第三十一話 十二人を、遺品にしない
「私を外してください」
森下が最初に言った。
指令室の壁では、彼女の名前を印字した回収札が途中まで出ている。
「方法は」
律が尋ねる。
「分かりません。でも白石さんみたいに資格を失効させれば」
「あなたはまだ正式な遺品回収員ではありません」
「三級候補の登録があります」
「それを消しても別の候補へ移る可能性があります」
久我が二人の間へ槍を差し込んだ。
「候補者探しをさせるな。元を止める」
「元はここじゃありません」
律は指令端末の送信履歴を見る。
C―0の命令はK―4から発生していない。
第七層R―十二も中継点だった。
五年前の妹の事故。
三年前の閉鎖事故。
現在の未来遺品。
複数階層を跨いでいる。
中心は別にある。
「じゃあ三十分で十一人を守るしかねえな」
久我が言う。
今度は律も否定しなかった。
通信を再接続する。
敵にも位置を渡す。
だが十一人へ警告するには、それしかない。
森下が一斉送信を始めた。
「対象者全員へ。装備を外してください。所有権放棄は不要。電源と外部通信だけ切断。単独行動禁止。最寄りの有人区画へ移動してください」
一人目から返事。
『何の話だ』
二人目。
『今戦闘中!』
三人目は応答なし。
十一人が十一通りの状況にいる。
律が全員へ個別指示を出そうとした時、森下が手を上げた。
「私がやります」
「状況が」
「白石さんはC―0を探してください。人は私が見ます」
律は黙った。
森下は返事を待たず、一人ずつ名前を呼び始めた。
負傷している者には近くの班を探す。
装備を外せない者には緊急脱離位置を聞く。
通信不能者は協会の通常救助網へ投げる。
正確ではない。
統一もされていない。
だが人間は動き始めた。
久我が笑う。
「仕事取られたな」
律は指令端末の下へ潜り込んだ。
外部命令線は一本ではない。
十一の回収機へ向かう命令の中に、共通する短い識別子がある。
C―0/REROUTE。
救助経路から回収経路へ切り替える命令。
その直前に必ず、別の信号が入る。
予測値の更新。
発信元は表示されない。
だが時刻だけは残っていた。
三十秒ごと。
機械的に一定。
現在も来ている。
「森下さん。回線を切らず、予測値だけ止められますか」
「やります」
彼女は十一人との通信を続けながら、片手で回線を分離した。
一度失敗。
二度目。
三度目で予測値の更新だけが止まる。
回収機の行動が変わった。
対象者を追い続けるが、逃げた先を先回りしなくなる。
久我が理解する。
「未来を読んでたんじゃない。今の情報で先回りしてただけか」
「はい」
その瞬間、第六層の対象者から悲鳴が入った。
『来た!』
森下が名前を呼ぶ。
「藤崎さん、右へ走って!」
『右は崖だ!』
「じゃあ左!」
『左は魔物!』
律が地図を見ようとして、手を止めた。
森下は地図を持っていない。
それでも彼女は聞いた。
「どっちが、自分で選べます?」
『……魔物だ!』
「なら左。戦えるなら戦って。回収機よりあなたの方が判断できます」
通信の向こうで男が走る。
数秒後、魔物の咆哮と金属音。
さらに十秒。
『抜けた!』
森下が息を吐く。
律は何も足さなかった。
十一人のうち、三人が自力で装備を捨てた。
二人は他班が救助。
一人は負傷しながら回収機を破壊。
四人は有人区画へ逃げ込んだ。
最後の一人だけ、応答がない。
名前は水城透。
第七層深部。
生命反応は残っている。
回収機との距離、十五メートル。
久我が槍を持った。
「行く」
「間に合いません」
「じゃあどうする」
律は答えを持っていない。
森下が通信へ叫ぶ。
「水城さん、聞こえたら何か鳴らして!」
返事はない。
代わりに、装備の破裂音がした。
別の声。
『水城はこっちで預かる』
城戸だった。
「城戸さん?」
『迎えに来ないって言った。あれは白石にだ』
背後で榊の声もする。
『高瀬は医療班に渡した。こっちは私が案内してる』
二人は戻ってきた。
律のためではない。
水城を救うために。
城戸の大剣が回収機を砕く音が通信に響いた。
十一人目の生命反応が有人区画へ移る。
回収予定時刻。
ゼロ。
誰も消えなかった。
未来遺品袋の表示が、一斉に《未回収》へ変わる。
森下が壁へ背を預けた。
「最初の十二人、全員生きてます」
三田村も。
残る十一人も。
最初に未来遺品へ名を刻まれた十二人は、全員生きている。
さらに、その十二人とは別枠で三田村の代替回収に使われた高瀬も生きている。
ただし終わってはいない。
白石律と森下の回収札だけが、赤いまま残っていた。
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