第三十話 死者の順番を、誰が決めた
残る十一人を二時間で第九層へ集めることは不可能だった。
だから律は集めなかった。
高瀬を城戸と榊に預け、森下と久我を連れてK―4の奥へ進む。
城戸は反対しなかった。ただし協力もしなかった。
「俺は高瀬を地上へ戻す。玲奈も連れていく」
「分かりました」
「お前が戻らなくても、迎えには来ない」
「はい」
榊が何か言いかけたが、城戸に肩を支えられると黙った。
壊れた関係を今ここで直す理由はなかった。
K―4の奥は、倉庫ではなく古い指令室につながっていた。
壁に紙の運用規程が残っている。
電子記録を切っても消えないものを、誰かが意図的に残したらしい。
森下が一枚ずつ読む。
「回収優先度零号。大規模災害時、救助能力が不足した場合……」
その先は水濡れで読めない。
別の紙には導入理由が残っていた。
十五年前、ダンジョン出現直後。
救助隊も遺品回収制度も未整備だった頃、一つの崩落事故で四十七人が死亡し、二十三人の遺体が回収できなかった。
家族へ返せなかった。
装備も散逸した。
死者の身元確認に半年かかった。
その失敗から、C―0は作られた。
救えない者を早く回収へ回せば、少なくとも遺体と遺品は残せる。
当時の文章には悪意がなかった。
「最初は必要だったんでしょうね」
森下が言う。
「救助人員が足りず、入口も一つしかなかった時代なら」
久我が鼻で笑う。
「今も勝手に使ってりゃ同じだ」
問題はそこだった。
C―0は十五年前の非常用機構なのに、五年前の妹の事故でも、三年前の閉鎖事故でも使われている。
誰かが残した。
誰かが更新した。
そして今は、未来遺品を作りながら対象者を増やしている。
奥の端末は生きていた。
外部回線は切れている。
表示されているのは十一人の予測値。
救助成功率。
装備損耗率。
現在位置。
過去の撤退判断。
負傷歴。
その全てから、死亡可能性ではなく《回収困難度》を計算している。
律は数字を見る。
三田村が最初だった理由も分かる。
単独行動が多い。
右手装備への依存が高い。
第五層以深での活動率が高い。
救助要請を出すまでの平均時間が遅い。
死ぬと予測されたのではない。
死んだ時に回収しにくいと評価された。
「未来の死亡時刻じゃなかった」
森下が言う。
「回収機が取りに来る予定時刻です」
「じゃあ未来予知でもない」
久我が画面を睨む。
「人間が未来を作ってただけか」
律は頷いた。
その時、端末に新しい行が追加された。
白石律。
回収困難度、最大。
理由。
《回収制度への継続的干渉》
《救助不能判定の反転実績》
《記録経路の遮断》
C―0にとって律は、死にやすい人間ではない。
回収予定を狂わせる人間だった。
「嫌われてるな」
久我が言う。
「機械に感情はありません」
「そういう返し、今いらねえ」
森下が笑いかけて、やめた。
警報が鳴る。
十一人の回収予定が、二時間後から三十分後へ変わった。
指令室の扉が閉じる。
奥の壁が開き、大量の黒い回収袋がせり出してきた。
一つ。
二つ。
十一。
さらに十二個目。
白石律。
その袋だけ、まだ何も入っていない。
久我が槍を構える。
「壊すか」
「袋を壊しても回収命令は止まりません」
「じゃあ何を壊す」
律は端末の最下段を見る。
《確認者証明書》
未来遺品の全処理は、白石律名義の古い署名を仮の確認者として使っている。
だが仮署名だけでは、現在の二級回収員としての正式な返却処理までは完了できない。
C―0が律本人を狙う理由が、ようやくつながった。
現在の認証鍵が必要なのだ。
律を回収し、資格証明を奪えば、十一人全員の《回収済》を正式化できる。
森下も理解した。
「白石さんを取らせなければ、最後まで完了しない」
「はい」
「でも予定時刻には回収機が動く」
「はい」
久我が端末を石突きで叩く。
「だったら三十分で全部止めるぞ」
律は首を振った。
「十一人の場所は別々です。ここを止めても、既に外へ出た機体は止まりません」
「じゃあどうする」
律は自分の資格証を取り出した。
二級遺品回収員。
五年間積み上げた記録へつながる認証媒体。
「先に、私の認証を無効にします」
森下が顔を上げた。
「それ、今やったら回収員として処理できなくなりますよ」
「分かっています」
「再発行まで何日かかるかも分からない」
「分かっています」
久我は止めなかった。
「やれ」
律は資格証を端末へ差し込んだ。
自分で自分の電子署名を失効させる。
画面に警告が出た。
《以後、遺品回収完了・返却確認・放棄受領の正式処理不可》
律は承認した。
白石律の署名欄が全て灰色になる。
十一個の未来遺品袋から、《回収済》の赤文字が消えた。
同時に指令室全体が揺れた。
C―0は処理を中止しなかった。
代わりに表示を変えた。
《確認者不在》
《新規確認者を選定》
候補者。
森下。
彼女の顔から血の気が引いた。
律は初めて、自分が認証を捨てれば終わると思っていたことに気づいた。
機械は、律でなければならないとは言っていなかった。
指令室の奥で、森下名義の新しい回収袋が作られ始めた
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