第三十四話 回収員がいなくても、返せる
事件から三日後、白石律は遺品回収員なのに遺品を返せなかった。
資格そのものを失ったわけではない。
二級資格は有効。
ただし自分で失効させた電子署名の再発行と、C―0による認証悪用の監査が終わるまで、正式な回収完了、返却確認、放棄受領の処理を禁止された。
期限は未定。
探索者協会の窓口で、赤坂が書類を置く。
「自分で鍵を折る奴は初めて見た」
「折らなければ十一人の回収処理に使われました」
「分かってる。だから処分じゃなく停止だ」
律は書類を受け取った。
特異遺品回収の初期報酬三百万円は支払われる。
原因特定の追加七百万円は保留。
C―0の用途は判明したが、作成者と現在の運用主体が不明だからだ。
以前なら金額と運転資金日数を計算した。
今回は紙を鞄へ入れた。
壊した妹のライトの破片も、同じ鞄に入っている。
赤坂が言う。
「もう一つ。特異遺品回収班は解散しない」
律が顔を上げる。
「班長の正式処理権限がありません」
「だから現場判断と法的処理を分ける」
新しい編成表。
現場責任者、白石律。
記録・返却処理担当、別途協会職員。
森下の名前もある。
三級遺品回収員の実地研修候補として。
「本人が希望した」
赤坂が言う。
「あなたの補助じゃなく、自分の回収記録を持ちたいそうだ」
律は編成表を閉じた。
第五層北部の救助所へ戻ると、蓮見が入口で待っていた。
「おかえり」
「戻りました」
「右腕、悪化したって?」
「医師から追加で二週間固定と言われました」
「自業自得」
「はい」
蓮見はその返事にため息をつき、壊れたライトの袋を見た。
「それ、直す?」
律は少し考える。
「直しません」
「証拠だから?」
「違います」
蓮見は続きを待った。
「壊したのは私です。壊れた状態まで残します」
「そっか」
それ以上聞かなかった。
救助所は律がいない間も動いていた。
片瀬が二人を治療し、安西が搬送経路を組み、笹木が一件の誤報を早めに出した。蓮見は冷却設備が使えないまま受け入れ上限を下げ、久我の不在中は訓練を止めた。
誰も律の許可を待っていない。
その日の夕方、最初に届いた十二個の未来遺品袋の処理が始まった。高瀬は三田村の代替回収対象であり、この十二個には含まれない。
律は立ち会うだけだ。
一人目は保管を希望。
二人目は複製装備の研究提供。
三人目は廃棄。
三田村は破壊を希望した。
正式担当が確認を取り、森下が横で記録する。
律は手を出さない。
三田村の番が終わった後、彼は出口で止まった。
「右手、前衛は無理だってさ」
律は何も言えなかった。
「協会の訓練担当から、後衛の装備評価をやらないかって来てる」
「受けるんですか」
「まだ決めてない」
三田村は固定された右手を見る。
「お前を許すかも、まだ決めてない」
「はい」
「でも、死んだことにはされたくない」
「はい」
三田村は帰った。
謝罪は受け入れられていない。
関係も戻っていない。
それでよかった。
夜。
高瀬が救助所へ来た。
倉橋と榊も一緒だった。
高瀬は律を見て、丁寧に頭を下げる。
「初めまして、でいいんですよね」
律は一瞬だけ迷った。
「はい」
「俺、あなたに助けられたって聞きました」
「遅れました」
「覚えてないんで、判断できません」
高瀬は笑った。
「だから今は、お礼も恨むのも保留にします」
榊が横で腕を組む。
「それでいいよ」
律も頷いた。
高瀬の二年間は戻っていない。
それを成功の数字へ入れてはいけない。
同時に、生きている事実を損失だけで塗りつぶしてもいけない。
律は初めて、結果を一行へまとめなかった。
翌朝。
探索者協会から新しい依頼が届いた。
第五層北部救助所を中心に、第六・第七・第八層の救助所と回収班を接続する実証計画。
事故後に回収するのではなく、事故前の装備故障、撤退判断、救助経路を共有する仕組み。
成瀬航の名前も共同審査側にある。
律がずっと考えていたものに近い。
遺品を正しく返す仕事。
その先にある。
遺品を作らない仕事。
ただし今の律には、正式な遺品返却の署名すらできない。
森下が依頼書を覗き込む。
「行きます?」
「あなたは?」
「自分で決めます」
「そうしてください」
久我が奥から声を飛ばす。
「その前に右腕治せ」
蓮見も続ける。
「あと、うちの設備を勝手に持ち出さない」
片瀬は治療室から顔も出さずに言った。
「患者を連れてくるなら先に連絡してください」
律は三人へ返事をせず、依頼書を読んだ。
誰も命令を待っていない。
だから次へ行ける。
遺品回収員がいなくても人を救える場所を一つ作った。
次は、遺品そのものが生まれにくい仕組みを作る。
その前に。
自分が失った署名を取り戻さなければならない。
白石律は依頼書を閉じた。
最初の十二人の名が書かれた黒い袋は、最後まで誰の遺品にもならなかった。
ただし、失ったものまで戻ったわけではなかった。
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