閉めると」


「だから数字出すなって言った」


蓮見は手袋を外した。


掌が黒い。


「前なら、軽症だけ取るって言ったでしょ」


「はい」


「それで冷却いらない患者を入れて、何か起きたら重症も来る。通信が生きてる限り、ここが開いてると思う人がいる」


「入口表示を」


「表示を読む余裕がある人だけ来るわけじゃない」


律は何も言わなかった。


蓮見は扉の赤札を見る。


「ここ、閉める権限は私にあるんだよね」


「あります」


「じゃあ閉めた」


     ◇


問題は、救助所だけでは終わらなかった。


第四部の救助網は第五層北部を中継点にしている。


通信。


物資。


一時収容。


全てが一か所へ寄っていた。


成瀬は会議室で資料を置いた。


「だから中央拠点型は弱い」


律は資料を見る。


東都ダンジョンサービスが管理する第五層東救護所。


冷却設備、稼働。


収容四床。


通信中継可能。


「五日間、こちらを使わせる」


「条件は」


「重症床二つは東都契約者優先」


片瀬が即座に首を振る。


「受けられません」


「じゃあ北部を閉めたまま五日耐える?」


「優先床で患者を選別するなら、救助網では使えません」


成瀬は片瀬を見る。


「東救護所は東都が金を出してる。契約者優先は当然だ」


「施設としては当然です」


片瀬は言う。


「救助網の中継点として使うなら別です」


律が口を開く前に、安西が地図を出した。


線はない。


複数の確認点だけが表示されている。


「中継を分けます」


「どこへ」


成瀬が聞く。


「第六層北、第七層入口、第八層西の三か所」


「全部小さい」


「一か所で受けません」


笹木も続ける。


「通信も三系統へ分けます。北部救助所を経由しない」


蓮見は黙って聞いている。


成瀬が律を見る。


「あなたの案?」


「違います」


「承認は」


「私の電子署名は止まっています」


「現場責任者だろ」


「現場判断はできます。各施設を使う許可は各責任者が出します」


成瀬は笑わなかった。


「それ、誰が全体責任を持つ」


誰もすぐ答えない。


一か所に集めれば、責任者も一人にできる。


分ければ、事故時の責任も分かれる。


片瀬が言った。


「患者を受けた場所が医療責任を持つ」


安西。


「搬送経路は俺」


笹木。


「通信は俺です」


蓮見。


「北部救助所は閉めたまま。そこは私」


律だけが残った。


成瀬が見る。


「あなたは何を持つ」


律は少し考えた。


「現場間で判断が衝突した時の調整」


「便利だな」


「責任が軽いという意味ですか」


「逆だ。決める権限がないのに、失敗だけ集まる」


成瀬は資料を閉じた。


「やってみろ。私は東救護所を通常運用のまま開ける。優先床も変えない」


協力ではない。


妨害でもない。


比較対象だった。


     ◇


五日間。


北部救助所は閉まった。


一日目。


第六層北で軽症三名を受け入れ。


二日目。


第七層入口で輸液が不足。


三日目。


第八層西の通信担当が十八時間連続勤務になり、笹木が強制交代させた。


四日目。


搬送先が三回変わり、家族への連絡が遅れた。


五日目。


死者は出なかった。


だから成功とは言えなかった。


現場職員の残業は倍になった。


小規模施設の備蓄が減った。


第六層北の責任者は、翌月から救助網を抜けたいと言った。


「うちは救助所じゃない。休憩所だ」


その通りだった。


北部救助所の配管交換が終わった夕方。


蓮見は赤札を外した。


律が入口に立つ。


「再開しますか」


「今日はしない」


「設備は」


「直った」


「ではなぜ」


蓮見は新しい配管を見上げた。


「五日閉めても、他が動いた」


律は返事を待つ。


「ここを中心にするの、やめない?」


救助所を守り続けた蓮見が、自分から中心を捨てようとしていた。


「帰る場所では残す。でも全部ここへ寄せるのは、また同じになる」


律は赤札を受け取った。


捨てられた拠点を拾った。


今度は、その拠点へ集める構造を捨てる番だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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